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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

肉のものと霊とのものを区別する必要性~キリスト教界に入り込むグノーシス主義的・東洋的神秘主義の危険②~

さて、「肉のものを霊のものに見せかける」ことにより、その「霊」の力を得れば「神のようになれる」と偽りを教えるのがグノーシス主義であり、ペンテコステ・カリスマ運動はグノーシス主義と合体して生まれた疑似キリスト教である。

だが、そのようにして生まれる疑似キリスト教はペンテコステ・カリスマ運動だけには限らない。そこで、これから、「聖霊の働き」であるかのように偽りながら、人間の堕落した「魂の力」に由来する超自然的な力を行使する疑似キリスト教に共通する特徴について見て行きたい。

この考察を始めるに当たり、改めて以前にも紹介したジェシー・ペン-ルイス著「魂の力」対「霊の力」"SOUL-FORCE" VERSUS "SPIRIT-FORCE"by Jessie Penn-Lewisを参考として挙げておきたい。

この論説にも詳しく説明されている通り、「魂の力」という言葉は、人間の堕落した肉に働く生まれながらのアダムの命を指している。「魂の命」という呼び名からも分かるように、それはとりわけ人間の堕落した魂の思念と深く関係している。

「魂の力」は、生まれながらのすべての人間に備わっている堕落して滅びゆく有限なる生命のことであり、人間の贖われない「肉」(=魂および肉体)を活かす、キリストによって贖われていない有限な動物的命である。この堕落した命は、罪と死の法則に支配されて神に敵対している人間の堕落した「肉」(魂と肉体)全体を動かす原動力となっている。

インドやアジアの異教の修行僧やシャーマンたちは昔から、人間の生まれらながらの堕落した命に本能的に備わっている力を引き出すことにより、魔術ように見える様々な超自然的な働きを駆使する術を学び、継承して来たが、それはもはやキリスト教とは無関係のインドやアジアの異教に限ったことではないのである。

ペンルイスが以上の論説の第一章で述べていることを以下に抜粋するが、これを読めば、東洋神秘主義に由来する「魂の力」が、どのように人間に危害を及ぼすために行使されるかが分かると同時に、そのようにして異教徒たちが「魂の力」を行使する様子は、今日、まるでキリスト教であるかのように自分を偽っているペンテコステ・カリスマ運動の指導者たちや、また、ペンテコステ運動の只中から出現して来たカルト被害者救済活動の支持者らが、インターネットを通じて、反対者らに対して行っている迫害・妨害・中傷行為に、恐ろしいほどにぴったり当てはまることに、どうして気づかないでいられるだろうか。
 

地獄の軍勢が全世界を欺くために出て行きました(黙示録一二章七~一二節)。その結果、政治の世界で大変動が起きています。私たちはこれらの出来事を考慮する必要があります。なぜなら、それらはキリストの教会に重大な影響を及ぼすからです」

「以前、私は北インドで一人の人に出会いました。その人はシムラの最上層の社交界である、インド政府の夏の議会に出入りする資格を持っていました。ある晩、彼は私に、彼がインドや他のアジアの国々のマハトマ(聖人)たちと接触をもっていることを話してくれました。彼が言うには、政治的な大事件が起きる数週間、数ヶ月前に、彼はそのことを知っている、とのことでした。彼は、『私は情報を得るのに、電報や新聞には頼りません。それらは過去の出来事を記録するだけですが、私たちは出来事が起こる前にすでにそのことを知っているのです』と言いました。どうして、ロンドンにいる人がインドの出来事を知ったり、インドにいる人がロンドンの出来事を知ることができるのでしょう?」。

私はこの現象を、マハトマの秘訣を知る人々が投影した『魂の力』によるものと理解しました。魂の力とは何でしょう?神の霊から教わっている信者は、神の御言葉の光によって、それが地獄の力であることを知っています。この地獄の力は、壊滅的変化を生じさせるために、世界の国々の上に投影されているのです」。

『魂の力』という言葉の魅力や魔力は、東洋でだけ知られています。東洋では、マハトマのような聖人はこの力を行使することができると信じられています。彼らは過去数世紀にわたってインドの霊的指導者でした。そして、昔と同じように今も、超自然的な力を持つと信じられています。彼らは人を強める力を持つだけでなく、人の意志をコントロールする力も持つと言われています」。

「ヒンズー教徒とイスラム教徒は、祈り――瞑想行為――によって結ばれて、共に『魂の力』を生み出す働きに従事しています。彼らは、東洋における西洋諸国の権力や威信を失墜させるために、『魂の力』を西洋諸国の上に投影しているのです。これは歴史上最大の反乱です!……」。

(筆者注:我が国の国家神道が自らを東洋思想に基づくものとみなして、西洋文明や西洋文化に対する優位性を誇り、西洋文明のもたらした個人主義を弊害とみなしてこれを取り除くために西洋文明に対抗することを強力な柱としていたことを思い出したい。こうした思想が持つ西洋文明に対する敵視は『国体の本義』の中に非常に詳しい。)


ペンバーの「地球の幼年期」の中に、これに光を当てる節があります。彼は次のように記しています。「『魂の力』を生み出すためには、肉体を魂の支配下に置かなければならない(筆者注:これは聖書に則って、魂(精神)が肉体を治めるという正常な支配関係を意味するのではなく、人が自らの思念によって、肉体の限界を超えて自分自身の影響力を行使する方法を学ぶという意味であると理解できる。)そうすることによって、自分の魂と霊を投影し、地上に生きていながら、あたかも肉体を持たない霊のように行動することができるようになる

この力を会得した人は『導師』と呼ばれており……意識的に他人の心の中を覗くことができる。彼は自分の『魂の力』によって、外界の諸霊に働きかけることができる。……彼は凶暴な野生の獣をおとなしくさせ、自分の魂を遠方に送ることができる」「彼は遠くにいる友人に、肉の体と同じ様で自分の霊の体を見せることができる」「長期間の訓練によってのみ、これらの能力を会得することができる。訓練の目的は、体を完全に服従させて、一切の喜び、痛み、地的情動に対して無感覚にならせることである」。

インド人の宗教生活は、まぎれもなく、これらの魂の力を発達させています。キリストの福音を知らない数十万の人々が、ある特定の対象に向けて強烈な「祈り」を放つ効果は、いかばかりでしょう。彼らはこの世の神に導かれて、自分の望む対象に魂の力を「投影」しているのです。

魂の力の無意識的な行使は、霊的な信者にいかなる影響を及ぼすのでしょうか?最近受け取った手紙の中にその実例があります。手紙の著者は次のように記しています。「私はたった今、敵の襲撃から逃れてきたところです。出血、心臓病、動悸、疲労。全身ボロボロの状態でした。私が祈っていた時のことです。(魂的な)『祈り』によって私の上に働く魂の力に対抗して祈るよう、突然示されました。キリストの血の力を信じる信仰によって、私はそれを自分から断ち切りました。結果は驚くべきものでした。たちまち呼吸は正常になり、出血は止まり、疲労は取れ、すべての痛みは去り、体にいのちが戻ってきました。それ以来、私は新たにされ、強められています。この解放の経験から、神は私に次のことをはっきりと教えて下さいました。すなわち、私の体がボロボロになったのは、私に反対しているある異端のグループが、私について祈った『祈り』のためだったのです。神は私を用いて、そのグループから二人の人を解放して下さいました。しかし、残りの人々は恐ろしい地獄の中にいます。……」。

このような他の事例を見ると、何らかの方法で自分を悪霊に対して開いて、超自然的経験をしている人々は、祈りを装って魂の力を生み出せるようです。これらの人々は、「他の人々も自分と同じ経験をするべきだ」という偏執狂的な霊を持っているようです。もし、人が自分と同じ経験をしようとしなかったり、他の人々の邪魔をするようなら、彼らは自分たちが「祈り」だと思っているものをその人に向けて、「あの人は神に裁かれるべきです」とか、「あの人は『真理』に服従するよう強制されなければなりません」と祈ります。

しかし、これらの人々は、主を受け入れようとしなかった町に対して、「主よ、私たちが天から火を呼び下して、彼らを焼き滅ぼしましょうか?」*と言った弟子たちにとてもよく似ています。主は弟子たちに答えて、「あなたがたは自分がいかなる霊なのか、わかっていません」と言われました。神は決して、自分を受け入れるよう、人に強制なさいません。たとえそれがその人自身の益であったとしてもです。聖霊なる神は、神の救いを受け入れるかどうかを選択する人の責任を認識しておられます。


以上の引用の最後の部分に書かれている記述は、とりわけ、今日のペンテコステ・カリスマ運動という異端運動の邪悪さを考える上で重要である。

ペンテコステ・カリスマ運動の指導者らが、祈りを装って、悪霊に由来する超自然的な魂の力を生み出し、それをクリスチャンに向けて行使し、クリスチャンを床に倒したり、意識を失わせたりできることは、すでに説明した通りである。おそらく、そのような行動は、彼らの持っている力のほんの一端でしかないことであろう。
   
「魂の力」を行使する人々が、「他の人々も自分と同じ経験をするべきだ」という偏執狂的な霊を持っている、というペンルイスの指摘は、まさにペンテコステ運動の支持者らに当てはまる。

この運動の指導者らは、まずは自分たちが持っている超自然的な力を見せつけることにより、他の信者らにも、「その力が欲しい」と思わせ、彼らが「聖霊のバプテスマ」と称しているその偽りの「霊」を、誰もが受けるべきとみなして、これを求めて祈るよう、各地で祈祷会や待望集会を開いている。いわば、これは彼らが自分たちを導いている悪霊を、他の人々にも受けさせるための最初のイニシエーションであると言えよう。

こうして正体不明の「霊」を受け、ペンテコステ運動の仲間入りを果たした人々は、最初は穏やかな顔で、敬虔かつ熱心なクリスチャンの伝道者を装いながら、自分の所属していない既存の教会に入り込み、勝手に自分たちの「教え」を宣べ始める。そして、誰にも理解できない異言や、超自然的なパワーを売り物のように誇示しながら、それに関心を示す人々を募り、そうした人々が得られると、彼らを既存の教会から引き抜いて自分たちのグループを形成し、いわば組織内組織を育てるようにして、既存の教会や教団の枠組みを食い破って成長して行こうとするのである。
 
そのような行為に及べば、様々な反対が起きてくるのは当然だが、ペンテコステ運動の支持者らは、自分たちの考えだけが正しく、他の人々はみな彼らと同じ考えを持つべきであって、それ以外の考え方は一切、認められないという偏執的な考え方を持ち、周囲のすべての人々を、自分たちと同じ考えに染め上げることを自らの使命であるとみなしているため、周囲の反対や批判に全く耳を貸さず、むしろ、他人の自由意志を侵害してでも、自分の考えを押しつけようとする。彼らの考えを理解しようとしない人々、彼らの活動に反対する者たちに対しては、残酷なまでに容赦のない批判を繰り広げ、呪詛と言って差し支えない言葉を述べて、その人たちを冒涜し、呪いを浴びせる。

このような人々は、必ずしも、暴力的な抑圧を伴わないかも知れないが、祈りを装った呪詛によって、自分たちの活動に賛成しない者たちの人生に現実の危害を及ぼそうとしているのである。当ブログに対してペンテコステ運動の支持者(カルト被害者救済活動の支持者と同じ)が行っている名指しの中傷などは、まさに呪詛に他ならず、このような呪詛は、ペンテコステ運動の支持者らが、自分たちの考えに従わない者に対して常日頃から行っている、信仰に見せかけた呪いの祈祷の一端を示していると言えよう。

さらに、こうした人々は自らの信念の「布教」のために暴力を用いることも当然ある。彼らは一方では、穏やかな「福音宣教者」を装うが、他方では、暴力を正当化しながら、自分たちの「信念」を他者に押しつける。ペンテコステ運動の中から生まれて来たカルト被害者救済活動にそれが最もよく表れており、この活動は、「カルト宗教から信者を救う」という名目で、カルトと名指しされている他の宗教から、信者を拉致監禁という強制的な方法で奪い取り、密室に監禁して、信者自身の自由と意志決定権を奪った上で、長時間に渡る説得工作を行い、その人の信仰を暴力的に打ち砕いて、誤りを認めさせ、棄教させて来た過去を持つ。

カルト被害者救済活動は、まさに『1984年』の主人公ウィンストン・スミスの最期を思わせるような暴力的なやり方で、自分たちの信念だけが唯一正しい教えであるとして、それを他の人々に強制的に押しつけて来たのである。

カルト被害者救済活動の支持者は、かつては聖書を使って他者の信仰を暴力的に打ち砕いて来たが、今や、筆者のような人間が、聖書を使って彼らの誤りを指摘し始めると、今度は、筆者から聖書を奪い取るべきだなどと主張している。このような主張を見ても、この異常かつ邪悪な運動が真実なキリスト教であるはずもなく、彼らが聖書を用いて他宗教の信者を説得して来たのは、うわべだけの偽装であり、この運動は本質的に聖書の信仰とは完全に無関係の、キリスト教に偽装した邪悪な異端である事実は明白である。

聖書の神は決してご自分に従わない人々を辱めたり、その意志を暴力的に打ち砕いてまで、ご自分の正しさを主張されることはない。人類の滅びは決定しているとはいえ、それが来るまでの間に、どれほど大勢の人々を信仰によって救えるかというところに神の御心がある。キリスト教は決して強制された暴力的な運動ではないのである。

しかし、ペンテコステ運動は、本来的にキリスト教とは無縁のグノーシス主義・東洋的神秘主義が、キリスト教に偽装して出来あがった異端の運動であるため、人間の自由意志をかえりみようとせず、これを暴力的に侵害してまで、自らの信念を他者に押しつけようとし、全世界を自分と同じ考えに染め上げることを目的に、反対者を抑圧し、呪詛や冒瀆の祈祷によって、邪悪な諸現象を引き起こすのである。

その時、彼らが反対者を呪い、冒涜し、傷つけ、抑圧するために用いるのが、堕落した「魂の力」に由来する邪悪なパワーである。神と人とが本来的に同一であるとする東洋的神秘主義は、、堕落した「魂の力」から超自然的なパワーを引き出すことにより、人間に通常の範囲を超えて行動する力を得させ、それによって、本当は神の霊に導かれておらず、霊的な人間となったわけでもない者に、あたかも高次の霊を受けて、霊的な存在として高められ、神に近づいたかのように錯覚させて、最終的には、「神のように」死を超越して、自分を永遠の存在にできると説く。

このような教えを受けた人は高慢になり、自分は正しいと頑なに思い込むようになり、他者の意志を暴力的に打ち砕いたり、自分に反対する他者の人生を呪い、抑圧することを何とも思わなくなる。

東洋的神秘主義が、そのように超自然的な力を開発することで、最終的に目指しているのは、死によって脅かされている人類が、自力で死を克服し、聖書の神による人類への滅びの判決を乗り越えることである。そのための方法論が、日本においては武士道という最も洗練された形で結実しているのであって、超常現象を誇るペンテコステ運動の宣教師たちが引き出して来たのは、東洋神秘主義に由来するこの邪悪な力なのである。
  
「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」と言われているように、それはまさに「死の美学」である。だが、なぜ人類が自己の力で自分を強め、「魂の力」を霊の命であるかのように引き出して、自己を神のように高めようとすることが、死と一つに結びつくのか?

その問いは、東洋的神秘主義が、キリストの十字架の死の悪魔的模倣だという点に注目すれば、解くことができる。

東洋思想の根幹には「母を守る」(=人類を守る)という発想が流れていることは幾度も述べた。ここで東洋思想の主張する「母を守る」とは、人類を守るということと同義であるが、東洋的神秘主義とは、東洋思想の実践面であるから、武術は究極的には「死によって脅かされている人類が、自らの力によって死を飲み込み、死を超越することで、人類(=自分自身)を守ろうとする方法論」であると言えるだろう。

その目的は、神によって罪と死に定められた人類が、神の判決に逆らい、自分を哀れみ、惜しむがゆえに、自力で神に対抗し、自分自身を縛っている死の力を自分で滅ぼそうと、自ら死と一体化して、肉体の限界を乗り越えることで、神の判決を否定するという、悪魔的な力による自己防御の方法論なのである。

これまで見て来たように、東洋思想の基盤には、すべての生命が、脆く儚いものであることを惜しみ、哀れむがゆえに、生命を愛でる美的感覚と、慈悲の念がある。だが、その美学や、慈悲の念は、裏を返せば、すべては「母を守る」という使命に直結しており、要するに、死によって脅かされ、滅びゆく存在である人類が、自分で自分を惜しみ、自分に同情し、自分の滅びを決して認めまいとするがゆえに、自分を愛でるという、自己憐憫と被害者意識につながって行く。

つまり、東洋思想は、人類の「私は死によって不当に脅かされている」という自己憐憫と被害者意識が生んだ思想なのであり、その思想に基づき、人類が被害者意識のゆえに神の判決を否定して、自力で死を滅ぼそうとして生まれた方法論が、武術なのである。

それゆえ、こうした方法論の前半では、人は自分を守るために、肉体を鍛えることによって、自分の弱さを自力で克服することを目指す。だが、後半になると、この方法論は、人が自分の肉体そのものを制圧して、肉体に自然に生まれるあらゆる感覚を自力で滅却して、ついには肉体から解かれることにより、肉体の制約から自分を解放するという「自死のプロセスと選択」を取らざるを得ないのである。

武士道は、インドやアジアで異教の導師たちによって開発され、受け継がれて来た「魂の力」が、最も洗練された方法論として集約されたものであり、その根底には、人類を楽園から追放し、滅びに定めた聖書の神に対する怨念と憎しみが込められ、何とかして人類が自力で神の判決を退けたいとする願望が隠されている。
 
このように、東洋的神秘主義は、人が自力で弱さを克服し、最終的には死を克服することによって、神を否定的に乗り越えるための方法論なのである。だが、死を克服することは、現実にはどんなことをしても、人間には不可能であるため、グノーシス主義のような神秘主義の思想が、死を通して人が自分の肉体の制約から解かれることができるかのように見せかけているのは、もちろん、トリックであり、偽りでしかない。

だが、彼らは、死に至るまでのプロセスの中で、実際に、「魂の力」を引き出すことで、自分が肉体に縛られない霊的存在になったかのように振る舞う術を会得したり、あるいは、肉体を通して、通常の人間には及ばないような超自然的な力を行使する方法を会得するため、そのようなうわべだけに注目すれば、彼らはそうした自己を強める魔術のような力によって、いずれ死をも超越できると錯覚する者もあるかも知れない。
 
クリスチャンは、人類の中で死を克服された方はただ一人であり、しかも、その方が東洋的神秘主義とは真逆の方法で死を克服されたことを知っている。

キリストこそ、十字架の死を通して、すでに「死をつかさどる者、つまり悪魔を御自分の死によって滅ぼし、死の恐怖のために一生涯、奴隷の状態にあった者たちを解放なさ」った(ヘブライ2:15)唯一の方であるから、我々はこれを退けて、自力で死を克服しようともがく必要はない。

しかも、キリストは東洋的神秘主義のような方法で、死を超越されたのではなかった。キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。」(フィリピ2:6-9)

創世記でサタンは人類に、人が自分の創造されたありようを捨てて、神のもうけた制約を自ら取り払い、自力で神のようになって、神を乗り越えるべきだと嘘を吹き込み、今日も、人が自分で自分を強め、高めることで、神に至り着けると偽りを教える。
 
しかし、キリストは、それとは逆に、むしろ、神のありようを捨てて人となられ、人間としての弱さ、限界のすべてを身に負われ、罪は犯されなかったが、罪ある人類の代表として、人類が身に受けるべき残酷な刑罰としての十字架の死を最後まで耐え忍ばれたのである。
 
彼は自己を強めることで、死を克服したのではなく、「弱さのゆえに十字架につけられ」(Ⅱコリント13:4)のであり、神の超自然的な力を駆使することで、痛みや苦しみを超越することで十字架の死を乗り超えたり、そこから逃れようとすることなく、人としての弱さや痛み苦しみのすべてを余すところなく負われ、ただ信仰だけによって、人類の力ではなく、神の力によって、人類のためによみがえりとなられたのである。

「ところで、子らは血と肉を備えているので、イエスもまた同様に、これらのものを備えられました。それは、死をつかさどる者、つまり悪魔を御自分の死によって滅ぼし、死の恐怖のために一生涯、奴隷の状態にあった者たちを解放なさるためでした。

確かに、イエスは天使たちを助けず、アブラハムの子孫を助けられるのです。それで、イエスは、神の御前において憐れみ深い、忠実な大祭司となって、民の罪を償うために、すべての点で兄弟たちと同じようにならねばならなかったのです。事実、御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを助けることがおできになるのです。」(ヘブライ2:14-18)

「キリストは、弱さのゆえに十字架につけられましたが、神の力によって生きているのです。」(Ⅱコリント13:4)

イザヤ書第53章には、キリストが人となられて負われた苦しみがいかなるものであったかが克明に記されている。

彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、われわれの慕うべき美しさもない。彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。 まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。」(2-4)

主はわれわれすべての者の不義を、彼の上におかれた。 彼はしえたげられ、苦しめられたけれども、口を開かなかった。ほふり場にひかれて行く小羊のように、また毛を切る者の前に黙っている羊のように、口を開かなかった。彼は暴虐なさばきによって取り去られた。」(6-8)

「 彼は暴虐を行わず、その口には偽りがなかったけれども、その墓は悪しき者と共に設けられ、その塚は悪をなす者と共にあった。しかも彼を砕くことは主のみ旨であり、主は彼を悩まされた。」(9-10)

「しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。 しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。 」(4-5)

彼が自分を、とがの供え物となすとき、その子孫を見ることができ、その命をながくすることができる。かつ主のみ旨が彼の手によって栄える。 彼は自分の魂の苦しみにより光を見て満足する。義なるわがしもべはその知識によって、多くの人を義とし、また彼らの不義を負う。

それゆえ、わたしは彼に大いなる者と共に物を分かち取らせる。彼は強い者と共に獲物を分かち取る。これは彼が死にいたるまで、自分の魂をそそぎだし、とがある者と共に数えられたからである。しかも彼は多くの人の罪を負い、とがある者のためにとりなしをした。」(10-12)

キリストは、人となられたにも関わらず、人の弱さに同情するがゆえに神の判決を不服とされることなく、神がご覧になられるように、人類の姿を見られ、神が人類に下された死の判決に全く抵抗されず、これを自分自身のものとして受け入れ、身に負われた。

キリストには、人類の滅びゆく美を愛でて、それが滅ぼされることを惜しみ、神の判決に反対するがゆえに、ご自分の美に執着されるということが全くなかった。彼は弱く脆い存在である人間の痛み苦しみを十分に分かっておられ、死に脅かされる人類の悲しみをも十分に知っておられ、死を憎んでおられたため、人間に対する深い同情ゆえに、病を癒すことだけでなく、死者を復活させることもしばしばなさったが、それでも、ご自分は、神の超自然的な力を思い通りに駆使することで、十字架の死に反抗してそこから逃れようとすることはなく、むしろ、すべての理不尽を一身に背負われ、何の罪もなかったにも関わらず、罪ある人間と同様に、神の判決の前に従順に頭を垂れて、十字架の死に従順に従われたのである。それは、ご自分の苦しみによって贖いが全うされることを知っておられたためである。

キリストが死に至るまで、ご自分の魂の命を注ぎだされ、魂の命を十字架の死に渡されたことは、人が自己の魂の命を開発・強化することで、死の克服を目指すという東洋的神秘主義の方法とはまさに正反対である。そして、人が死を克服するためには、ただ一つこの方法しかないのである。弱さのゆえに十字架につけられたキリストだけが、ご自分の死によって、死を滅ぼされたのであり、信者には、そうして十字架で死なれたキリストと霊的に一つになることによってしか、死を超えて、彼のよみがえりにあずかる方法はない。

そうして信者がキリストの死と復活に同形化されるためには、信者自身もまたキリストがなされたように、神の御手の下に自分を低くして、人生で己の美が傷つけられたり、自分が脅かされることがあっても、自力で自分を強めてあらゆる困難を克服して死に立ち向かおうとするもがきをやめて、自分の弱さの中に、信仰によって神の力が働くのを待つしかないのである。

しかし、東洋的神秘主義はこれをさかさまにして、人が決して弱さのゆえに十字架の死を介することなく、人がむしろ自己を強め、罪に対する刑罰としての十字架の死を回避しながら、自ら死を飲み込み、滅ぼせるかのようにみなす。こうして、この思想が、人が自ら死と一体化することにより、死を克服・超越しようとするその方法論は、ある意味で、これはキリストの御業の悪質な模倣であると言えよう。

だが、その方法論は悪魔的なものであり、聖書とは真逆の方法であるゆえに、決して目的に達することがない。これは欺きの教えであり、このような方法を通して、人類が自力で死に立ち向かい、死を克服しようとすることは、キリストの十字架に悪質に敵対し、キリストの十字架とは決して両立することのない悪魔的な試みであるから、結果として、必ず滅びで終わることになる。それだからこそ、武術の根底には、自分を脅かすすべてのもの(=とりわけ、聖書の神に対する)憤り、憎しみ、暴力、怨念、嫉妬、復讐心が満ちているのであり、そこには、自らの力で永遠にたどり着きたいと願いながらも、それを達成できない悪魔の神い対する憤りと怨念が投影されているのである。

人類が死を克服するための方法は、弱さのゆえに十字架につけられたキリストの中にしかなく、それ以外のすべての方法は偽りである。武術(武士道)は人が強さのゆえに十字架の死の判決を回避して、自分の罪を正当化して、自力で神の永遠に至ろうとする東洋的神秘主義の生み出す偽りの十字架としてであるから、それは滅び以外のものを決して人類にもたらさない悪魔的な試みなのである。まずはそのことを理解した上で、次の章に入りたい。

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肉のものと霊とのものを区別する必要性~キリスト教界に入り込むグノーシス主義的・東洋的神秘主義の危険➀~

さて、これまでの記事で、グノーシス主義の本質は「肉のものを霊のものに見せかける」という偽装にあり、人類が堕落した天然の「肉の力」によって自力で神に到達しようと試みであると見て来た。

そこで、今回からは、しばらくの間、御霊によって歩む上で、信者が「肉のもの」と「霊のもの」を見分けることがどんなに重要であるかについて考えるため、キリスト教に入り込んだグノーシス主義が、どのような形で「肉のものを霊のものに見せかけようとする」か、その手法について詳しく見て行きたい。

先に説明したように、グノーシス主義思想は、聖書の「二分性」に強い拒否反応を示す。そして、切り離されたものの統合、対極にあるものの融合を訴えるが、そのような考えは、彼らが神と人との区別を認めないことから始まっている。

人類が神によって被造物として創造され、さらに罪の堕落によって神と分離したことを、この思想は認めない。そして、依然として、人類が創造される前の状態、堕落によって神との交わりを失う前の状態に、自力で回帰することを目指し、あたかもそれが可能であるかのように教える。

そのようにして、物質世界の被造物を霊なる神と同一であるとみなしている意味で、グノーシス主義は、神が霊であることを認めず、霊的世界があることをも認めず、仮に「霊」という言葉を使ったとしても、実際には、すべてを目に見える物質世界に置き換え、物質世界の被造物を神とする被造物崇拝の教えであり、それゆえ、あらゆる唯物論の起源であると言える。

唯物論も、汎神論や、東洋思想のように、「目に見える全宇宙と神とは一体である」とみなす思想も、基本的に、すべてグノーシス主義に含まれる。

要するに、グノーシス主義とは、神と人とが本質的に同一であって、人間がキリストの十字架の死を経ることなく、この物質世界にあるもの(人の生まれながらの天然の自己を含む)を通して、神に到達することができるという神秘主義の思想全体を指すのである。そこで、神という概念を用いておらずとも、物質世界にあるものがすべてであるとする唯物論は大きく見ればグノーシス主義の変種の一つである。また、グノーシス主義それ自体の神話のプロットにも見られるように、神は霊であると言って、至高神という存在があると主張していても、それを「虚無の深淵」と同一視し、事実上、神の概念を骨抜きにしているのでは、結局、被造物を神としているのと同じである。そのような意味で、仏教のように、すべては「空=無」であるとみなす思想も、事実上、グノーシス主義と同じ虚無の深淵を神としているのである。

グノーシス主義の特徴は、「あらゆる分離(区別、二分性)」を否定することにあるため、まず、この思想は神と人との分離を否定することから始まり、清いものと汚れたものの区別、霊なるものと肉のものの区別、男と女の区別を否定するなど、文字通りあらゆる区別を否定する。そして、本来的に相容れず、統合することができるはずもないものの統合を唱える。

ペンテコステ・カリスマ運動の指導者である手束正昭氏は、聖書の父性原理の二分性が人を精神病理に陥れる脅威になっていると主張して、キリスト教に「母性原理」を補う必要があると主張したが、そのような主張も、よく見れば、鈴木大拙のような東洋思想家の主張とまさに瓜二つである。

グノーシス主義と東洋思想は本来的に同じものであるが、そこでは、あらゆる対称性を超えた永遠の輪という概念を作り出すことによって、全世界のすべての造られたものが、終局的にはこの「輪」と同一であると結論づける。その「輪」(和)とは、虚無の深淵であり、死である。

だが、表向きは、この「輪」は、ウロボロスの輪に見るように、対極にあるものの統合の象徴ということになっているので、それは単なる虚無や、死だけを表す単純な概念ではないとされ、むしろ、破壊や死でありながら、創造の始まりであるということにされている。要するに、この「輪」の中に、生成と消滅、聖と俗、神と人類、精神と肉体、男と女などのすべてが含まれているというわけである。

しかしながら、このように、あらゆる区別を廃して対極にあるすべての概念を「統合」するというのは、人間が勝手に作り出した錬金術のような無理筋の詐術に過ぎず、事実、そのようなことは不可能事である。それゆえ、グノーシス主義の用いる「輪」は、実際意には、存在しないフィクションの概念であり、そこから始まり、グノーシス主義の「言語」は、すべてがこの「輪」と同様に、二重の概念を帯びたダブルスピークで出来上がっており、それゆえ、偽善的で、自己矛盾しており、不誠実で、虚偽だと言える。

たとえば、すでに見たように、般若心経も「不生不滅」「不垢不浄」(生成も消滅もなく、清さも汚れもない)など、対極にある概念をひとつにまとめ、その後、「無色無受想行識     無限耳鼻舌身意    無色声香味触法      無限界乃至無意識界    無無明     亦無無明尽      乃至無老死      亦無老死尽   無苦集滅道     無知亦無得」などと、延々とダブルスピークを続ける。 要するに、何もかも正反対のものが究極的には「無=空=輪」に集約されるわけであるから、対極にある概念を区別すること自体が必要なく、そのような区別はもとより存在しないも同然であり、意味をなさないというのである。      

ダブルスピークと言えば、思い出されるのは、「戦争は平和である、自由は隷属である、無知は力である」という、ジョージ・オーウェルが『1984年』で描いたディストピアの世界で人々の洗脳のために使われるスローガンであろう。オーウェルの作品は、ただ単にフィクションの域を超えて、ソビエト体制その他の実際に存在した全体主義体制の特徴を明白に描き出しており、今日も、全体主義を非難する際に手本のように引き合いに出されることが多い。

いわば、このような現実にも存在した全体主義ディストピアを生み出す原型となる思想が、グノーシス主義なのであり、この思想の中には、人を欺くための詐術が満ちていると言えよう。今、改めて『1984年』のあらすじを開いて読んでみると、そこにグノーシス主義が作り出す世界観が広がっており、それが慄然とするほどまでに、現代の我が国の政治状況、および、キリスト教界におけるペンテコステ・カリスマ運動に酷似していることを思わないでいられない。
 

 Wikipediaからのジョージ・オーウェルの『1984年』のあらすじの抜粋

1950年代に発生した核戦争を経て、1984年現在、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの3つの超大国によって分割統治されている。さらに、間にある紛争地域をめぐって絶えず戦争が繰り返されている。作品の舞台となるオセアニアでは、思想・言語・結婚などあらゆる市民生活に統制が加えられ、物資は欠乏し、市民は常に「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビジョン、さらには町なかに仕掛けられたマイクによって屋内・屋外を問わず、ほぼすべての行動が当局によって監視されている。

オセアニアに内属しているロンドンに住む主人公ウィンストン・スミスは、真理省の役人として日々歴史記録の改竄作業を行っていた。物心ついたころに見た旧体制やオセアニア成立当時の記憶は、記録が絶えず改竄されるため、存在したかどうかすら定かではない。スミスは、古道具屋で買ったノートに自分の考えを書いて整理するという、禁止された行為に手を染める。ある日の仕事中、抹殺されたはずの3人の人物が載った過去の新聞記事を偶然に見つけたことで、体制への疑いは確信へと変わる。「憎悪週間」の時間に遭遇した同僚の若い女性、ジューリアから手紙による告白を受け、出会いを重ねて愛し合うようになる。また、古い物の残るチャリントンという老人の店を見つけ、隠れ家としてジューリアと共に過ごした。さらに、ウインストンが話をしたがっていた党内局の高級官僚の1人、オブライエンと出会い、現体制に疑問を持っていることを告白した。エマニュエル・ゴールドスタインが書いたとされる禁書をオブライエンより渡されて読み、体制の裏側を知るようになる。

ころが、こうした行為が思わぬ人物の密告から明るみに出て、ジューリアと一緒にウィンストンは思想警察に捕らえられ、愛情省で尋問と拷問を受けることになる。彼は、「愛情省」の101号室で自分の信念を徹底的に打ち砕かれ、党の思想を受け入れ、処刑(銃殺)される日を想いながら“心から”党を愛すようになるのであった。

本編の後に『ニュースピークの諸原理』と題された作者不詳の解説文が附されており、これが標準的英語の過去形で記されていることが、スミスの時代より遠い未来においてこの支配体制が破られることを暗示している。<略>
 




党には中枢の党内局(2009年新訳では党中枢) (inner party) と一般党員の党外局(2009年新訳では党外郭) (outer party) がある。党内局員は黒いオーバーオール(かつての労働者階級の作業着だったとされる)を着用し、貴族制的な支配階級(上層階級)で、世襲でなく能力によって選ばれ、テレスクリーンを消すことができる特権すらある。

党外局員は青いオーバーオールを着る中間層(中層階級)で、党や政府の実務の大半をこなす官僚たちである。党の主要な監視対象は、上層階級に対して立ち上がる可能性のある中層階級である党外局員であり、党内局員も党外局員も反抗の意思を少しでも見せたら密告などに遭い、思想警察(思考警察)に連行され「蒸発」してゆく。「蒸発」した人間は存在の痕跡を全て削除され(例外あり)、その者は初めからこの世に存在していなかった(ニュースピークで言う「非存在」)として扱われる。

党に関わりを持たない人々はプロレ(2009年新訳ではプロール、the proles、プロレタリアの略)と呼ばれ、人口の大半を占める被支配階級(下層階級)の労働者たちであるが、娯楽(酒、ギャンブル、スポーツ、セックス、またその他「プロレフィード(Prolefeed、直訳すると「プロレの餌」)」と呼ばれる、党の制作した人畜無害な小説や映画、音楽、ポルノなど)が提供されている。彼らに対する政治教育は行われておらず、識字率も半分以下である。多くはテレスクリーンさえ持っておらずそれゆえ監視もされていないが、党はプロレ階層を社会を転覆させる能力のある脅威であるとは全く見ておらず、動物を放し飼いにするように接している。彼らは10代から働き、早くに子供を作って60歳までには死んでしまう。重労働が彼らを蝕み、彼らの住む貧民地区にはおびただしい犯罪が横行している。

党外局員およびプロレの生活水準はきわめて低いが、テレスクリーンによる宣伝によれば日用品などの生産は毎年驚くほど伸び続けており、1950年代の革命以前の社会は言語を絶するほどの貧しさだったという。もっとも過去の統計や過去に発表された目標数値は改竄され続けており、今より昔のほうが生活が豊かだったことを証明することは不可能である。

人間の性本能や愛情は抑圧されている。党は神経学的に性本能を抹殺し、性行為から快楽を除去しようと試みており、党や「ビッグ・ブラザー」以外への愛情は必要としない。プロレの性に関しては放置されているが、党員の場合、結婚は党への奉仕のために子供を生むための「儀礼」であり、男女間に肉欲がある場合は結婚を許可されない。若者の間には「青年反セックス連盟」というものがあり、完全な独身主義を提唱し性を汚すキャンペーンを行っている。


     
 
戦前回帰を唱える日本会議勢力によって占められた今日の我が国では、まさに「オセアニア化」が進んでいる。与党が国会の議席の大半を占めたことで、一党独裁化が極端に進み、ビッグ・ブラザーはまだ一応は生きた人間の形を取って国民の前に姿を現してはいるとはいえ、自分が事実上の神であるかのように高慢に振る舞い、ビッグ・ブラザーに逆らった人々は、「蒸発」とまではいかないものの、たとえ高級官僚であっても、捏造されたスキャンダルで職を追われ、社会的に抹殺されつつある。

これらの政権に逆らった人々に対しては、ネットやTVや新聞雑誌という「テレスクリーン」を通して、さまざまなネガティブ・キャンペーンが張られ、国民の憎悪が煽られている。

さらに、賃上げがあったとか、景気は上向いているとかいった虚構の成功談が盛んに宣伝されているが、その恩恵を受けているのは社会のごくわずかな最上層部だけであり、一般大衆労働者の中で、誰一人そのようなことを実感できる者はおらず、この噂話の真偽のほどは全く定かではない。折しも、高級官僚は日々、公文書の改ざんに手を染めていたことが発覚し、それが発覚しても何の悪びれることもなく、まだ自殺するほどの良心が残っていた者がわずかにいたことだけでも奇跡のようである。

国民の大半を占める労働者は精神をむしばむ有害な娯楽をあてがわれ、重労働と貧困によって疲弊させられ、人としての尊厳を奪われたまま、家畜のように搾取され、死へと追いやられている。ピラミッドの最下層に位置する一般大衆労働者への締めつけは年々強化されており、社会保障費は削減され続け、社会的弱者はネットで吊し上られ、今、機能停止している国会では、ちょうど与党だけの独断で「働き方改革」法案が強引に審議入りしたところである。この法案によって、我が国の一般大衆労働者にはより一層、総動員体制が押しつけられ、アウシュヴィッツ行きの列車の発車時間が早まろうとしている。

ビッグ・ブラザーに忠誠を誓う高級官僚や報道関係者の性的不祥事は大目に見られ、セクハラや暴行事件を起こしても処罰もされずに見逃される一方で、庶民のうちである芸能人等は、若さの絶頂を過ぎてもまだ結婚できずに独身のまま過ごすことを余儀なくされた上、彼らの自由恋愛は厳しい統制の対象となる。ちょうど最近でも、独身の芸能人が意中の少女に恋心ゆえにわずかに接近を試みたところ、その肉欲が厳格な処罰に値する悪しき暴力事件であるとして公に懺悔を迫られていることろである。

さらに、漢字も読めない大臣や議員が国政を動かし、ツイッターやフェイスブックや匿名掲示板やブログのコメント欄といった極めて短い文章しか書けないツールが登場したことにより、極端に言語を省略した「ニュースピーク」への国民の言語の切り替えが進行中である。

何よりも、「戦争は平和である、自由は隷属である、無知は力である」のスローガンの通り、国家の安全のためと称して戦争法が推し進められ、自衛隊は海外の戦闘地域へ派遣され、武器が輸出され、共謀罪が制定されて、人々の自由や人権を脅かし、教育現場でも、国家の経済政策に役立つ人間の育成ばかりが重視されて、カネ儲けと直接関わりのない人文科学は隅に追いやられ、知性の破壊が進んでいる。
 
他にも、続ければきりがないほどの類似点が挙げられるであろう。何しろ、日本会議もその源流はグノーシス主義であるから、それが政権を握れば、我が国がディストピアと化すのは当然である。

しかし、当ブログにおいて、主眼となるテーマは、キリスト教界に入り込むグノーシス主義的異端であるから、今はペンテコステ・カリスマ運動に話を移したい。

今日、まるでキリスト教の一派であるかのように、大きな顔をしてこの宗教の中に座を占めているペンテコステ・カリスマ運動は、実は純粋なキリスト教ではなく、東洋思想と合体して出来た異端であることをこれまで見て来た。

グノーシス主義は、「肉的なもの」を「霊的なもの」であるかのように見せかけて、人を騙す詐欺の教えであり、ペンテコステ・カリスマ運動にはこの騙しのテクニックがちりばめられている。片方では、彼らは自分たちが「聖霊のバプテスマ」と呼んでいる偽りの霊を受ければ、信者は神のように高められ、超常的なパワーを発揮し、人間には理解できない言語で話ができるようになるとして、霊的な事柄を追求するクリスチャンの心をひきつけながら欺いている。

他方では、そうした肉的な教えに耳を貸さなかったり、それに関わってひどい目に遭わされて疑問を感じるようになった信者には、私営の秘密警察・思想警察と化した「カルト被害者救済活動」をけしかけて言論統制を行う。この運動は、文字通りすべての教会と信者を監視の対象として7自らの監督下に置こうとしており、その指示に服さない信徒には、盛んにネガティブ・キャンペーンを張って中傷して教会から追い出し、暴力的脅迫により沈黙に追いやっている。

インターネットは、カルト被害者救済活動の支持者らが信者を支配するための双方通行の「テレスクリーン」として用いられている。彼らはこの「鏡」を通して、要注意とみなした信者らを監視し、彼らの思惑に従わない信者らをディスカウント・中傷し、脅し、傷つけて、黙らせようとしている。それによって、彼らの 「ビッグ・ブラザーがあなたを見守っている」(BIG BROTHER IS WATCHING YOU) という標語を実現しようとしているのである。

ここにおける「ビッグ・ブラザー」とは、人格というより、虚無の深淵としての「鏡」そのものであろう。そのような「鏡」の一つがインターネットであり、スマホや携帯電話などのツールであり、それらが人々の思想を監視するための双方通行の「テレスクリーン」の役目を果たしているのであり、神のようになりたいと願う者が、どこにでも偏在して「すべてを見通す目」を持つための手段として用いられているのである。

さて、これまでの記事では、ペンテコステ・カリスマ運動が、キリスト教と東洋思想の合体であることを、主として思想面から分析して来た。ペンテコステ・カリスマ運動が、キリスト教の父性原理に母性原理(ここで言う母とは被造物のこと)をつけ加えよと主張していることなどは、まさにこの運動の東洋思想とのほぼ完全な一致をよく表しているが、これから先、記事では、思想面のみならず、現象面を通しても、この運動の起源が東洋的神秘主義にあることを見て行きたい。
 
実は、ペンテコステ・カリスマ運動は、現象面においても、東洋的神秘主義に起源があることが明白なのである。ペンテコステ運動のミニストリーが、いかに超常現象を強調するものであるかは、今更、説明せずとも、多くの人々の知るところである。この運動は必ずと言って良いほど、彼らが「聖霊」と呼んでいる偽りの霊が引き起こす「しるし・不思議・奇跡」などの超常現象を強調する。
 
彼らの見せる奇跡の多くは偽物であるが、中には、本物の超常現象もある。筆者はかつてアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団にいた時代に、この教団の教会がしきりにペンテコステ運動の名だたる「宣教師」たちのセミナーや大会を推奨していたこともあって、そうした偽りの宣教師たちが海外から来日して開いた大会などを見聞きしたことがある。

ある大会で、次のような光景が繰り広げられた。詳細は覚えていないが、南米の国々などからやって来たと思われる白人の宣教師の一人が、講演中に、会衆に向かってステージに上がるよう指示した。ペンテコステ運動の集会では実によくある光景である。人々は何が起きるかと期待しながら、ぞろぞろステージに上がって行った。筆者と同伴者らもステージに上がった。そこで、偽りの宣教師が、ステージで何かを命じた(その言葉は、外国語だったせいか、それとも、異言だったためなのか、当時の筆者には意味が理解できなかった。)会衆の多くは、宣教師が命じれば、自分たちは床に倒れることになると初めから期待していたものと思われ、実際にそうなったのである。

むろん、スーツを決め込んだ白人の宣教師は、マイクの前に立っているだけで、誰にも指一本触れていない。ただ言葉で何かを命じ、わずかに手振りをしただけである。それだけで、ステージのかなり端の方にいた会衆たちにも、何かの衝撃波が到達したらしく、人々はよろめき、中には倒れる者もあった。

だが、筆者はそういう話を色んな場所で聞いて、眉唾ものだと思い、疑っていた。会衆が倒されることばかりに期待を寄せているから、倒れたいという自分の願望によって自ら倒れているだけなのではないかと疑っていたのだ。そこで、筆者は、半信半疑で、目をかっきと開いたまま、冷静に会衆の様子を見ていたが、宣教師はステージの上を歩き回り、まだ床に倒されていないで立ったままでいる人々に、手をかざすなどしてさらに倒し始めた。その時、宣教師のそば近くにたまたまいた筆者の同行者の一人が、宣教師の手の一振りで、吹き飛ばされるようにして完全に床に引き倒されてしまった。

今や大勢の会衆が当たり前のように床に転がるように倒れていたが、人々は催眠状態か恍惚状態にあるようで、そこには何か異常なことが起きたという危機感が全くなかった。倒された人々がパニックになることもなく、けいれんしていた人を世話する係まで用意されており、そうした出来事はすべてまるでありふれた日常的な風景に過ぎないかのような雰囲気があった。
 
だが、筆者は、自分の周りの人々に起きた異常を忘れなかった。引き倒された筆者の知人は、床に頭を打ち付けることもなく、また、倒れた衝撃で何らの不愉快な感覚を味わった様子もなく、瞬間的に気を失って、何か心地よい恍惚状態の中で、眠るように目をつぶっていた。おそらくその大会で自分が倒された事実さえ今となっては全く覚えていないほどであろうと思う。明らかに、その偽りの宣教師が、身振りと手振りだけで知人を地面に引き倒したことは明らかだったが、その倒れ方は、まるで風にあおられて自然に床に落ちた木の葉や、ティッシュペーパーか何かのように、音もなく滑るように瞬間的に仰向けに引き倒されたのであり、よく電車などで見かけるように、気分が悪くなった人が自主的に床に倒れ込む様子とは全く違っていた。数分程度、倒れたまま、目をつぶり、気を失っていたが、呻いたり、苦しんだりしている様子もなく、完全に無意識の状態に置かれていたのである。その後、意識を取り戻して起き上がっても、困った様子もなく、異変を感じている様子もなく、普通に行動し始めた。

その衝撃波は、筆者には何一つ影響を及ぼさなかったが、筆者はその時、目撃した異常を忘れなかった。その出来事を通して、偽りの宣教師たちが強調している「超常現象」が、必ずしも捏造された奇跡や、サクラの演出などによるヤラセばかりではなく(そういうものも多いかも知れないが)、実際に偽りの宣教師たちの中には、明らかに何かの人間離れした超自然的な力を行使できる者がいることを知ったのである。

今から考えると、その力は、仏教やヒンドゥー教の僧侶やシャーマンたちが、修行を通して得られる、魂の力を開発した超常的な能力だったに違いないものと思われる。当時、来日していたペンテコステ運動の「霊の指導者」たちは、ほとんどが白人であったが、彼らは東洋的神秘主義に由来する力を身に着けていたのである。

東洋思想とは、神と人とが本来的に一つであるという神秘主義思想であるが、ただ単に頭の中だけで考え出され、頭脳を通して理解される思想とは異なり、人間が修行を通して自己を鍛え、実際に神と合一したと言えるような神秘体験をし、何かの超自然的な力を行使できるようになるための「秘儀」を含んでいる。そして、それはインドやその他の地域で絶えず開発・利用されて来た能力であるとはいえ、日本にも伝来し、我が国では武士道という最も完成された形を取って現れたのである。

私たちは、三島由紀夫が武士道を通して自分を鍛えようとしていた事実や、有名な武士道の書『葉隠』の中に、「武士道と云ふは死ぬことと見つけたり」という一節があることなどを知っている。

武士道とは、いわば、「虚無の深淵」を神とし、すべての目に見えるものが本質的にこの「虚無の深淵」と一体であるとみなす東洋的思想の神秘主義の完成として作り出された「死の美学」である。武士道の極意は、いかに人間が常日頃から死と一体化し、死を美学として完成させるために生きるかを示す方法論のようなものである。彼らは、生きているうちから死と一体化することにより、死によって脅かされている儚く脆い生命の「美」を極めようとするのである。

だが、武士道を「美学」とみなすことは、この誤った思想のほんの表面的だけを見る偽りである。武士道とは、ただ単に水面に浮かぶうかたかや、散って行く桜を眺めては、その無常に思いを馳せ、情緒的感慨に浸ってため息をつくという種類のものではなく、残酷な力の行使である。儚く脆い命を愛で、自分も儚い命として自分を守り、自己完成を目指すという美しい響きとは裏腹に、その本質は、憎しみと怨念のパワー、堕落した魂の力に由来する暴力の行使なのである。

そのような東洋的神秘主義に由来する力が、キリスト教界に入り込んでいること、まさにその魂の力こそが、ペンテコステ・カリスマ運動の本質であることを、次回以降の記事で、実際に、様々な動画などを例に取り、詳しく見て行きたい。

「イゼベルの霊」(被造物崇拝)の見せる偽りの「慈悲」や「同情」に基づく誤った「救済事業」は、弱者を永遠に弱さの中に閉じ込め、支配する

・ハンセン病の絶対隔離政策に見る、「慈愛」や「同情」を装う偽りの救済事業」の危険性
 
さて、これまで、グノーシス主義がしきりにキリスト教の父性原理に基づく二分性を糾弾し、「慈愛」や「慈悲」によってすべてを包容する「母性的情愛」を高く掲げていることを見て来た。

今回、私たちは、グノーシス主義がしきりに善良な要素として掲げる「母性的情愛」なるものが、本当に人間を解放することに少しでも貢献するのか、むしろ、「慈悲」や「同情」といったうわべだけは美しく響く概念が、どれほどその美名とは裏腹に、人間をディスカウントして貶め、人を弱さの中に閉じ込めてそこから受け出せないように支配する口実として利用されるかということを、以前にも一度触れたことのあるハンセン病の絶対隔離政策を例に見ていきたい。

ハンセン病患者に対する強制隔離政策は、我が国で、約90年以上も続けられて来た。

ハンセン病は、我が国では、古来から、世間では「家系に伝わる不治の病」「業病」などと呼ばれて、不当な差別の対象とみなされて来た過去があるが、我が国で、国家レベルでハンセン病者に対する差別的な隔離政策が推進されるようになったのは、明治になってからのことであった。
 
明治になってから、我が国は、近代国家としての体裁を急ごしらえで身に着けようと、西欧諸国にならって文明開化を急いだ。「内地雑居」により、欧米人が自由に日本国内を行き来できるようになった頃、当時の日本政府は、ハンセン病患者の存在を、文明開化した国にはふさわしくない、未開の国の無秩序状態を示す「国家の恥」とみなして、ハンセン病者を「国辱」であるかのように考え、排除を決定したのであった。

つまり、欧米人の前で、国家の見栄や体裁を保ちたいという理由で、国はハンセン病者を社会的に抹殺・隔離・根絶することを決め、それに基づいて、明治以降、平成に至るまで、政府が率先して絶対隔離政策を長年に渡り、推し進めて来たのである。

以下は、後ほど紹介するように、絶対隔離政策がようやく違憲として廃止された後、2005年に厚労省でとりまとめられた「ハンセン病問題に関する検証会議による最終報告書」からの抜粋である。そこには、明治政府が、1907年に「癩予防ニ関スル件」という法を定め、ハンセン病者の隔離政策に踏み切った理由が、対外的な見栄を保つためであったことが示されている。
 
そこから、欧米人と肩を並べる列強として、文明開化された強い軍事力を持つ国であることを対外的に演出したかった当時の明治政府から見て、ハンセン病患者は、アイヌ民族や、精神障害者と並んで、「野蛮」や「汚濁」を象徴する存在として、覆い隠さねばならない存在とみなされたことが分かる。

 

当時の日本の衛生政策は、防疫、すなわちコレラなどの急性感染症への対処に追われていて、とてもハンセン病への対策を実施する余裕はなく、ハンセン病患者への医療は、こうした宗教的施設に依存するばかりであった。

では、なぜ、1907(明治40)年、法律「癩予防ニ関スル件」を公布し、国家はハンセン病患者の隔離に踏み切ったのであろうか。その契機は2 つある。1 つは、1897(明治30)年、ベルリンで開かれた万国癩会議で、ハンセン病が感染症であり、その予防策として隔離がよいと確認されたことであり、もう1 つは1899(明治32)年に欧米諸国との間の条約の改正により新条約が発効し、「内地雑居」が開始されたことである。

「内地雑居」により、欧米人たちは日本国内を自由に居住し、旅行できるようになった。

当時、
ハンセン病には遺伝病という認識が支配的であったため、患者は家族・親戚への差別を恐れて、自宅に隠れて暮らすか、家を出て放浪して行方をくらますかの、いずれかの境遇を強いられていた。

放浪する患者のなかには、神社・仏閣などの門前で物乞いする者も多く、「内地雑居」が始まると、そうした放浪患者の姿を欧米人に見られることは国家の屈辱と考えられた。なぜならば、当時、ハンセン病は北米やヨーロッパには少なく、アジア・アフリカ・ラテンアメリカなどに多くの患者を発生させていたからである。

1900(明治33)年12 月、内務省が初めておこなったハンセン病患者調査では、患者数3 万0359 人、「血統戸数」19 万9075 戸、「血統家族人口」99 万9300 人と報告されている(国立療養所史研究会編『国立療養所史』らい編、厚生問題研究会、1975 年)。ここで、「血統」という表現を使用しているが、これは内務省がまだハンセン病=遺伝病説に固執していたということではなく、家族に患者を抱えている戸数と家族の人口という意味である。すなわち、「血統家族人口」とは、家族間で感染している可能性があり、今後、発症するかも知れないという人口を意味しているのである。

この数字は、国家にとって大きな衝撃であった。日清戦争に勝利し、条約の改正にも成功した本にとり、アジア・アフリカの植民地並みの患者が存在することは国辱以外のなにものでもなかった。

ちょうど、この頃、1899(明治32)年に「北海道旧土人保護法」が成立し、1900(明治33)年には「精神病者監護法」が成立しているが、法律「癩予防ニ関スル件」もまた、これらの法律とともに「内地雑居」との関連性をもって評価されるべきであろう。


すなわち、アイヌ民族への「保護」を掲げた「北海道旧土人保護法」や精神障害者の座敷牢ヘの監禁を認めた「精神病者監護法」について、小熊英二は「欧米人の視線から<野蛮>ないし<汚濁>とみなされかねない存在を隔離し被いかくす対策」の一環とみなしているが(『<日本人>の境界』、新曜社、1998 年)、法律「癩予防ニ関スル件」もまた、その一環とみなすべきである。

(厚労省「ハンセン病問題に関する検証会議、最終報告書」、pp.52-53)



こうして、もともと国家の対外的な面子を保つ上で、ハンセン病患者の存在自体を「国辱」とみなす考え方が生まれ、それを土台に、光田健輔のように、ハンセン病患者の治癒後も含めた生涯に渡る絶対隔離の必要性や、断種による患者根絶の必要性を強力に唱える(ある意味ではマッドサイエンティストのような)医師が登場して、多大なる影響を行使した結果、「癩予防ニ関スル件」、「無らい県運動」、「らい予防法」などの、日本政府による数々の非人道的な絶対隔離政策が成立して行ったのである。

このように、医学的な見地に立つよりも、むしろ、中世あるいはヘイトのような差別感情に基づくものと呼んだ方がよい我が国におけるハンセン病者への絶対隔離政策は、1943年にアメリカ合衆国で「プロミン」の治療効果が報告されて、ハンセン病の治療が可能となり、その後、これを改良した治療薬が開発されて、ハンセン病が事実上、不治の病ではなくなった後も、撤廃されることなく長年、続行された。

「らい予防法」に基づく絶対隔離政策がようやく終焉を迎えたのは、2001年5月11日に国立ハンセン病療養所に入所している元ハンセン病患者が起こした「らい予防法違憲国家賠償訴訟」において、熊本地裁が絶対隔離政策を違憲とする判決を出し、国が控訴を断念し、ハンセン病患者・元患者に謝罪を行ってからのことである。

1953年(昭和28年8月15日)に制定された「らい予防法」それ自体は、1996年(平成8年4月1日)の第136回国会で廃止されていたものの、この時点では、「らい予防法」に基づく「絶対隔離政策」や「患者絶滅政策」の違憲性は何らまともに検証されていなかった。こうした政策そのものが反人間的な違憲の法であったことが初めて明らかにされたのは、上記の熊本地裁判決においてである。

その熊本地裁判決が出された翌年の2002年に、政府は「ハンセン病政策の歴史と実態について、科学的、歴史的に多方面から検証を行い、再発防止の提言を行う」ことを目的に、検証会議を設置し、その後、2年半に及ぶ調査の結果、2005年3月1日に検証会議が「最終報告書」をとりまとめて厚生労働省へ提出した。

この最終報告書は、検証会議が行った療養所における患者や元患者への膨大な聞き取りや実態調査、さらに、長い歴史時代に渡って培われた差別構造についての多角的な考察や検証などを含んでおり、極めて重大な意義を有するものであるが、それでも、この調査報告がまとめられただけでは、それはハンセン病者らの不当に奪われて来た人権が回復されるための最初の一歩に過ぎない。

その後、政府は、「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」を設けることににより、絶対隔離政策の犠牲となった元患者らへの補償金の支給を決定したものの、この補償金は、法律の施行からわずかに5年間の間しか請求できないと制限がつけられ、その5年の間に請求がなければ、受給できないものとされて、2006年6月で請求期間が終了した。

だが、その申請期間に、この法律の対象となりうるどれだけの患者・元患者らが、この法律の存在を知って、請求を行ったのかは、その後の調査もなく不明である。何しろ、90年間もの長きに渡り、差別と隔離の歴史が続き、自分の病気を患者が公表することもはばかられる環境が作り出されて来たのだ。その後で、ようやくその悪法が違憲と認定されてから、わずかに5年の間に、新しい法律に基づき、補償金の申請をせよというのは、あまりにも元患者らにとって、不親切・不案内かつ配慮に欠ける措置ではないだろうか。

療養所を退所した後、かつて隔離されていた過去をひた隠しにしながら息をひそめて生きたであろう多くの人々の存在を考えてみると、未だ差別意識に苦しめられているがゆえに、そのような権利があることを知っても、あえて行使しなかった人々もいると思われる。しかも、この補償金が違憲の法律によって家族のメンバーを残酷に家庭から奪われた人々などは対象としていないことにも、決してこれが政府による隔離政策に対する十分な反省や償いを示すものとは言い難いことは明らかである。

国は戦後、かつての軍人やその遺族に手厚い恩給や年金を支給しているのであるから、長年、隔離され、人権を奪われ続けて来たハンセン病者やその家族に対する補償は、決して期限付きの自主申請に基づいて行われるべきものではなかったと考えられてならない。

政府が90年以上もに渡る隔離政策の後で、療養所の入所者や退所者に関するきちんとした後追い調査をせずに、補償金の受け取りをただ元患者らの自主申告に委ねたことは、大きな間違いであると思われてならない。

こうして、元患者らへの、隔離によって奪われた人生の年月や、残酷な断種政策によって侵害された人権に対する償い、また、隔離施設の中で、非人間的な差別的扱いのもとで開かれた「特別法廷」で出された判決の再検証などの取り組みについては、法曹界からの声などは上がっているが、政府からは、今も個別の訴えがない限り、遅々としてなされていないのが現状であると言える。

もしも真の「国辱」とは何であるか、真の「野蛮」や「未開」の概念とは何を意味するかを考えるなら、このように、政府が自ら不当に弾圧して来た人々の人権の回復に積極的でなおい態度を取り、いたずらに補償金の受け取りを制限し、絶対隔離政策のもたらした害を個人の責任として押しつけて放置するような態度を取っていることこそ、文明国家の恥であると言えよう。

さて、以上で挙げたハンセン病に関する検証会議の最終報告書は、「ハンセン病問題に関する検証会議 最終報告書」(厚労省)および「ハンセン病事業検証調査」(公益財団法人日弁連法務研究財団)のホームページで見ることができる。
 
だが、おかしなことに、厚労省が出しているホームページでは、「第四  1953年の「らい予防法」―強制隔離の強化拡大の理由と責任― 」における「第4  藤楓協会および皇室の役割」の項目には、個別のリンクが貼られていない。

よくよく探せば、この項目は、その上にある第三の全体版に合体されていることが分かるが、他のすべての項目では個別のPDFが存在するにも関わらず、皇室の責任を問うたこの項目だけに、個別のPDFのリンクが存在しないことは、非常に奇妙に感じられる。偶然のミスなのであろうか。

さて、以下では、この最終報告書を参照しつつ、皇室および、宗教界の中から、キリスト教を例にとりつつ、これらの宗教勢力が、なぜ絶対隔離政策を廃止する原動力とならないどころか、むしろ、強力にこの人権侵害を黙認し、むしろ、擁護するための大義名分の役割を果たしたのか、それぞれの「救済観」の誤りという問題に照らし合わせながら、考えてみようと思う。

まず、皇室からである。

ハンセン病者は、「慈悲深い皇室」というプロパガンダを国民に流布するために大いに利用された。絶対隔離政策は、ただ暴力的に患者を隔離するという方法で推進されたのではなく、皇室がハンセン病者に「慈愛の涙を注ぎ、救済の手を差し伸べる」という「神話」や美談によってカモフラージュされながら、推進されたのである。

> 近代日本の皇后像を研究した片野真佐子は、「皇室を慈善恩賞の府、とりわけ慈善の府となし、皇恩の広大さを目に見えるかたちで国民に知らしめるもっとも有効な事業はなにか。的は『救癩』事業にしぼられた。問題は国家の体面にかかっている。『癩』の問題を放置する国家を、西洋社会は文明国家と認めないからである」と述べ、皇室と「救癩」の接点となったのが貞明皇后節子さだこであったと結論する(片野真佐子『皇后の近代』講談社、2003 年)。

たしかに、貞明皇后(節子は1926 年12 月25 日に大正天皇が死去した後は皇太后となるが、本報告書においては諡名である貞明皇后で表記を統一する)は、1930(昭和5)年、癩予防協会設立の基金に「御手許金」を「下賜」し、1932(昭和7)年11 月10 日には、大宮御所の歌会で「癩患者を慰めて」と題して「つれづれの友となりても慰めよ 行くことかたきわれにかはりて」などの歌を詠むなど、皇室の「救癩」の象徴となっていく。

では、なぜ、象徴の役割が貞明皇后でなければならなかったのか。これについては、片野も引用している次田大三郎「地方局の思い出を語る・上」(『自治時報』1959 年5 月号)に詳しい。それによれば、癩予防協会設立時、内務省地方局長であった次田は内相安達謙蔵に対し、「一つ、皇室のお力を借りられたらいいのではないか。大臣が皇后に拝謁されて、あの光明皇后―奈良時代の光明皇后の先例にもあるから、皇后が、そういう哀れなるらい患者のために大御心をわずらわすということにされたらいいと思う。そういうことをお願いなすつて、皇后がそれをやつてくださるということであれば、それはもう皇室中心の日本で、きゆう然として世論がそれにしたがつて来るだろうと思う」と述べ、安達もそのとおりに、貞明皇后に願い出て、同意を得たという

次田は、隔離政策に国民の理解を得るための「プロパガンダの一つの方法」として、貞明皇后を担ごうとしている。そして、その根拠は光明皇后の「救癩」伝説にあった。かつて、光明皇后がハンセン病患者の背を流し、膿を吸ったという伝承を現代に再現する意味で、貞明皇后は象徴となり得たのである。 
(ハンセン病問題に関する検証会議 最終報告書 p,144)



光明皇后に関する「神話」に重ね合わせる形で、貞明皇后が「救癩」の象徴として担ぎ出された。それは、皇室が主体となって、ハンセン病者を「救う」という「お涙頂戴物語」を隠れ蓑にして、政府が事実上、「国辱」とみなしていたハンセン病者を、可能な限り、穏便かつ早急に社会から排除するためであった。

そのために、「皇后じきじきにハンセン病者の苦悩に寄り添い、慈悲をかけられた」という「救済神話」が作り出され、恐るべき隔離政策が、皇室に由来する費用の下に、「同情」の名のもとに進められて行った。

こうして、「慈悲」や「救済」の概念の下、ハンセン病者の「根絶」や「絶対隔離」という忌むべき政策の非人道性が覆い隠され、国を挙げての人権侵害が正当化されたのである。
 

貞明皇后は、すでに1925(大正14)年、後藤静香が主宰する教化団体希望社を介してハンセン病患者の処遇に関心をいだき、「女官一同」の名で、金一封を後藤に贈っていた(加藤義徳「後藤静香と救癩運動」、『JLM』571 号、1980 年11 月)。希望社は全生病院への慰問や群馬県草津の鈴蘭園への支援をおこなうなど、隔離を前提にした患者の「救済」を実践し、希望社が発行する『希望』は宮中の女官にも読まれていた。

貞明皇后は安達内相の申し出を受けて、1930(昭和5)年11 月10 日、「御手許金」24 万8000円を内相と拓務相に「下賜」した。このうち、20 万円が癩予防協会の基金に組み込まれ、残りは日本国内と朝鮮・台湾の計10 か所の私立療養所への補助、公立療養所職員への慰安、および公私立療養所入所者への慰安に使用された(関屋貞三郎『皇太后陛下の御仁慈と癩予防事業』、癩予防協会、1935 年)。

その際、入江大宮大夫より「熟ら思召さるゝには世に不幸な者多しと雖も癩病患者の如く治療の方難く家庭の楽もなき悲惨なるものあらしと最も御同情遊はされ、又其の患者を救護し事務に尽瘁する人々の献身的の至誠に深く御感動あらせられ、今般此種の社会事業に対し夫々御下賜あるべき旨御沙汰あらせらる」という「謹話」が発表され、貞明皇后の「同情」が強調された(『山桜』12 巻10 号、1930 年10 月)。

また、1934(昭和9)年3 月、中央社会事業協会主催の社会事業中央講習会で、「皇室と社会事業」の題で講演した前宮内次官関谷貞三郎も、貞明皇后と「救癩」の関わりについて詳しく論じている。この講演は、同協会より冊子になり刊行されているが、全体47 頁のうち、貞明皇后と「救癩」についての叙述が7 頁を占めている。講演は、古代から近代に至る内容であったことを考えると、その比重の大きさは否定できない。<略>

貞明皇后のハンセン病患者への「仁慈」は植民地にも流布される。<略>

さらに、1942(昭和17)年、「大東亜共栄圏」に日本のハンセン病患者を送り出し、現地の患者を看護させようという「救癩挺身隊」構想が、長島愛生園などから提起されると、同園事務官宮川量(ペンネーム東洋癩生)は「八紘一宇の理念さらに我等に尊い皇室の御仁慈がある。これを大東亜の病める兄弟姉妹に頒ち与へ、共に大恵に浴さしめたい」と訴え(東洋癩生「大東亜救癩進軍譜」、『愛生』13 巻1 号、1943 年1 月)、入所者の間にも、隔離された自分たちでも御国に奉公できるという意識が強まり、星塚敬愛園の入所者は、貞明皇后の「つれづれの友となりても慰めよ」の歌をもとに皇室の「仁慈」が「大東亜共栄圏」のすべてのハンセン病患者を救済する「御歌海を渡る日」を待望していた(南幸男「南方救癩に処する我等病者の心構え」、『愛生』13 巻3 号、1943 年3 月)。

結局、「救癩挺身隊」構想は、戦局の悪化で実現しなかったが、貞明皇后のハンセン病患者への「仁慈」がこうして、患者の戦争動員の論理にも適応されていった。

このように、ハンセン病患者は皇室の「仁慈」を顕在化させる恰好の対象とされた。しかし、その一方で、ハンセン病患者は皇室の権威を借りて排除された事実も指摘しなければならない。
(同上,pp.144-145)



もちろん、この残酷な絶対隔離政策に、患者自身が抵抗しなかったわけではない。当時のハンセン療養所では、強制的に隔離された患者たちが、脱走や逃亡を企てたり、反乱が起きることもなかったわけではない。

しかしながら、療養所では、貞明皇后がハンセン病者を哀れんで詠んだとされる歌や、皇后の「慈愛」に満ちた「救癩」の取り組みがしきりに強調されることにより、隔離された患者らの心には、「皇后じきじきに関心を持って下さるのだから、私たちは国家の恥として見捨てられ、抹殺された存在ではない」とか、「私たちは差別されているだけの惨めで哀れな存在ではない」などという考えが植えつけられ、患者らは、皇后が自分たちに慈悲を垂れたという美談によって自分を慰めることで、おとなしく隔離に自主的に応じるようマインドコントロールがなされて行ったのである。

こうしてハンセン病者は、皇室が「慈悲深い救済者」であり、見捨てられた社会的弱者の「救済事業」を主体的に行っているという「美談」や「神話」を作り出し、身分差別を強化・固定化していくための大いなるプロパガンダとして利用されたのである。

そうした伝統は戦後になっても受け継がれる。

こうした藤楓協会が国民に強く訴えたのが皇室の「仁慈」である。一般的に、日本の医療・福祉関係の施設・団体には多くの皇族が顔を並べている。日本赤十字社を筆頭に多くの皇族が名誉総裁などの地位を占め、また、皇族が旅行すると必ずと言っていいほど、病院や福祉施設を慰問する。

戦前は、男性皇族は軍務に就き、女性皇族は軍事救護や福祉に関わるという、まさに厳父と慈母というイエ制度に基づくジェンダー的役割分担をおこなってきたが、戦後は男女とも、福祉の顔を国民に向けることになった。

ハンセン病に関しては、特にそれが顕著である。藤楓協会のみならず、菊池恵楓園、邑久光明園の園名には、いまだに皇后たちの印章や謚号が使われている。戦後の皇族は、どれほどハンセン病と関わってきたのか。

皇族のなかでは高松宮宣仁が頻繁に療養所を訪れている。高松宮は、藤楓協会の初代総裁であり、1987(昭和62)年に死去した後は、妻の喜久子が総裁を継いだ。貞明皇后に続き、高松宮は皇室のハンセン病患者への「仁慈」の象徴となった。

ここで、特に注目するべきは占領期の高松宮の行動である。高松宮は1947(昭和22)年から1951(昭和26)年までの5 年間に、全国9 か所の療養所を廻っている。これは、高松宮の自発的なものだったとは考えられない。皇族の行動には、それなりの意味がある。(同上,pp.151-152)


ロイヤルファミリーという特権階級の存在意義を世間に納得させ、その威光を社会に輝かせるためには、彼らが絶えず、自分たちが最もひどく搾取している対象である弱い人々を気にかけ、特に打ち捨てられた社会的弱者に関心を寄せ、彼らに救援の手を差し伸べているというポーズを取ることが必要不可欠である。

やんごとなき人々が「慈悲深い姿」を社会に見せることが、支配階級を存続させるための絶好のプロパガンダであるという認識は、日本だけに限ったことではない。

そのような慈善事業は、一見、支配階級が格差や差別によってできた溝を埋め合わせるために行っているように見えるかも知れないが、真の目的はそれとは正反対である。それは格差や身分による差別をより一層、強化・固定し、永遠にそれが覆されることがないよう、支配階級に対する弱者の怨念の一種のガス抜き、うわべだけのプロパガンダとしてなされているだけなのである。

つまり、やんごとなき人々が、雲上人の高みから、どん底の苦しみの中にいる人々に関心を示し、同情の涙にくれて手を差し伸べるという「神話」が作り出されることにより、うわべだけ、「差別する側」と、「差別される側」との間の感情的対立が緩和され、両者の和解が成立したかのように見える。

差別階級は、「慈悲」の名のもとに、被差別階級のために涙を流し、被差別階級は、その涙を見て、自分たちの労苦がかえりみられ、差別階級が反省を示して歩み寄りをしてくれたかのように考えて自分を慰める。ところが、現実には、「慈悲」という隠れ蓑の下で、「哀れむ側」と「哀れまれる側」との間にある圧倒的な不公平や身分差別は、なくなるどころか、より一層、強固に固定されて行く。

「哀れむ側・施す側・助ける側」だけが一方的に栄光を受け、「助けられる側」は、ますます惨めな境遇の中に閉じ込められて、支配階級の栄光と満足の道具とされて行くのである。

従って、その慈善事業は、実際には、社会的強者を永久に強者のままにしておき、社会的弱者を永久に弱者のままに留め置くための「ポーズ」でしかない。その実態は、「救済」どころか、「不当な支配や搾取の正当化」であり、人々を弱さの中に閉じ込め続けることで、永遠に搾取の対象とすることにあり、実際には「救済事業」という見せかけの美しい名目とは正反対の役目を果たしているのである。

こうして、「慈愛」や「同情」や「救済」の美名のもとに行われる排除、支配、差別、隔離、マインドコントロールが存在する。

当時、ハンセン病のほとんどの療養所では、貞明皇后がハンセン病者を「慰める」ために詠んだとされる歌が、皇室からハンセン病者への「御恵み」として宣伝された。以下の記述を通して、ハンセン病者を利用して「慈愛に満ちた皇室」のイメージが作り出され、それがまるでカースト制のような、差別に基づく支配構造を固定化するために大いに利用されていた様子が分かる。

「我々国民として最も尊ぶ皇室」の威光を輝かせるためには、それと正反対の「日本で一番虐げられて居る、踏みにじられている癩者」の存在が大いに役立ったのである。

「癩予防協会」は、1931 年3 月に、絶対隔離政策を支持する世論作りのために、大正天皇の后、貞明皇太后節子が深く関わり設立されたものである。この時ハンセン病医療のために出された節子の「下賜金」25 万円の内の10 万円が設立の基金とされているが、基金ということ以上に、皇太后節子の関わりは世論形成に大きな意味を持った。

癩予防協会は、節子の誕生日である6 月25 日を「癩予防デー」と定め、「癩撲滅」「絶対隔離推進」の世論喚起の取り組みを行い、11 月10 日を「御恵みの日」と定め、「我々国民として最も尊ぶ皇室皇太后陛下が日本で一番虐げられて居る、踏みにじられている癩者に御手を下し給ふた」ことが皇室の慈愛として強調されていったのである。

ハンセン病問題における皇室の存在の大きさは、節子が「癩患者を慰めて」と題して詠んだ「つれづれの友となりても慰めよ 行くことかたきわれにかはりて」という歌の歌碑が、私立も含めて、ほとんど全ての療養所(菊池恵楓園は額装のみ。現在は倉庫に格納されている)に存在し、現在も大切に扱われていることからもうかがえる。「御恵みの日」の11 月10 日は、この歌が詠まれた日にちなんでいる。

光田健輔は、療養所内の反応を「患者たちにとりては、境遇上虐げられ、さいなまれた夜が明けたように有難く思うたことであろう」と述べ、「その声が療養所から叫ばれるとき、民衆は一日も早く病者を恩恵の楽天地に送ることを心がけるであろう」(『愛生』3 号 1932 年)というように、皇太后節子の存在を、絶対隔離政策推進の大きな力として感じとっている
(同上、pp.436-437)


だが、こうして、残酷な隔離政策、差別と支配の構図の上に立って、ハンセン病者を利用して存分に栄光を受けたのは皇室だけではなく、宗教界も同じであった。

最終報告書には、キリスト教がどのように隔離政策の推進に利用されたかというくだりもあるため、読んでみよう。
 

信仰によって苦難もよく之を征服する事を得べく、苦難に遭遇し初めて真の信仰に生きる事が出来るのだ、我々は苦難に打ち勝ち初めて意義ある人生の光明を見出す事が出来る。(「苦難の恵み」仁人 『甲田の裾』1931 年9 月号)

苦難を恵みとして受けとめ、それに打ち勝つことが「真の信仰」なのだと受けとめられている。
このように信仰による安らぎを与える「慰安教化」活動は、そのまま入所者に対して「隔離の受容」を植え付けていくことと表裏となるものであった。

2)「隔離の受容」の植え付け

「隔離の受容」の植え付け、このことが、ハンセン病問題に対する宗教の責任を明確にしていくうえでもっとも重要な事柄と言える部分である。

まずキリスト教の事例から考えていきたいが、多磨全生園のある入所者は、次のように述べ、ンセン病は天主(神)が人間に対して許可した疾病で、それには霊的すなわち宗教的な意味があるはずだと主張している。<略>

十字架の贖罪にしめされた天主の愛を知り、新生を経験した癩者の魂は、かつては自らの生ける屍を埋めるために来た墳墓である癩園を、聖寵の花園に変える。肉親との離別の寂寥、病まざりしならば知り得たであろう人間生活の諸々の愉しみ、病気の肉体的苦痛、それらをすべていと小さい犠牲として捧げる。それらは云いがたい霊魂の冨となって、彼の中に浄らかな喜びを溢れさせるだろう。」 (「癩と信仰」光岡良二『声』1954 年6 月号)

イエスの十字架上での苦しみと死を通して神の愛を知る者は、苦しみを神に捧げる貴い犠牲として受け入れることができ、そのことが療養所の中で生きていく上で喜びをもたらすとの理解である。

一言で言えば、病気とそれゆえの隔離の苦しみを受容し耐え忍び、喜びと変えて療養生活を営んでいくための支えとして、キリスト教は役割を果たしてきたと言える。そのことは、次の神山復生病院院長岩下壮一の「祖国の血を浄化せよ」というタイトルの講演でも顕著である。

この講演で岩下は、宗教あるいは信仰の果たす役割を「納得の装置」とみなし、なぜこの病気にかかったかという質問にどう答えるのかとの友人の質問に、「これはただの道徳や慈悲の心では解決できない、信仰の世界に入らなければ納得させることができない、実に癩問題には必然、宗教問題が伴わなければ満足な解決は得られない」(『岩下壮一全集・第8 巻』)との考えを示している。

ここでの信仰の世界とは隔離政策を受容し、自分の病気の苦しみを犠牲として神に捧げることである(岩下壮一「病者の栄光の日近づく!」『声』No.736 1937 年5 月号)。要するに隔離政策の中で生きていくには十字架にかかったイエスを思い起こす信仰によって不満や怒りを鎮め、さらに皇恩を感謝して生きるようにと促していくのである。
(同上、pp.444-445)

ここで、宗教あるいは信仰が、あらゆる理不尽な人権侵害に対する「納得の装置」としての役割を果たしたと指摘されていることは興味深い。

療養所において、キリスト教界の伝道者らは、ハンセン病患者が、このような病にり患したという不幸な事実だけでなく、その上に、政府の不当な絶対隔離政策によって社会から排除されて、残酷に人権を剥奪されて暮らさねばならなくなったという不幸をも、あたかも「キリストの十字架の苦難」にならうことであるかのように説くことにより、患者らの抵抗を静めることに貢献した。

キリスト教の伝道者らは、療養所を訪問しても、病者に向かって、苦しみの中に、「神の御心」を見いだすことによって、苦難を感謝しつつ耐え忍ぶように説いて聞かせるばかりで、決して政府の隔離政策そのものの不当性を訴えることはなかった。

このように、患者らが病という苦しみに冒されるだけでなく、絶対隔離政策という人権侵害の苦しみまでも耐え忍ぶことを、伝道者らは「霊的研鑽を積み、神に近づくための尊い宗教儀式」であるかのように説こうとしたのである。

このように、国家神道だけでなく、キリスト教界も、信仰を隠れ蓑にしつつ、患者らに不当な苦難を、抵抗することなく、甘んじて受け入れるように教え、人権侵害を正当化し、覆い隠す一種の「アヘン」(「納得の装置」)としての役割を果たした。さらに、カトリックは、そこからすすんで、患者らが療養所に隔離されていること自体を、あたかも出家者が俗世を離れて山奥で隠遁生活をするように、修道院生活と同一視することで、患者らが世俗の社会を離れて霊的な修練を積み、神に近づくことに専念できる生活は幸いであるとする考え方までも生んだ。
 

さらにキリスト教の信仰を持つものに対しての隔離の受容ということの極めつけは、療養所を修
道院と見なすことである。前出の多磨全生園の入所者は「癩と信仰」というタイトルで次のように記している。

「癩園にも特有の人間の悪意があり、醜さがある。其処と言えども原罪、自罪から自由に離れた世界ではない。しかし国家社会の保護の下に、生存競争の激しさから免れ、静穏な療養にいそしむ事の出来る此処は、世の嵐からの避難所であり、憩いの場所であり、或る意味でのユートピアであろう。この様な環境を最もよく利用する道は、此処を肉体的疾患の療養の地としてのみでなく霊魂の鍛錬、浄化の場所として用いることであろう。自らの療養生活を修院生活として自覚し実践することであろう。」 (『声』918 号、1954 年6 月号)

カトリック教会には修道生活の伝統と生活が美しく伝えられており、療養所を修道院と見なして生活することを理想とするようなメンタリティーも、カトリックの信者にとって隔離の受容に大きな役割を果たしたと思われるである。

そしてこの療養所は「修道院」という考え方は、カトリック系私立療養所の入所者にとって、大きな意味をもつものであった。

このたびの検証会議のなかで行われた被害実態調査の調査結果からもうかがえることであるが、カトリック系の療養所においては園内結婚は認められていなかったといってよい。それはカトリックの教義と深くかかわっており、療養所で働き生活をするシスターたちは、「清貧」「従順」「貞潔」がモットーとされ、信仰の上において男女関係を絶つ生活が貫かれていた。そのことが宗教的に価値のある生き方として、入所者に対しても求められていったのである。また、子孫をもうけること以外の目的での性交渉はカトリックの倫理観に強く反するものとされ、断種や堕胎は宗教上の「罪」であり許されるものではなかった。

これらのことから、国立療養所において隔離がもたらした大きな人権侵害である「断種」「堕胎」「不妊」手術は、カトリック系療養所では、国立のそれとはまったく背景の違うところで、少なくとも建前上は実施されなかったのである。

この結果、結婚をしようと思う入所者は、国立療養所などに移っていくより仕方がなかった。

また、患者作業についても、国立のそれとはやや趣を異にするといってよい。
カトリック系療養所において、「労働」は、毎日の「ミサ」と並んでひとつの「宗教的行為」と位置づけられていた。前にも触れたが、1959 年にカトリック系宗教誌で、神山復生病院の70 周年の特集が組まれた時、そのキャッチコピーが「祈りかつ働く生活」であった。

宗教施設における労働は、「神の願いを地上に実現するための行為」なのである。これは「修道院」の精神であり、神山復生病院が修道院になぞらえていたことがうかがえる。そのような修道院的環境の中で、患者作業への従事を施設側は入所者に求め、それに応えようとした入所者が存在していたことは確かであろう。国立療養所の患者作業との違いとして注目しておきたい。
(同上,pp.444-445)


この指摘は、カトリックの修道院生活を決してロマンチックで浅はかな幻想で美化してはおらず、修道院生活の中に、根本的に療養所生活に通じる「人権の剥奪」という概念が横たわっていることを見ている点で、非常に興味深いと言える。

むしろ、療養所生活の残酷さを通して、修道院生活の残酷さをも浮かび上がらせているとさえ言えるかも知れない。

こうして、療養所が修道院と同一視されることにより、「神への献身」「清貧」「貞潔」「従順」といった美名のもとで、患者らに、私有財産の剥奪、社会からの隔離、結婚の禁止や、子供を持つことの禁止などの様々な人権の制限・剥奪を加える行為が、宗教的な装いによって正当化されたのであり、その行為の残酷さが覆い隠されたのである。それらのことは、あたかも信者となった患者自身が自主的に望んで行われる神への献身であるかのようにみなされたのである。

さらに、療養所では、患者らの労働が奨励され、患者自身への日常生活の世話や、死んだ者の火葬でさえ、患者たち自身の仕事とされていたが、こうした労働についても、「カトリック系療養所において、「労働」は、毎日の「ミサ」と並んでひとつの「宗教的行為」と位置づけられていた。」。こうした刑務所の強制労働のような作業も、搾取や、支配や、苦役ではなく、自主的な宗教儀式の一環であるかのように、美化され、正当化されていたのである。

さて、最終報告書では、キリスト教界のみならず、仏教や天理教などが絶対隔離政策に果たした役割についても公平に記述されており、全宗教界がこの隔離政策の推進に加担した事実があるわけだが、本記事では、それぞれの宗教について語ることが目的ではないため、そろそろ最終報告書の記述を離れよう。

なぜ、これらの宗教は、絶対隔離政策の非人間性を何一つ指摘することもなく、むしろ、それに対する抵抗を眠らせる「アヘン」(「納得の装置」)としての役割を果たしたのであろうか。

その問題を考えるとき、私たちは、こうした宗教すべてが、それ自体が、「隔離」の原則に基づいて成立しており、ハンセン病者が隔離されていたのみならず、これらの宗教そのものも、人間に真の自由を与えず、むしろ、「愛」や「慈悲」の名のもとで、弱さの中に閉じ込め、人間の作り出したヒエラルキーの下に束縛することしかできないという、全く同じ構図を持っていた事実を見ることができるのではないだろうか。

筆者は、以上の宗教はすべてグノーシス主義的ヒエラルキーに基づいて成立した偽りの宗教であるがゆえに、本質的に、ハンセン病者に対する絶対隔離政策と同じ弊害を内に宿していたと考えている。たとえば、貞明皇后が、戦前の日本社会のヒエラルキーの頂点に存在する者として、最下位に位置するハンセン病者に慈悲を垂れるという構図は、グノーシス主義的な「簒奪の模倣」の願望を、ある程度満足させるものである。

つまり、至高者のような、下々の者たちには手の届かない高みにいる存在が、ほんの束の間、最下級の者たちに自分を現すだけで、下級の者たちにとっては、「神に等しい存在」である者が、自分たちに「存在を分かち与え」てくれた行為であるかのように、この上ない幸いとして受け止められる。

だが、現実には、何一つ、分かち与えられるものはなく、かえって奪い去られるだけである。慈悲という名目で、やんごとなき人々は、下級の者たちを救うどころか、より一層、辱める。「行くことかたきわれにかはりて」と詠まれた通り、貞明皇后が自ら直接ハンセン病者の世話をすることはなく、彼らの前に姿を現すこともない。患者に求められているのは、ただ「皇后が慈悲を示された」というフィクションの物語に感涙し、それを理由に、自分たちに対して行われている人権侵害を黙って受け入れ、耐え忍ことだけである。下賜金さえ、療養所の隔離政策を推進するために投入されたに過ぎず、ハンセン病者の自由のために用意された費用ではない。

これとほぼ同じ構図が、カトリックのヒエラルキーや、プロテスタントの牧師制度にも、見いだせるのである。もちろん、キリスト教以外の宗教も皆同じなのだが、伝道者らは常にハンセン病者よりも高いところに立って、彼らに慈悲を垂れる存在として、患者らのもとを訪れた。それらの宗教は、それぞれの人間の抱える弱さに、常に「救済」めいた解決案を示すことと引き換えに、信者となった者たちを、宗教指導者とのヒエラルキーに従属させ、かつ、信者が宗教団体のもとに来て、これに所属し、奉仕や献金をすることで仕えるよう奨励する側面を持っていた。

いわば、これらの宗教そのものが、大きく見れば、信者を俗世から「隔離」し、宗教団体の支配の道具として行くという側面を持っており、信者を人間を中心とする宗教的なヒエラルキーの中に束縛して行くちう性質を持つものなのである。そして、常にそのきっかけとして大いに利用されるのが、人間の抱える弱さや問題なのである。

キリスト教に入信する多くの信者たちは、この世で味わった何らかの挫折体験をきっかけに、己が罪を自覚し、それを克服する手立てを見つけようと教会を訪れる。しかし、教会の方では、彼らの弱さに耳を傾け、相談に乗り、助けの手を差し伸べるように見せかけながら、実際には、その悩み相談をきっかけに、信者となる人々から、「救い」を質に取る形で、その信者を宗教指導者を頂点とするヒエラルキーの中に組み込み、神に奉仕するという名目で、支配を受け入れさせた上、宗教団体の中に束縛し、「隔離」して行く。

はっきり言えば、キリスト教界であろうと、それ以外の宗教界であろうと、目に見える人間を宗教指導者として立て、信者がその者の教えに従い、宗教団体に帰依することで、人間が人間に「救済」を与えようとするすべての宗教には、本質的に、ハンセン病者の隔離政策に通じる残酷な支配と搾取、「隔離」の側面が含まれていると言えるのである。そうであるがゆえに、これらの宗教は、絶対隔離政策の誤りを見抜くこともできず、それを糾弾することができる立場にも初めからなかったと言えるのである。

当ブログではこれまで、ペンテコステ・カリスマ運動から出現して来たカルト被害者救済活動を例として、なぜこのような「弱者救済運動」が、偽りであると言えるのかを説明して来たが、つまるところ、この弱者救済活動の失敗も、国家神道がハンセン病者を「救済」という名目で隔離したのと同様に、「人間による人間の救済はすべて偽りである」という事実を表しているだけなのである。

うわべは「慈悲」や「同情」に基づいてなされる人間による人間の「救済事業」の究極的な目的は、決して人間を弱さから解放することにはなく、むしろ、弱さの中に永久に閉じ込めて支配することにこそある。それは「イゼベルの霊」のなせるわざであり、支配する者とされる者とのヒエラルキーの中に、弱さを抱える人間を永久に閉じ込める事を目的とする偽りの「救済」なのである。

人の弱みを足がかりにして、「救う側」と「救われる側」の差別が作り出され、その差別構造を固定化するために「慈悲」や「同情」という名目が用いられる。それをありがたいものとして受け入れれば、ターゲットとされた人間はどんどんディスカウントされて、その支配に抗う力を失って行くのである。

こうしたグノーシス主義的被造物崇拝と偽りのヒエラルキーのもたらす歪んだ差別と支配の構造が、ハンセン病者の絶対隔離政策には、究極の形で現れていただけであると、当ブログでは考えている。療養所の外に出れば、そこには自由な世界が広がっていたのかと言えば、全くそうではなかったのである。

療養所を訪れた宗教界の人々は、ただハンセン病に罹患していなかっただけで、宗教界にも、療養所と本質的にはそれほど変わらない風景が広がっていた。軍国主義時代の日本人の国民生活は自由でなく、宗教界の信者の生活も同じであった。人々は自分たちの弱みを宗教団体や社会に質に取られつつ、現人神のような誰かに生殺与奪の権を握られて、その者に仕えることで、自分を正当化し、何とかして自分の弱さを克服しようともがきながら、現実には、いつまで経ってもその弱さを克服できずに、支配と搾取の関係の中に閉じ込められ、隔離されていただけなのである。

さて、当ブログの本題に戻ろう。私たちは一体、どうすればこのようなグノーシス主義的な忌まわしい差別や支配と搾取の構造から逃れ出ることができるのであろうか? 

どうすればイエスが与えようとされた自由に人は至り着くことができるのであろうか?

そのためには、まずは目に見える宗教指導者に帰依することをやめることであろう。「やんごとなき人々」を探し出しては、彼らに自分の悩みや問題を打ち明け、他人に弱さを解決してもらおうと、彼らの「慈悲」や「同情」を乞うことをやめ、目に見える一切の教師たちを心の中から投げ捨てて、ただ目に見えない神だけに頼り、神にすべての重荷を負ってもらうことである。

イエスは地上におられた間、人々に同情の涙を注ぐことによって永久に人を弱さの中に閉じ込めようとはされなかった。むしろ、ご自分の復活の命を、信じる人たちに分け与えることにより、ご自身が救いとなって、その人を内側から解放されたのである。イエスは盲人の目を開き、足の不自由な人を立ち上がらせ、らい病患者を癒され、「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」(マルコ16:15)と言われた。

人間は被造物に助けを求めている限り、罪に罪を増し加えるだけで、決して解放されない。キリストだけが唯一の救い主であり、十字架を通して人を内側から解放する力を持っておられるのである。

あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。<略>まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。」(ヨハネ4:21-23)

あなたがたの内には、御子から注がれた油がありますから、だれからも教えを受ける必要はありません。この油が万事について教えます。それは真理であって、偽りではありません。だから、教えられたとおり、御子の内にとどまりなさい。」(Ⅰヨハネ2:26)

わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。」(ヨハネ8:31)

主の霊のおられるところに自由があります。わたしたちは皆、顔の覆いを取り除かれて、鏡のように主の栄光を映し出しながら、栄光から栄光へと、主と同じ姿に造りかえられていきます。これは主の霊の働きによることです。」(Ⅱコリント3:17-18)

村上密と「随想 吉祥寺の森から」の杉本徳久に見るグノーシス主義者の空虚な自己の本質

さて、民事調停ではいかなる妥協も歩み寄りも示さず、当ブログの主張を「棄却する」などと豪語していた杉本徳久が、調停の期日後に、当ブログに新たなメールを送りつけて来たので、ここに掲載しておく。

 杉本徳久が3月28日に送りつけて来た新たな迷惑メール

杉本は、わざわざ公の開かれた場所で、自分の主張を具体的に提示して、和解を探るために交渉するチャンスが与えられているにも関わらず、そこでは自分の非を一切認めず、一歩たりとも譲歩せず、自分の主張内容を客観的に論証することも、具体内容さえ明らかにすることもなく、誰にも理解できない要求をただ一方的に突きつけただけで、合意にも至っていない。

にも関わらず、早速、そこで提示した自分の一方的な要求を、あたかも当ブログが履行する義務でも負ったかのように、人目につかない場所で、他人の人生に不当に干渉し続けようとする杉本の行為には、呆れ果てるほかない。

正当な手段では決して問題解決をはかることができず、真実に向き合う勇気もなく、正々堂々と他人に向き合えない臆病で卑怯な性格を見ることができる。

杉本は自分が今まで他人にして来たように、自分自身が標的とされて記事を書かれたことが、よほど身に堪えたのだと見られるが、以上のメールの中で、何とかして筆者の非難の矛先を、自分から他人へと逸らそうとしている。

だが、証拠もないのに、他人の悪口を第三者へ宛てたメールの中に書き連ねていれば、さらなる名誉棄損や侮辱罪で訴えられる可能性が高まるだけだ。
 
村上密はおそらく今までと同様、自分は決して矢面に立つことなく、杉本と筆者をぶつけ、戦わせることにより、自分は手を下すことなく、当ブログを駆逐し、自分はネット上のキリスト教界批判の分野において、ナンバーワンの座を得ようと考えているものと思われる。

それと同様のことを、おそらく唐沢治も考えていたであろうことはすでに述べた。唐沢から見れば、杉本も筆者も、KFCを批判しているため、どちらが勝利をおさめようと、一定の利益が得られることになる。

これが牧師というものの実態である。信徒同士を争わせ、戦わせ、自分はそれを高みの見物しながら、自分自身の地位の安泰をはかる。唐沢であろうと、村上であろうと、坂井であろうと、結局、彼らは牧師階級を守るという、全く同じ利益のもとに結託して、ほとんど同じ働きをなしているのだ。つまり、彼らは、キリスト教界内のカースト制度を温存する目的で、信徒を踏み台にし、互いに戦わせながら、それによって自分の利益を得ているのである。
 
だが、すでに見て来た通り、唐沢は、本気で杉本や村上と対立する気は全くないため、Dr.Lukeは彼らの競争相手ではない。残るは筆者一人である。

そこで、杉本は村上の代弁者として、村上の意向を忠実に「忖度」して、自分自身を捨て駒・当て馬とすることによって、必死に当ブログの更新を中断させ、相打ちに持ち込もうと試みているのだと考えられる。

そのことは、以上の杉本のメールの内容からも理解できるし、さらに、村上密が他ならぬ3月23日に自らのブログに以下のごとく大量の投稿をしているという異常現象を通しても伺える。村上は、民事調停への出席を蹴ったこの日に、なんと29本もの記事をブログに投稿しているのである。

ちなみに、さわやか読者らは、大抵、当ブログの更新が途絶えて何時間も経ってから騒ぎ出すのが常であるが、筆者が本日、村上のブログを訪問して、当ブログの欄外のコメント欄で、この異常な投稿数について書き記した途端、早速、ほとんど時間を置かずに、フェイスブックから、以下の読者が当ブログに押し寄せて来た。

p399088-ipngn5401souka.saitama.ocn.ne.jp
(↑古参のさわやか読者、どれだけの工作がこの特定のIPアドレスから行われているかを間もなく発表予定。いつかは必ず人物が特定される。)
pl960.ag1111.nttpc.ne.jp
69.171.240.21
66.220.151.210
31.13.114.55
66.220.151.182
pl6728.ag5354.nttpc.ne.jp
p3b935fcf.hyognt01.ap.so-net.ne.jp
fs76eee8bc.tkyc210.ap.nuro.jp

(追記:3.31)
pl14651.ag1212.nttpc.ne.jp
p399088-ipngn5401souka.saitama.ocn.ne.jp
(↑この日も朝一で来ている。ほとんど主犯格と言えよう。) 

(4.1)
softbank219209223053.bbtec.net 
   
調停が行われた当日にも、フェイスブックを利用して当ブログを訪れたのは以下の面々である。

55.10.134.27.ap.yournet.ne.jp
185.89.219.166
pw126199005109.18.panda-world.ne.jp
16.199.183.58.megaegg.ne.jp
p701203-ipngn1802sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
ool-2f16ab0a.static.optonline.net
softbank126209003004.bbtec.net
sp49-98-53-109.mse.spmode.ne.jp
 
しかし、フェイスブックは最も個人が特定されやすい危険な媒体である。匿名の2ちゃんねるが不評であり信頼低下が著しいため、彼らは別な媒体に移動しつつあるのかも知れないが、そういうことを繰り返しているうちに、彼らはやがて自ら身元を明かす時が来る。杉本がメールで画像を添付して来たように、それを見ている人々が身元を特定して通報することが十分にあり得るからだ。

当ブログのさわやか読者はほとんどが毎回、そのようにして徐々に自分自身の存在を明かすというパターンを辿っている。悪霊に導かれる人々には、自己顕示欲という捨てがたい欲望があるため、危険を承知で自分たちの存在を誇示しないわけに行かないのである。

いずれにしても、今回の記事のテーマはさわやか読者ではない。杉本もさわやか読者も自分たちに注目を集めることによって、記事の本題を逸らそうとする人々である。そこで、今回は、杉本がどれほど当ブログで批判されても、それだけではほとんど反応しない人々が、村上に関わる話題が持ち上がると、これほど素早く反応を起こすことに注目されたい。
 
以上とはまた別に、連日、Yahoo!、Google、Bing などの検索サイトで工作を繰り返し、当ブログの順位を下落させ、検索結果から駆逐するために活動している部隊がある(重複している部分もある)。だが、村上に関する話題が出ない限り、決して起きることのない騒ぎがある。
 
さわやか読者らは、検索結果を操作し、話題をかく乱し、印象操作を行うことによって、「本命」の村上密をかばおうとしているのである。だが、彼らのすべてが村上密をかばうという目的だけのために活動しているとは言わない。杉本徳久を含め、彼らは牧師階級そのものを温存するために、牧師階級の手先となって活動している勢力であると言った方が良い。

さて、村上密が自分に関する評判にどれほど敏感に目を光らせているかについては、かつて何年も前に、杉本徳久が、自らのブログに、村上密という牧師を「全く信用していない」と記し、村上の記事内容を批判した際、その直後に、村上からクレームをつけられ、反省文のような記事を書かされている様子からもよく分かる。

その当時、水面下でどんな圧力があったのか知らないが、その出来事や、当ブログ執筆者が村上から受けた人格攻撃を通しても分かることは、村上密という人物は、少しでも自分に対して批判的な言動があれば、決してそれを放置せず、ただちにクレームをつけ、さらにそれで効果がなければ報復措置に出る人間だということである。

村上密に関する記述を巡っては、当ブログに関しても、連日、工作員部隊が、隅から隅まで発言に目を光らせており、少しでも批判的な言動がなされれば、すぐに飛んで来る。そして、批判を行った者を揶揄したり、嘲笑したりするコメントを別の場所に投稿することによって、批判者を追い込み、批判的な言説が広まらないように印象操作を続けているのである。

こうした工作員部隊の活動は、アベンジャーズとも呼ばれている自民党ネットサポーターズクラブの動きを彷彿とさせる。アベ様を身を呈して守ろうとしている人たちと、密様を守ろうとしている部隊の動きは、筆者から見れば、瓜二つに見える。「誤報」などという言葉を使って、論敵を貶めようとする言葉の遣い方もよく似ているが、やはり統一教会がらみだからであろうか、こうして批判者を封じ込めようとする手口までそっくりなのだ。

自民党ネトサポに関しては、彼らのネット上の書き込みが金で行われていた事実が判明している。そこで、牧師という階級制度を温存するために、捨て身の作戦に出ているこれらの者たちの書き込みも、印象操作のためのシナリオに基づき、世論の誘導のために行われているのであって、決して自発的なものではない可能性を我々は十分に疑ってみなければならない。
 
以前から何度も書いて来たように、我々は、統一教会がキリスト教界にスパイを送ることなど決してないなどと安心している場合ではない。キリスト教の中に、キリスト教とは無縁かつ異質な勢力を送り込み、彼らの圧力によって神に忠実に従うクリスチャンを駆逐して行くということは、異端の勢力が必ず取る方法である。ペンテコステ・カリスマ運動もそのようにして既存の教会を破壊して来た歴史がある。

村上密が全くクリスチャンの利益のために行動していないことは、村上の言動から一目瞭然であり、村上が仕えているのは、聖書とは「別の福音」であることは何度も述べて来たが、それならば、村上は一体、どこの宗教、誰の利益に仕えているということになるのであろうか。

しかし、それにしても、村上密が3月23日に開かれた調停の場に出て来ることもなく、自らのブログに引きこもろうとするかのように、記事を大量に投稿した行為は、どこから見ても異常でしかない。引きこもりの患者ならば、他にすることもないので、一日に10本以上の記事を投稿するようなこともあるかも知れないが、29本の投稿は行き過ぎである。何のためになされた行為なのか、必然性もなく、牧師にも関わらず、ここまでブログに入れ込んでいる姿はもはや異常と言われても仕方がない。

このことは、当ブログが、村上のブログを引きこもり老人のモノローグ的回顧録も同然であると評したことの腹いせに、筆者が期日に出かけ、ブログを更新できなかった日に、大量投稿を繰り返すことにより、遅れを挽回しようとしたと考えられないわけでもないが、あまりにも異常な行動なので、そういう動機では単純に片づけられないものがある。

しかも、その後の記事において、村上はまたもや信徒の恥を晒すような相談内容を漏洩している。以前と何も変わってはいない。人間関係などを仔細に描写するだけで、相談者が明らかになってしまう危険もかえりみず、いつまで経っても、信徒の個人情報を守ろうとする姿勢がないことに呆れるしかない。 

さて、一日に29本の記事の投稿という異常行動は、調停の期日当日の村上の不安心理をよく示していると考えられる。やはり、この日、村上は杉本一人をスケープゴートとするかのように矢面に立たせ、自分は公の場に姿さえ現さなかったことに、内心ではよほどの罪悪感や、忸怩たる思いがあり、居ても経ってもいられない心境だったのだろうと感じさせる。

以下を見れば、これがただ不安心理の表れとしか見えないのは当然である。光のもとへ出る勇気がないために、藪の中に隠れて石を投げることしかできない幼稚な生き方しかできない人間が、一体、誰であったのかは、読者の前に明々白々である。
  

3月23日の村上密の記事投稿数(全29本)

権威について [ 2018-03 -23 23:37] 
権威2018-03 -23 23:28 ] 
宗教的権威に対して [ 2018-03 -23 23:20 ]
政治的権威に対して [ 2018-03 -23 23:14 ]
司法的権威に対して [ 2018-03 -23 23:07 ]
司法的権威を持つ者への注意事項
 [ 2018-03 -23 23:03 ]
政治的権威を持つ者への注意事項 [ 2018-03 -23 22:58 ]
権威について 21
 [ 2018-03 -23 22:50 ]
権威について 20
2018-03 -23 22:25 ]
権威について 192018-03 -23 22:23 ]
権威について 182018-03 -23 22:20 ]
権威について 17
2018-03 -23 22:18 ]
権威について 162018-03 -23 22:15 ]
権威について 152018-03 -23 22:12 ]
権威について 142018-03 -23 22:00 ]
権威について 13
2018-03 -23 21:56 ]
権威について 122018-03 -23 21:54 ]
権威について 112018-03 -23 21:51 ]
権威について 102018-03 -23 21:47 ]
権威について 92018-03 -23 21:45 ]
権威について 82018-03 -23 21:42 ]
権威について 72018-03 -23 21:40 ]
権威について 62018-03 -23 21:33 ]
権威について 52018-03 -23 21:32 ]
権威について 42018-03 -23 21:29 ]
権威について 32018-03 -23 21:26 ]
権威について 22018-03 -23 21:19 ]
赦し2018-03 -23 20:39 ]
権威について 12018-03 -23 10:10 ] 
  


 
 だが、断っておくが、人間は、それほどまでに単純な生き物ではない。うわべでは自らの非を認めなくとも、良心においては、自分がどんなに卑劣な行為に及んでいるかはちゃんと分かっている。そこで、この先、杉本をスケープゴートにすればするほど、村上は罪悪感の重さに耐え切れなくなるだろうと筆者は予想している。

しかも、上記メールに見るように、杉本がこの期に及んでもまだいじらしく村上をかばっているだけに、村上が自分一人、ブログに引きこもって、モノローグ的回想を延々と綴っている行為は、誰から見ても納得できるものではない。神と人の前で、こうして信者を利用して破滅させた村上の罪ははかりしれないほど重いものとなろう。

だが、だからと言って、筆者は決してそのことで杉本を犠牲者として擁護するつもりはない。我々は、以上に挙げた杉本のメールの文面を通して、杉本という人物がどれほど深くグノーシス主義に汚染されてしまっているか、また、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の信者でもないにも関わらず、村上密にどれほど深く心酔し、まるで運命共同体のように、この牧師の意向を「忖度」し、身を呈してこの牧師をかばおうとするほどまでに、深くマインドコントロールされてしまっているかをはっきりと見ることができる。

そのようにまで自分を見失って他人の欲望の奴隷となって行動したことの罪は、全て本人に跳ね返る。聖書は、キリストにあって自由とされた信者は、二度と人間の奴隷となってはいけないと教えている。しかも、あれほどカルトの危険性を訴えていた本人がこうなったことには、誰も同情しないだろう。

杉本と村上の例を通して、我々は、互いに面識があるかないかとか、同じ教団に所属しているとかいないとか言ったことに関わらず、離れたところにいても、これほどまでに深い精神的絆(癒着)が生まれることがあり得ると分かる。村上密による遠隔操作、重症のマインドコントロールを思わせる行動である。
 
杉本が当ブログに対していわれのないバッシングをしかけ続けた行為も、やはり杉本が村上の意向を忖度して、村上密の利益のためになされたのだろうと筆者は改めて思う。杉本はこれまで常に村上密の「影」として、村上の心を「忖度」しているつもりになって、村上の利益をおもんばかって行動して来た。そして、村上密にはそういう杉本の行動を止めようとした形跡が全くない。
 
杉本は、村上密のために、村上をキリスト教批判の分野においてナンバーワンとして担ぐためならば、自分自身は捨て駒となって、罪を問われても構わないという姿勢で、当ブログに体当たりしているのであるから、もはやこういう人間関係は、カルトの教組と信者との結びつきにも近く、教祖を守るためならば、どんな罪に問われても構わず、死んでも良いとする信者の姿を彷彿とさせる。

かつて杉本は、筆者を妄想教組に従うカルト信者のように形容していたが、蓋を開けてみれば、それは他ならぬ杉本自身だったことがこうして明らかになっているのである。

 だが、彼らがどれだけそのように所属教団や所属教会をも無視した異常な連帯を用いて、当ブログを圧迫したとしても、この先、誰の主張が駆逐されるのかは明らかである。

以前にも書いた通り、クリスチャンは、試金石である。本物のクリスチャンであれば、誰かがその人間にぶつかればぶつかるほど、かえってぶつかった人間の本質が見えて来る。

石とダイヤモンドでは勝負にならず、高速でダイヤモンドにぶつけられた石は、粉々に砕け散るしかないように、霊的法則性についても同様のことが言える。人間の主張対主張の争いにおいては、もしもどちらかが聖書の真理に堅く立っている場合には、虚偽の主張は根こそぎ粉砕されるしかない。

キリストご自身が生ける「石」となって、偽善者たちの上に落ちかかり、その教えを粉砕してしまったように、今日も、クリスチャンたちは、神の神殿を構成する「生ける石」として、嘘を粉々に打ち砕いてしまう役割を担っている。

それは、私たちが願おうと願うまいと、避けられない結果として起きて来る。このリトマス試験紙としての役割は、「地の塩」としての役割であり、自分の意志で取り除くことができるものではなく、その役目を果たせなくなれば、外に捨てられて踏みつけられるだけで、クリスチャンとしての意味もない。

そして、杉本も村上も、自分たちの主張に正当な論拠がなく、公の場所に提示すれば、それが否定され、粉砕される運命にあることを知っていればこそ、可能な限り、公の場で、当ブログの主張と直接、対峙することを避け、暗闇から非合法な方法で言いがかりをつけることで、意見表明を断念させようとしているのである。

以上のような事情があるため、当ブログでは、あえてこの先も、杉本から送りつけられる全ての迷惑メールや、さわやか読者らの動向を、逐一、仔細な注釈や分析を加えた上で、すべて公開して行くつもりである。
 
さて、筆者は、この先、杉本に一つだけ期待していることがある。それは杉本がこれから訴訟等を通して、公の場で、どれほど多くの情報を証拠として提示して来るかということである。

ソ連が崩壊する前には、ペレストロイカとグラースノスチがあり、その過程で、あまりにも多くの体制の腐敗・不正に関する闇の事件の情報が明るみに出て来たことが、この体制の決定的な信頼の失墜と崩壊を導いた。

このように、悪しき体制の崩壊には、まず信頼の失墜が先立つ。杉本はこれまでクリスチャンに関する情報を暗闇で密かに収集しては、クリスチャンを脅しつける材料として利用して来たが、当ブログではこの度、その「鏡」をくるりと反転して、逆に杉本からの情報収集を始めた。

まずは杉本が調停で証拠として出して来た唐沢治のメールを公開したが、それによって、当ブログがDr.LukeとKFCに関して述べて来た主張にも、かなりの裏づけが取れたと言える。

しかしながら、こんな程度では済まない大量の情報が、杉本徳久という「要塞」の中に、まだ数多く眠っているものと見られる。そして、当ブログでは、その情報に多大なる関心を寄せている。それだからこそ、前々から、杉本は、一人の人間でありながら、同時に、反聖書的な思想の体現者であり、霊的要塞なのだと述べて来たのである。

訴訟になれば、彼らは今まで以上に多くの証拠を出して具体的に反駁せねばならないが、その過程で、どれだけの情報が明らかになるのかが、最も注目するところである。

杉本徳久という人物は、うわべだけは敬虔そうな態度を装う”自称”クリスチャンたちが、密かなところで隠れて行って来た悪事、嘘、密告、裏切り、中傷、讒言、監視、陰謀、分裂工作などに関する様々な情報を嫌というほど握っている証人であると見られ、そうした情報を出させることにより、事の真相を明らかにすることには、とてつもなく大きな意義があると考えられる。

しかも、通常であれば、犯罪事件で訴えられたことが分かっている被疑者は、自分に捜査が及ぶ前に、証拠隠滅を図るであろうが、杉本という人物にだけはその原則が当てはまらない。未だに刑事事件となった事実さえ認めようとしない杉本は、まるで現実感覚がないがゆえに、逆に自分が難を逃れるために、この先、開き直って自分の握っている情報をとことんまで吐き出して来る可能性がある。

杉本が、ブログに記したコメントの一つさえ、削除を要求しても、応じない人間であったことを考えれば、杉本が自称クリスチャンたちに関して握っている不利な情報を隠滅するとは考えにくい。クリスチャンを貶めることが最初から彼らの目的であったにも関わらず、その材料を自ら手放すとは思えないからである。

そして、当ブログでは、杉本の存在を通して、うわべだけ敬虔を装う”信者”が、暗闇の中で、どれほど陰湿かつ卑劣な陰謀に加担し、神の子供たちを貶める行為に手を染めて来たかという情報が明らかになることは、大いに結構であり、望ましい展開だと考えている。
 
現在になっても、当ブログがまだ、人に優しく、耳に心地よい信仰告白を行う場だと考えている読者がいるとすれば、その人には、大変、残念なことであるが、当ブログにはそのような目的は初めからないので、人間の弱さを根こそぎ明るみに出すような話題を不快に感じられるならば、読まないことをお勧めするしかない。

なぜなら、聖書は言う、

人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。わたしが暗闇であなたがたに言うことを、屋根の上で言い広めなさい。体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい

二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父がお許しがなければ、地に落ちることはない。あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」(マタイ10:26-31)

「ともし火をともして、それを器で覆い隠したり、寝台の下に置いたりする人はいない。入って来る人に光が見えるように、燭台の上に置く。隠れているもので、あらわにならないものはなく、秘められたもので、人に知られず、公にならないものはない。だから、どう聞くべきかに注意しなさい。持っている人は更に与えられ、持っていない人は持っていると思うものまでも取り上げられる。」(ルカ8:16-18)

ある人は言うかも知れない、「ヴィオロンさん、あなたは杉本が、カルト監視機構の設立を訴えていた村上密の活動に共感して、教会の不祥事をブログで発表し続けたことを、キリスト教の信用を失墜させる行為であると非難しています。それならば、あなた自身が、クリスチャンの堕落を明らかにすることは、同じようにキリスト教の信用を失墜させる結果になるだけだと思いませんか?」

筆者はそれに答えて、決してそうは思わないと言おう。なぜなら、たとえば「私たちはエロヒム(神々)だ!」と臆面もなく集会で宣言しているDr.Lukeこと唐沢治が、真にクリスチャンであって、聖書の御言葉に基づくキリスト教を布教しているなどと、どうしてあなたは思うことができようか。

だとすれば、KFCのメッセージが反聖書的であることを具体的な根拠と共に明らかにしたからと言って、それがキリスト教の信用を低下させる行為であるとは言えないであろう。むしろ、逆である。

ペンテコステ・カリスマ運動についても同様のことが言える。キリスト教の中にこっそりと滅びに至る異端を混ぜ込む「疑似キリスト教」の骨子を明らかにし、なぜペンテコステ・カリスマ運動がこれほどまでの混乱をキリスト教界に引き起こして来たのか、それをこの教えの本質を明らかにすることによって理論的に証明し、このような偽りを聖書の御言葉から公然と分離し、取り除いて行くことこそ、キリスト教の信頼の回復のために欠かせない過程ではないだろうか。
 
さらに、牧師制度の根本的な誤りを明らかにすることの重要性がある。村上密のような牧師が、いかにカルト化教会の牧師が自らの権威を絶対化していると批判したとしても、その村上自身が牧師である以上、そのような主張は大いなる自己矛盾でしかない。

唐沢治であろうと、村上密であろうと、彼らの論理破綻はまさに同じ点にある。他の牧師を批判する前に、自分自身が牧師の職を辞さなければならない。なぜなら、牧師が自らの権威を絶対化することが誤りなのではなく、牧師制度そのものが、必ず、権力の絶対化を引き起こす誤った制度なのであり、それを認めず、一部の牧師だけを批判する彼らの主張は、甚だしく合理性を欠いており、さらに自分自身を絶対化している彼らの行動とも相矛盾盾するものでしかないからだ。

このことは、かつてあれほど牧師制度を批判し、キリスト教界を批判していたDr.Lukeが、結局、自分のミニストリーに反対した信者について、虚偽の情報を言い広めて印象操作を行うまでに身を落とした様子からもよく分かる。まさにカルト化である。自分の活動の批判者を誰彼弾圧せずにいられない村上は言わずもがなである。
 
しかし、そうしたカルト化現象も、もしも村上や唐沢が、人々の目にヒーローのように映るフィクションの自分自身の姿を作り出し、それを見つめさせることによってしか、自己肯定、自己安堵を得られず、自己認識ができないという精神的弱さを克服することさえできていれば、起きなかったであろう。
 
だが、彼らには後戻りの道はなく、おそらくこの先も、最後まで虚構の自己像を演じ続けることで、真の自分自身から逃避するしか道はあるまい。
 
我々は、臆病さや卑怯さのために、彼らと同様に、ありもしない幻想の自己に逃げ込むことはせず、恐れることなく、真実な自分の姿を見つめたい。そして、真実な自分の姿とは、聖書に書いてある通り、アダムに属する人間はすべて堕落しており、弁明の余地なく、すべて十字架で廃棄されなければならないという事実である。

キリスト教の信用を失墜させないとは、決して人間に媚び、人間の機嫌を損なわず、人間の威光を傷つけないために、人間に関して楽観的で、美化された虚偽の幻想を流布することを意味しない。

キリスト教が唯一正しい方であるとしているのは、聖書の父なる神、独り子なるキリストだけであって、人間については徹底的に悲観的で絶望的な結論しか提示していない。

キリスト教は人間を賛美したり、神を信じているクリスチャンを美化し、誉め讃えるための教えではない。
 
聖書が教える人間の本質とは以下の通りである。

心はよろずの物よりも偽るもので、はなはだしく悪に染まっている。だれがこれを、よく知ることができようか。
「主であるわたしは心を探り、思いを試みる。おのおのに、その道にしたがい、その行いの実によって報いをするためである」。 」(エレミヤ17:9-10)

聖書はすべての人間が、義人ではなく、堕落・腐敗しており、信用ならないことを教えている。だからこそ、被造物はすべて死を通らねばならないのであって、キリストの十字架以外にはいかなる救いも存在しない。

にも関わらず、あまりに大勢のクリスチャンが、キリスト教を自分のうわべを飾り、人前で自分を義と見せかけるための手段として用いている。彼らはうわべだけは敬虔そうに振る舞い、数々の儀式には精通しており、熱心かも知れないが、神を知らず、神に近づくことも考えておらず、聖書の御言葉への従順さも、神の御前での心の清さも求めない。何よりも、彼らは偽善的で、誠実さ、真実、御言葉への従順が欠けているのである。

彼らはアダムに属する人間の自己が、キリストと共なる十字架で死に渡されねばならないことを認めず、神を信じていると言いながら、自分が受ける恵みのことばかりを強調し、こっそりと、神を自分の魂の情愛や欲望を満たす手段へと変えてしまう。ない。そして、古い命に基づく情愛を賛美し、その情に基づく関係を兄弟姉妹の交わりと呼び、堕落した魂の情愛によって、神の教会を築き上げようとして失敗し、結局、異端に逸れて行くのである。

だが、そうした腐敗は、すべてもとを辿れば、グノーシス主義が生む現人神崇拝としての牧師制度へと行き着く。まずは牧師制度が、キリスト教を人間が栄光を受けるための手段に変え、被造物中心の教えに変えてしまうのである。神を信じることにより、堕落した人間に過ぎない牧師が、あたかも神の代理人のように高められ、しかも、他の信徒にまさって、「神の御言葉を取り継ぐ」資格を得たかのように振る舞い、神と人との唯一の仲保者であるキリストになり代わって信徒の心を支配し、金銭的にも肉体的にも、搾取し、自ら栄光を受けるのである。

このような牧師制度は、教会内に偽りのヒエラルキーを作り出し、教会を人間の欲望を叶える手段とし、奴隷としてしまうだけである。

それはちょうど、地上の会社組織が、人間の欲望に仕える団体であるがゆえに、人々に尊ばれているのと同じである。ある企業の社長が人前に敬われ、栄光を受けるとすれば、それは、その会社が人々の欲望を満たす手段だからである。人々は、ある会社の社長を尊ぶとき、本当は、その会社の社名や、社長の人物を尊んでいるのではなく、その社長の背後に存在しており、自分の欲望を都合よくかなえてくれる手段としての会社を尊んでいるのである。つまるところ、社長を尊んでいるというよりも、自分の欲望を尊んでいるのだと言って良い。

これと全く同じ原則が、牧師という制度や職業にも当てはまる。

主イエスは言われた、「あなたたちは人に自分の正しさを見せびらかすが、神はあなたがたの心をご存じである。人に尊ばれるものは、神には忌み嫌われる。」(ルカ16:15)

なぜ人に尊ばれるものが、神に忌み嫌われるのか。それは、人が尊ぶものは、自分の欲望を都合よくかなえてくれそうなものばかりだからである。この世において、人が尊ぶものはすべて人々の欲望の化身なのであって、人はそれを尊ぶことによって、結局、自分自身の欲望を重んじているのである。

今日の教会においても、信徒らは、牧師という目に見える「象徴」の中に、自分の一切の願望を投影する。神の御心にかない、人々の救いのために自分の命を惜しまず注ぎだす、御言葉に忠実で従順かつ理想的な神の僕の姿を見ようとする。

しかし、神の御心にかなう従順で忠実な僕は、キリストお一人しかいないのであるから、目に見える人間の中に、神の忠実な僕を見たいとする信徒らの欲望は、裏切られて終わるだけである。

あれやこれやの牧師が特別な例外として誤りに陥るのではない。牧師制度そのものが、神と人との唯一の仲保者であるキリストの地位を奪い、キリストになり代わろうとするフィクションの制度であって、牧師という職は、それ自体が、人々の心の欲望から作り出された偶像、神話なのである。
 
そこで、信徒が、牧師という目に見える存在に、美化された人間の幻想を重ね合わせ、それを自らの欲望の化身として拝むことをやめなければ、信徒らがこの「フィクション」である牧師を手本に、福音を自分の御を飾る手段として利用して、幻想の自分を作り出しては、それに耽溺し、虚構の「聖化」や「栄化」の概念に溺れて行くことも終わらないであろう。

私たちは、そもそも人間という存在を欺瞞に満ちた幻想の美しい花輪で飾り立てることをやめ、聖書の突きつける厳しい現実を決して目を背けることなく直視せねばならない。

そこで、話を戻せば、当ブログでは、杉本を含め、カルト被害者救済活動の陣営がこの先、出して来る情報を通して、いかにも敬虔そうに振る舞う「信者」たちが、隠れたところで行って来た悪事が明らかになることは、全く問題ではないと考えている。むしろ、そうした情報が明るみに出されることにより、うわべの外見だけで人を判断し、無意味に人を美化しようとする偽りの幻想が打ち砕かれて恥をかかされ、退散して行くことは、まことに望ましい結果だと考えている。

私たちは、クリスチャンになったからと言って、人間というものの堕落した本質から決して目を背けるべきではない。誰にも嫌われたくないからという理由で、人の耳に心地よい言葉を語り、人間に過ぎない者を賛美したり、自分自身を美化したりして、神を自分の欲望をかなえ、自分が栄光を受ける道具として利用することは、聖書の福音に対する裏切り行為でしかない。

そんなことをしていれば、結局、神の御前で真理を否定して、救いから除外されるだけだ。

クリスチャンは、神が預言者エゼキエルに語られた内容を知らないわけではないと思う。

「彼はわたしに言われた、「人の子よ、立ちあがれ、わたしはあなたに語ろう」。
 そして彼がわたしに語られた時、霊がわたしのうちに入り、わたしを立ちあがらせた。そして彼のわたしに語られるのを聞いた。
 彼はわたしに言われた、「人の子よ、わたしはあなたをイスラエルの民、すなわちわたしにそむいた反逆の民につかわす。彼らもその先祖も、わたしにそむいて今日に及んでいる。
彼らは厚顔で強情な者たちである。わたしはあなたを彼らにつかわす。あなたは彼らに『主なる神はこう言われる』と言いなさい。
彼らは聞いても、拒んでも、(彼らは反逆の家だから)彼らの中に預言者がいたことを知るだろう。
人の子よ、彼らを恐れてはならない。彼らの言葉をも恐れてはならない。たといあざみといばらがあなたと一緒にあっても、またあなたが、さそりの中に住んでも、彼らの言葉を恐れてはならない。彼らの顔をはばかってはならない。彼らは反逆の家である。
彼らが聞いても、拒んでも、あなたはただわたしの言葉を彼らに語らなければならない。彼らは反逆の家だから。
人の子よ、わたしがあなたに語るところを聞きなさい。反逆の家のようにそむいてはならない。あなたの口を開いて、わたしが与えるものを食べなさい」。
この時わたしが見ると、見よ、わたしの方に伸べた手があった。また見よ、手の中に巻物があった。
彼がわたしの前にこれを開くと、その表にも裏にも文字が書いてあった。その書かれていることは悲しみと、嘆きと、災の言葉であった。」(エゼキエル書第2章)
 
旧約聖書において、神が人に語られる時、その内容が、人間の耳にとって心地よいものだったことはほとんどない。特に、自分たちは神に仕えていると自負する民にとって、それは厳しすぎる宣告と思われるほどに、彼らの罪を暴き出すものであり、耳を背けたくなるほど、受け入れがたい内容ばかりだった。その原則は、新約になっても変わらない。主イエスは、地上に来られた当時、律法学者やパリサイ人たちが、自分こそは神の代理人だと考えて、自分を聖なる存在のようにみなして思い上がり、民に誉めそやされ、民に君臨し、民を収奪していることの罪を指摘し、彼らの面目を失わせたのである。

だとすれば、現代だけは例外などということがどうしてあるだろうか。さばきは神の家から始まる、と書いてある通り、今日も、自分たちこそ敬虔な信者であって、御言葉の教師であると自認している人々こそ、最も厳しい裁きを受けねばならないのである。

このようなわけで、筆者は、万民祭司のこの時代、キリスト教界に秩序が回復されることがもしあるとすれば、それは一人一人のクリスチャンが、牧師制度を離れ、直接、キリストに従うようになる時だけであると考えている。

少なくとも、筆者が知っている限り、2008~2009年当時には、牧師制度と訣別し、キリスト教界を出て、信徒たちが真に対等な兄弟姉妹として交わることのできる場を追い求め、直接、御霊から御言葉から教わり、キリストに連なろうとする信仰者たちが存在した。そういう議論がタブー視されることもなく公然と展開されていた。

それから随分、状況は変わったが、その時に明らかにされた結論が、後になって変わることは決してない。当ブログの出発点は、牧師制度を離れなければ、正しいキリスト教の信仰は決して得られないというものであり、筆者が神を知ったのも、一切の地上的な組織や団体を離れ、いかなる宗教指導者からも離れた後のことである。

そこで、我々は一度得られた確信を決して捨てることなく、汚れた一切のものとの分離を保ち続け、前進して行かねばならない。我々の側から、心を清め、神に近づくためには、それが必要であり、神に忌み嫌われるものを一切捨てる覚悟なしには、誰も神に近づくことはできず、神が近づいて下さることも決してない。



★本来の正しい教義

正しい教義 キリストだけが神と人との仲保者

★今日広まっている異端の教義


牧師がイエス・キリストに成り代わっている

「イゼベルの霊」(異教的母性崇拝)に支配される「神の家の乗っ取り運動」としてのペンテコステ・カリスマ運動(2)

・国家レベルで広がるグノーシス主義~人間を神とする現人神崇拝からのエクソダスの必要~
  

本題に入る前に、再び、政局について書いておきたい。やはり、佐川前国税庁長官の国会における証人喚問は、予想した通り、単なる見世物であり、安倍夫妻が逃げ切るための出来レース、ガス抜きだったという印象を受ける。しかも、これをインターネットでリアルタイムで実況中継しようとしていた菅野完氏のツイッターが直前に凍結されるなど、この国の暗黒状態をよくよく物語る出来事が進行中である。

当ブログが、何年も前から、暗闇の勢力からいわれのない攻撃を受けて来たことも、我が国が統一教会や日本会議などのオカルト勢力に占拠されている現状と無関係であるとは思えず、もはや安倍政権になってから何でもありとなったこの国には、言論の自由もなくなりつつある上、巷でささやかれているように、公文書の改ざんも、明らかになっていないだけで、他にも数えきれないほど横行しているものと思われる。

公文書が改ざんされたということは、ただ公務員の仕事に信頼が持てなくなったなどという次元の問題ではなく、国の存立基盤が根本から揺るがされていることを意味する。今やこの国そのものが、オカルト・ヤクザ勢力に乗っ取られ、どんどん書き換えられ、「フィクション」になりつつあるのが現状なのである。

我が国は、すでに何年も前から、全体主義社会と化しており、表面的に平和に無事に生きようと願う人々は、悪魔に魂を売るしかない状況だ。そのことは、官僚の世界でトップクラスに至るまで腐敗が進行し、誰もが粉飾に手を染めている事実からもよく分かる。こうした腐敗と癒着が、官僚の世界だけにとどまるはずがなく、当然、民間にも深く浸透しているはずである。
 
筆者はこうした世の腐敗の中に、牧師を神のように崇めるキリスト教界の堕落を見る思いがする。以下でも詳しく論じるが、牧師制度は、決してキリスト教に由来するものではなく、その起源は被造物を神とするグノーシス主義に由来するのである。

多くの信仰の先人たちが、目に見える人間をリーダーとして、それを頂点にいただく地上の組織や団体を作ることは、キリスト教と本質的に相容れないことに気づき、聖書に忠実なエクレシアを求め、そうした団体をエクソダスして行った。

今や信仰とは関係ない地上社会においても、バビロン化が極度に進んだ結果、誰かをボスとして、その人物に雇用され、生殺与奪を握られて生きることが、結局、教会に籍を置くことにより、救いを教会に質に取られてしまっている信者の状態とほとんど変わらなくなっているものと思う。

独裁国家では、独裁者に異議を唱えた人物に、平和な暮らしはない。投獄されるか、殺されるか、国外追放されるなどして、厳しい迫害が待っているだけである。牧師制度に異議を唱えた信徒も、同様に、教会から悪魔扱いされて追放されるということが多々起きている現状であるが、国ごとグノーシス主義に乗っ取られた我が国では、国家レベルでカルト化が進行中なのである。

首相夫妻が、事実上の現人神となり、「真の父母」となって国民に君臨しており、オカルト信仰によってこの国を動かしている。彼らおよび彼らの作った体制を拝むことを拒否した人々は、「人民の敵」のごとくネガキャンにさらされ、社会的な抹殺へと追いやられているのである。

だが、至る所からほころびが出ている現在、こんなにも腐敗し切った愚かな体制が長く続くことはあり得ない。

筆者は、ペンテコステ運動が米国から持ち込まれたものであるように、日本会議も米国発(源流はイスラエル)から輸入されたものではないかと考える。米国ではロシアの悪魔化のプロパガンダが一層、進んでいるようだが、巨悪から目を逸らすために、「巨大な悪役の像」を作り上げては、自ら犯した悪事のすべての責任をその悪役に転嫁するというのは、彼らの常套手段である。

米国がイスラエル及び他の国々と組んでこれまで行って来たすべての悪事を、ロシアを巨大な悪役に仕立てることでオールリセットしようとしていることは、もはや人々の共通認識となりつつあるように思う。ロシアという国もそれなりに相当に厄介な「フィクション」であるとはいえ、こんなお手軽かつ馬鹿馬鹿しい卑劣な手段によりすべての悪事を帳消しにできるはずがないことは明白である。

こうしたすべてのことには、決して偶然ではない霊的影響があり、筆者は自分が様々な意味で、古い時代と新しい時代の歴史の交差点に立っていることを感じる。結論から言えば、信仰の世界は、この世と合わせ鏡であるから、筆者があるべき場所に確固として立つことにより、こうした支離滅裂な国際情勢や、この国の悲惨な現状にも幾分か変化が訪れる可能性があると考える。

さて、筆者は、これまでの記事にも書いて来たように、暗闇の勢力に真実を語らせるためには、訴訟を通して答弁を公開させるしか残された手段はないと確信している。筆者はこれまで自分から訴訟を提起したことは一度もなく、また、村上徳久や杉本密の行って来た行為を、キリスト教界の内側の問題としてとらえていた頃には、教会の問題を世に持ち出すべきではないという聖書の御言葉に基づき、訴訟という手段を使って彼らの引き起こした争いを解決することを回避して来た。

だが、今や杉本徳久や村上密という人物はキリスト教徒ではなく、彼らには信仰の片鱗もなく、彼らを信者と同様に扱う理由はどこにもない上、筆者が個人的な思惑により彼らと対立しているわけではなく、この争いは彼らの側からしかけられたものであることを明白にするためにも、ネット上の議論を出て、きちんと実社会において公にしかるべき形で決着をつけることがぜひとも必要であると考える。

その作業を通して、これまで杉本や村上のような人物が、自分の側から率先してクリスチャンに訴訟をふっかけることにより、自分たちがあたかも悪を退治する正義の味方であるかのようなポーズを取り続けて来たことの欺瞞性が、より一層、公衆の面前で明らかになるであろうと思う。
 
また、それを通して、聖書の御言葉に反逆する者たちは、どんなにこの世の常識を振りかざしているように見えても、結局は、この世の常識や法制度をも平然と踏みにじり、すべての善悪の基準をあざけり、踏みにじりながら、自分が何者にも服する必要のない神であるかのような思い上がりに陥り、己が欲望を高く掲げるのだという事実が明らかになるだろうと思う。

彼らがこの世の法廷において敗訴したという記録を作ることは、非常に重要である。訴訟は、ヤクザ者の専売特許ではなく、そんな者たちのために作られた制度でもない。クリスチャンはそうしたこの世の手続きにあまりにも無知であるべきではない。

本当のことを言えば、筆者にとっては、個人情報を収集されるとか、実名を開示されるとか、名誉を毀損されるとかいった問題は、本質的に重要ではなく、実に些末な問題でしかないのだ。実名を公表してブログを書いている人々は、世に数多く存在し、そうした人々は厳しい批判にも時にさらされている。筆者が実名を公開しないのは、杉本や村上のようにさかんに自分の名を売りながら、宗教指導者や改革者をきどる気がないためで、自分の名を冠したミニストリーのようなものを作って、人前に栄光を受けたくないからである。

さらに、筆者の実名が特定されないことによって、筆者に関わる人々のプライバシーも保たれる。当ブログでは、牧師や指導者として自分を公にし、自ら自分の情報を明かした人々以外については、たとえ敵のように行動する信者があったとしても、実名を公開したり、彼らを特定できる個人情報を開示したりはしていない。

もしも自分のミニストリーを作って有名になろうと願ったならば、筆者にもそのチャンスは十分にあったであろうと思う。ブログを金もうけの手段とし、何かの新しい教えを宣べる教祖となって、人々に君臨しようと考えたなら、そのための才覚がゼロだったとは思わない。そういう悪しき目的のために、筆者がこれまで地上で積み上げて来た様々な経験や肩書を存分に利用することも可能だったろう。今から先も、様々な戦いに勝利をおさめれば、筆者の名を使って、筆者を担ぎ上げようとする人々が出て来ないとも限らない。

だが、筆者はそういうことを全く願っていないので、無名氏のままであり続け、自分の名を売るまいと考えているのである。地上で栄光を受ければ、天での栄光はもうないからだ。

当ブログに対して引き起こされている様々な戦いは、神の国の権益に関わる問題であって、個人の諸権利に関わる問題ではない。ここで本質的に重要なのは、ヴィオロン何某といった地上の人間の諸権利が侵害されているといった個人的なレベルの問題ではなく、聖書の神の御言葉が否定され、キリスト教が歪められ、聖書の神と神の教会が冒涜され、神の国の権益が侵され、真実と正義が曲げられているという問題なのである。

個人の諸権利を主張することは、聖書の御言葉に基づく信仰を公然と守り、神の国の権益を守るために必要な現実的措置として行っているだけのことであり、それが本質的に重要な問題なのでは全くないのである。

ちなみに、3月23日という日は、本当にいわくつきな日だったらしく、札幌では、元朝日新聞記者で慰安婦報道に関わった植村隆氏と、日本会議の強力な代弁者の一人であると見られ、筋金入りの改憲派でもある櫻井よしこ氏との間で本人尋問が行われた日であったらしい。
 

【慰安婦記事訴訟】植村隆氏、櫻井よしこ氏双方の本人尋問 札幌地裁で7月6日に結審
03/23 19:50 産経新聞

 元朝日新聞記者で慰安婦報道に関わった植村隆氏(59)が、記事を「捏造」と書かれ名誉を傷つけられたとして、ジャーナリストの櫻井よしこ氏や出版社3社に損害賠償などを求めた訴訟で、植村氏と櫻井氏双方の本人尋問が23日、札幌地裁(岡山忠広裁判長)であった。7月6日に結審する。
  植村氏は朝日新聞記者だった平成3年8月、元慰安婦が「『女子挺身隊』の名で連行された」とした大阪本社発行の記事について、「連れていかれた所で監禁され意に反して慰安婦にさせられた。だまされて戦場に連れて行かれた。一連の行為で『連行』と書いた」とした。また、「当時の韓国では慰安婦が『挺身隊』を意味していた」と証言し、意図的に慰安婦と挺身隊を結びつけたのではないと主張した。
  一方、櫻井氏は、後に作り話と判明した吉田清治氏の「女子挺身隊の名のもとで強制連行された」に呼応する形で植村氏の記事が書かれたと主張。「植村氏は(吉田氏の)作り話の被害者が実際にいると書いた」とその影響力の大きさを指摘した上で「植村氏は公開討論の呼びかけにも応じてこなかった」と批判した。  


   この裁判については、植村隆氏を支える市民団体が以下の記事を発表している。

櫻井よしこ氏が自身のウソを認める! 「捏造決めつけ」記述にも重大な誤り
札幌第11回■詳報  次回7月6日に結審、判決は秋以降に

札幌訴訟の第11回口頭弁論が3月23日、札幌地裁で開かれ、原告植村隆氏、被告櫻井よしこ氏に対する長時間の本人尋問があった。

この尋問で、櫻井氏は、いくつかの記述に誤りがあることを認めた。この記述は捏造決めつけの根拠となるものであるため、植村氏に対する誹謗中傷が根も葉もないものであることがはっきりした。櫻井氏本人がウソを認めたことにより、櫻井氏の根拠は大きく揺らぎ、崩れた。櫻井氏はその一部については、訂正を約束した。
<続きは本文参照。>

 
当ブログは、これまでこの訴訟を追って来ていないため、内容について深く立ち入ることはできないが、大筋を見る限り、この裁判は、「大日本帝国」の復活を願い、戦前の軍国主義路線の誤りを認めず、従軍慰安婦などの問題はすべてなかったこととして闇に葬りたい日本会議を支持する櫻井よしこ氏が、慰安婦問題を掘り下げる報道を不当にバッシングし、そのようなテーマを追求するジャーナリストに不当な打撃を加えて、このテーマ自体を葬り去ろうとする趣旨の記事を発表したため、記者がバッシングから身を守り、自分が行った報道の正しさを立証するために起こさざるを得なくなった訴訟であるという印象を受ける。

市民団体の報道によれば、櫻井氏は徐々に誤りを認め、自分の主張が捏造であったことを認めざるを得ない立場に追い込まれているようだ。 

植村氏が起こした裁判は、名誉毀損の被害を取り返すという、ただ自分の権利を守ることだけが目的ではなく、自分が報道した内容が真実であることを論証して、慰安婦問題が闇に葬り去られて社会の利益が損なわれることのないよう必要なアクションを取ったものだと考えらえる。

報道関係者でなくとも、自分が述べた言葉が真実であることを証明するためならば、それを公に論証する機会として、裁判を用いることは、時には必要であろう。そのようにして自分の言葉の真実性を主張するためには、自分の権利が侵害されたという訴えの形を取るしか今のところ方法がないのが実状である。

日本会議サイドは、櫻井よしこ氏を大いに利用して、慰安婦問題を報道した植村氏を個人攻撃させることで、慰安婦問題に触れると、誰でもこういう結果になるので、慰安婦問題など掘り下げない方が良いですよ、という見せしめ事例にしようとしたのではないかと考えられる。

筆者や当ブログに対して行われて来た攻撃もそれと同じで、牧師制度を批判したり、ペンテコステ・カリスマ運動の偽りを証明したり、カルト被害者救済活動を批判したりすれば、徹底的な報復を受け、人生に害を及ぼされるので、そのような厄介なテーマを、クリスチャンは扱わず、決して言及しない方が良いですよ、という見せしめのためになされたと思われる。

このように、あるテーマそのものをタブーとするために、個人攻撃が行われるということはままある。だが、筆者が書いている内容は真実であり、杉本や村上が書いていることは虚偽である以上、どちらが消し去られなければならないのかは明白だ。しかも、これはこの世のみならず、来るべき世にまで及ぶほどの永遠性を持つ普遍的テーマを巡る論争なのである。

虚偽の情報によって真実が駆逐されねばならない理由はなく、ましてそれが永遠性を持つテーマに関するものならば、なおさらだ。そこで筆者は、杉本が当ブログを誹謗するために書いた虚偽と人権侵害に満ち溢れる記事を一刻も早く削除してもらいたいがために、そのための取引材料として、当ブログ記事を差し出したりするつもりはさらさらない。そのようなことをすれば、敵の脅しに屈したことにしかならない。

だが、誰が真実を述べているのかということを証明するにふさわしい場が、判定者のいないインターネット上の議論や匿名の掲示板の無責任なコメント投稿欄ということはあるまい。そこで、より公共性・社会性のある形で決着をつけなければならないのである。

さて、筆者が個人的にキリストの十字架の死と復活のより深い意味を知って、関東へ来た2009年8月に政権交代があった。おそらく、その頃、関東へ来た筆者に求められていたのは、人間の指導者につき従わず、神にのみ従って歩むことであり、決して、人間の指導者を頂点とする組織に所属することではなかったものと思う。

その点で、KFCは偽りであり、その他の人間のリーダーを担ぐすべての交わりや集会も虚偽であった。牧師制度と手を切りながらも、それと類似するすべての人間による支配を断ち切り、その偽りなることを証明できなかったことが、筆者の霊的停滞の原因なのであり、今から考えると、そのようにしてリーダーを担ぐ団体の虚偽なることを証明することこそ、筆者に当初から求められていた課題だったのであろうと考える。

筆者は、その当時、聖書に基づくエクレシアを探し求めていたとはいえ、それはKFCや、誰かをリーダーとし、その人間を事実上の神とする集会に受け入れられたり、その集会にいる信者らと仲良くして、そこに定着することとは全く無関係であった。そのようなことを目的に、筆者はこの地へ召されてやって来たわけではない。神が筆者を召し出されたのは、人間的な思いや欲望に基づいて、人間の作ったヒエラルキーに依存する自己満足的な共同体を作って、それをエクレシアと呼ぶことでは全くなかった。そのような悪しき目的とは全く異なる目的が、当初から存在していたのである。

人間を中心に作り出された団体は、すべて過ぎ行くアンシャン・レジームに過ぎず、万民祭司とされているこの時代、いい加減に、現人神なる人間のリーダーに従うという腐敗とは一切無縁の、新しいエクレシアの姿が出現しなければならず、新しい時代が来なければならないのである。筆者はその新しい時代の新しい思想の担い手としてこの地へやって来た。その後、長く続く停滞が訪れたように見えるが、それでも、筆者が召された当初の目的が変わらないならば、遅かれ早かれ、その目的は姿を現すのであり、それは筆者が人間の生まれながらの情愛に基づく肉なる絆を根こそぎ断ち切り、神の国の権益にのみに立つ者として行動するときに初めて可能となるのだろうと思う。

筆者はアダムに属する「人類」を離れる覚悟を固めねばならないわけで、今その時が来ているように思う。筆者は、筆者が杉本や村上に対して訴訟を起こすことが、地上のアダムとしての出自を完全に断ち切ることとどこかで霊的につながっていると考えている。これまでの筆者は、人間的な感情を優先しすぎるがゆえに、してはならない妥協をし続けて来たのである。その人間的な感情こそ、牧師制度に類するすべての制度を偽りであるとして、毅然と退けることをしなかった筆者の甘さなのである。(今、そうした呪われた団体が、どれほど筆者の足手まといとなっているかを考えればそのことは明白である。)

そこで、筆者は人間的な情愛を優先するがゆえに、物事を曖昧にしたまま決着をつけずに終わりにしようとする甘さを根こそぎ払拭せねばならないと考えている。

一部の人々は、筆者が訴訟を提起しようとしていることを、あたかも筆者の個人感情に基づく残酷な報復措置であるかのように主張するかも知れないが、その考え方は転倒しているとはっきり言う。

物事にきちんと決着をつけないまま、無責任なネット上だけで、当事者でもない者が、野次馬のごとく対立を煽りつつ、責任の所在も分からない匿名のコメントを延々と半永久的に書き連ね続けることの方が、訴訟を起こすことに比べ、はるかに残酷で無責任で有害な行動であり、かつ限度を超えて行き過ぎた報復措置、私的制裁であると言えよう。そのような無責任な行動に比べ、この世の法に従い、きちんとルールを守って論敵と対峙することは、はるかに公正かつ公平な措置であり、それにかかる時間も限られているし、それによって下されるペナルティの度合いも限られている。
 
筆者がもしも自分の個人の利益を優先したいだけの人間であれば、これほどの手間暇を裂いて、ペンテコステ・カリスマ運動の異端性や、カルト被害者救済活動の誤りや、グノーシス主義の分析など行う必要もなく、早々に取引に応じて、不都合な記事を削除してもらう代わりに、手間のかかる当ブログにおける議論もさっさとやめてしまえば良いだけである。

だが、問題は、筆者個人の利益などではなく、聖書の御言葉の真実性という永遠のテーマなのである。聖書の神が否定され、神の御言葉が曲げられ、キリスト教が歪められ、神の教会が蹂躙され、正義が曲げられ、真実が葬り去られようとしている時に、筆者が、自分の利益が最優先だからと、悪魔との取引に応じて沈黙したりすれば、来るべき日に、神は筆者に向かって「わたしはあなたを知らない」と言われ、筆者は恥ずべきクリスチャンとして見捨てられるだけである。

繰り返すが、ここで問題となっているのは、個人の利益などではなく、神の国の権益である。自分の個人的・地上的な利益よりも、神の国の権益を優先し、主と共なる十字架において古き人としての自己を完全に死に渡すクリスチャンが現れないことには、神の国の地上における前進もない。

代価をいとわず、主と共なる十字架において自己を徹底的に死に渡すという過程を、信仰によって貫き通す個人が現れることによって初めて、神の国の前進が地上にもたらされるのであって、誰一人としてそのように代価を払って主に従う者も現れないならば、そんな社会を神が守らねばならない義務はない。そのような社会は、教会も含めて、ますますバビロン化が進み、ソドムとゴモラ同様、地獄のようなところになって滅びるしかないであろう。

日々代価を払って主に従うクリスチャンの信仰を通して、初めて神の国が地上に引き下ろされるのであり、そのようにして神に従う一群が現れる時、初めて、教会だけでなく、この世の地上の政治体制にも影響が及び、変化が訪れるのである。
 

キリスト教が信仰によって「神を知る」ことが可能であるとしているのに対し、「神は不可知である」とするグノーシス主義が人類にもたらす悲劇

さて、筆者が当ブログを始めたのは2008年頃であるが、その頃から、当ブログでは、キリスト教界に誤った教理が満ち溢れていることを検証し、牧師制度の誤りを主張し、聖書に基づく真実なキリスト教とは何なのか探求して来た。

当初は「何が誤った教えであるか」ということに重点的に目を向けていたが、「何が真実であるか」に注意を払わねば、偽りを明るみに出すこともできないと気づき、途中から、当ブログでは、改めて聖書の御言葉に立ち戻り、神ご自身を真剣に尋ね求め始めた。

その過程で、聖霊派の教団の中などにいたのでは、決して知る機会もなかったであろう聖書の真理(キリストと共なる十字架の死と復活という十字架のより深い働き)を知らされ、筆者は、初めて以下のエレミヤ書にあるように、聖書に書かれている「主を知る」ということの意味を知ったのである。
  
「しかし、それらの日の後にわたしがイスラエルの家に立てる契約はこれである。
すなわちわたしは、わたしの律法を彼らのうちに置き、その心にしるす。
わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となると主は言われる。
人はもはや、おのおのその隣とその兄弟に教えて、『あなたは主を知りなさい』とは言わない。それは、彼らが小より大に至るまで皆、わたしを知るようになるからであると主は言われる。わたしは彼らの不義をゆるし、もはやその罪を思わない」。 」(エレミヤ31:33-34)
 
前の記事で、贋作は、オリジナルと対比されて初めて、贋作であることが証明されうると書いたが、その原則は、何が正しいキリスト教であり、何が誤ったキリスト教であるか、という問題を解く際にも、同じように適用される。

我々自身が、真実なキリスト教の信仰に立ち、神によって選び出され、神の子供とされた、主を知るクリスチャンとして生きないことには、どれほど偽りのキリスト教を分析し、非難したとしても、それを当事者として「神の国の権益に関わる被害」として訴えることができないのである。
 
クリスチャンとは、文字通りの意味では、「キリストに属する者」、「キリストの復活の証人」であるが、現実には、クリスチャンを名乗っているすべての者が、必ずしもキリストのものとされた、キリストの証人であるわけではない。

今日、クリスチャンを名乗っている人々の中には、数えきれないほど、神を知らず、キリストのものとされておらず、神を知ろうともしていない人々が存在する。毎週日曜、どこかの教会で開かれる礼拝に出席し、讃美歌を歌い、聖書を読み、うわべだけ敬虔そうに見える生活を送ることによって、神を知ることはできない。そういう形式を通して神に近づくことはできない。

「イエスは言われた。「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝するときが来る。あなたがたは知らないものを礼拝しているが、わたしたちは知っているものを礼拝している。救いはユダヤ人から来るからだ。
しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」(ヨハネ4:21-24)

このように、神を礼拝するとは、日曜ごとにどこかの団体へ出かけて行き、人間に過ぎない誰かの語るメッセージに耳を傾けることとは何の関係もないことである。「神を知る」ことは、聖書の御言葉に立つ信仰によって、人の霊の内側で起きることであり、神によって与えられる啓示であるため、形式によってそのような啓示を得ることは誰にもできず、それを外側から見て分かるように客観的に立証することもできない。

そこで、誰がキリストに属する本当のクリスチャンであって、誰がそうでないのか、我々が、それを区別するために与えられている唯一の方法は、外見的要素によってそれを区別しようとすることではなく、ただその人物が述べた言葉や行動を、聖書に照らし合わせて検証することだけである。その人間が述べている証の言葉とその人物の行動を検証することだけである。

そのような検証作業によって初めて、クリスチャンを名乗るある人物が、本当に神に知られているクリスチャンであるのか、そうでないのか、その人物を導く霊の性質を確かめることができる。

その人物が真にキリストの証人であれば、その人の言動には、聖書との齟齬がないはずである。だがもし、その人の言動に、嘘やごまかし、自己矛盾、トリック、歪曲、捏造などが見られ、聖書との齟齬、不透明さが見つかれば、その人は見せかけだけの信者で、内的では、キリストを全く知らず、キリストの御霊に導かれてもおらず、神の子供とされてもいない、非クリスチャンである可能性が極めて高い。

主を知らずとも、様々な教義を身にまとい、うわべだけはあたかも神を知っているかのように、敬虔そうに振る舞うことは可能である。しかし、それがその人の内側の本質から出て来るものでない外側の演技のようなものに過ぎなければ、必ず、その人の言動は偽善的なものとして、あちこちにほころびをきたすことになる。
 
だからこそ、聖書は愛する者たちよ。 すべての霊を信じることはしないで、それらの霊が神から出たものであるかどうか、ためしなさい。 多くのにせ預言者が世に出てきているからである。 」(Ⅰヨハネ4:1)と言うのである。

さて、ようやく話を本題へ戻すが、当ブログでは、今日、あたかも正統なキリスト教であるかのように、プロテスタントの一部を占めているペンテコステ・カリスマ運動は、「偽物のキリスト教」であって、もとを辿ればグノーシス主義に行き着くことを再三、述べて来た。

グノーシス主義とは、一言で言えば、創造主ではなく被造物を崇める「被造物崇拝」の教えである。 筆者が幾度となく強調して来た、異教的な母性崇拝の原理(「イゼベルの霊」)も、被造物崇拝を指すのである。

異教的な女性原理の崇拝における「女性」とは、文字通りの女性ではなく、神の助け手となるべく、霊的な女性として神によって創造された人類を指す。

「イゼベルの霊」の教えとは、要するに、人類を神以上に高く掲げて神として賛美する教えなのである。

この世には、表面的に見れば、様々に異なる思想が存在しているように感じられるかも知れないが、根本的には、大きく分けて、たった二つの思想しか存在しない。キリスト教とグノーシス主義である。

異端はすべてグノーシス主義に由来するものであり、究極的には「被造物崇拝」の教え、人類の自己崇拝である。

だからこそ、異端や異端化されたキリスト教には、必ずと言って良いほど、目に見える人間を指導者として担ぎ上げ、その人間をキリスト以上の存在として絶対化するという特徴が現れるのである。

そして、それに基づいてこそ、筆者は、牧師制度とは、グノーシス主義にルーツを持つ、聖書に根本から抵触する制度であり、牧師制度を取り入れた教会は絶対的に腐敗すると述べて来たのである。

さて、キリスト教とグノーシス主義という、真っ向から対立する二つの思想には、数えきれない違いが挙げられようが、根本的な違いは一つであり、それは「人間には神を知る道があるのか、ないのか」という問いに対して、両者が正反対の答えを出している点にある。

結論から言えば、聖書が「父なる神」は「わたしは有る」(出エジプト3:14)という方であって、れっきとしたリアリティであり、信仰を通じて、人は神を知ることができるとしているのに対し、グノーシス主義は、「父なる神」をフィクション同然の概念とする。

聖書の記述はすべて「父なる神」の計画を中心に「父なる神」の観点から書かれたものであるのに対し、グノーシス主義の神話的プロットは、すべて「父なる神」に創造された被造物の側から、被造物の都合に従って書かれた物語であると言える。

聖書の記述が、「父なる神」の御思いを中心に展開される物語であるのに対し、グノーシス主義の物語における主役は、「父なる神」(真の至高者)ではなく、「父なる神」に創造された被造物なのである。

グノーシス主義における「父なる神」(真の至高者)は、人格もなく、意志もなく、存在すらも、あるかないか分からない「虚無の深淵」であり、いわば、被造物の存在に口実や意義を与えるための添え物のような、名ばかりの存在に過ぎず、物語の最後まで、確固たる登場人物として自分自身を現して舞台に登場することのない不可知的存在である。

こうして、グノーシス主義の本質が、父なる神の概念を「フィクション」とするところにこそ、この偽りの神話とそれに導かれる人々の悲劇の根本原因があるのだと言える。

当ブログでは、以前から、グノーシス主義とは、「母の過ち」によって生まれた「父なし子」としての人類が、確たる証拠もないのに、「父なる神(真の至高者)」の子孫であると一方的に名乗り出て、神の家への復帰を企てるという、実にナンセンスな「神の家の乗っ取り」物語であると主張して来たが、大田俊寛著『グノーシス主義の思想<父>というフィクション』(春秋社、2009年)は、この考えに驚くほど多くの裏づけを与えてくれる。

この文献は決してグノーシス主義を批判するために書かれたものではないが、それにも関わらず、グノーシス主義における「父」とは何かというテーマだけでなく、「父」を喪失した人類が、完全な自己や、健全な「自己愛」を探し求めて、精神分析やカウンセリングやインターネットといった「鏡」を通しての自己認識に病的に明け暮れるようになることの危険性など、まさにペンテコステ・カリスマ運動の支持者らが陥っているいくつもの「病理現象」についても、実に多くの示唆を与えてくれる。

この文献を参照しつつ改めて思うことは、ペンテコステ・カリスマ運動の本質はまさにグノーシス主義であり、グノーシス主義とは何かを理解することによってしか、この運動の誤った本質を明らかにすることは決してできないということである。

ペンテコステ・カリスマ運動があたかもキリスト教であるかのように理解して、聖書だけを用いて、この運動の間違いを分析しようとしているうちには、決して解けなかった実に多くの謎が、この運動がグノーシス主義を手本に出来上がったものであると仮定すれば、驚くほどあっさりと解けるのである。

今日、グノーシス主義の研究なくして、キリスト教に流入し、襲いかかっている異端の本質を掴むことが、どれほど困難であるかを思わされる。初代教会があれほどの労力を費やしてグノーシス主義と格闘し、対決したのは、決してゆえなきことではない。現代にも、グノーシス主義という異端がゾンビのようによみがえり、見えないところで教会に襲いかかり、キリスト教を骨抜きにしている事実に、クリスチャンは決して無知であってはならないと筆者は確信する。

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