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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団村上密牧師による鳴尾教会人事への不当な介入問題 まとめ

~異端の教えを無批判に取り入れ、無実の教会を迫害し、
正義の仮面を被りながら、カルト被害者救済活動を暴走させる
アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団と村上密牧師の危険~


当ブログでは、2001-2002年にかけて鳴尾教会で起きた混乱に関する資料を一連の記事(同記事末尾を参照)で示したが、この発表により、大きな暗闇が一つ打破されたものと確信している。

これまで鳴尾教会に関しては、事件からこれほどの年月が経っても、なお、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団及び村上密サイドが、彼らにとってのみ都合の良い偏った虚偽の情報をさかんにネット上に流布して来た。 
そして、この事件の当事者でもなく、当時の教会の様子を知りもしない信者らが、その嘘の情報に見境なく飛びつき、一緒になって事件を膨らませて、関係者を中傷し、事実と異なる空想物語を言い広めて来た。
 
しかしながら、当ブログの記事で示した事実は、村上密氏がこれまで鳴尾教会について言い広めて来た情報が、完全に嘘であることを証明している。注意点としては以下のことが挙げられる。

1. 当ブログ記事で示した内容は、当時の教会の実情をよく知る当事者の証言に基づいており、なおかつ、教団側によって公に認められて信徒に配布された資料を根拠としているため、当事者でない者が、確たる証拠もなしに、この事実関係を否定するのは不可能である。
 
2.これらの資料を通して、改めて明らかとなる事実は、鳴尾教会を混乱に陥れた原因は、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団に属する指導者ら(津村昭二郎氏、村上密氏)の不当かつ無責任な対応(つまり、教会内人事の私物化)にあったという事実である。

鳴尾教会の事件を振り返るとき、何よりも明白となるのは、以下の一連の記事で詳述している通り、同教会に混乱を引き起こした何よりの原因は、当時の鳴尾教会の主監者であった津村昭二郎氏の義理の息子である立場を利用して、本来は権限を有していなかったにも関わらず、教団や教会に定められた正式な手続きに則らず、信徒の了承も得ずに、密室の暗闇で教会に不当な介入を繰り返し、教会内人事を私物化して来たアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の村上密牧師の不誠実で信用ならない行動である。

さらに、同教会に尋常ならぬこだわりを抱いて引退を拒み、そのために自らの後継として派遣された伝道師を、過酷な労働条件で酷使した挙句、不当な汚名を着せてまで、いわれなく追放した当時の鳴尾教会の主監者(アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団所属)であり村上密氏の義理の父であった津村昭二郎牧師の行動の卑劣さである。

こうした行動を信徒に隠れて暗闇で行う人々が、果たして聖霊に導かれる正統なクリスチャンの指導者であると言えるのか、人として信頼に値する人物であると言えるのか、その疑問に対する答えは明白であると思う。

3.にも関わらず、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、鳴尾教会に混乱が起きた2001-2002年当初から、村上氏と津村氏らによって教団内・教会内手続きに従わずに行われた鳴尾教会内人事の私物化という問題点を何ら追究しないまま、こうした指導者らの無責任な対応をかばい立てし、ごまかすために、ただ津村氏の自主的な引退により、事件をうやむやなままに幕引きをはかった。

4.さらに、これに終わらず、教団側はその後も、鳴尾教会に起きた混乱の責任が、あたかも教団自らが派遣した後任の牧師夫妻や、信徒の側にあるかのように見せかける虚偽の情報を拡散することで、自らの責任をごまかそうとして来た。

その際、その嘘を正当化するために、教団側(津村氏+村上氏)は、かつて津村氏が鳴尾の後継者として派遣されたA・B伝道師夫妻に濡れ衣を着せて、鳴尾教会から追放をはかったのと同様に、鳴尾の後任である山田牧師牧師夫妻に「異端者」の濡れ衣を着せることで、鳴尾教会に起きた混乱を後任の牧師に責任転嫁し、自らの無責任な対処を正当化しようとはかった。

5.しかも、このような虚偽の情報を流布するにあたり、村上密氏は、自分のブログや教団の公式ホームページ等、教団の正式なツールを通じて物事を公にして議論を進めようとはせず、むしろ、杉本徳久氏のブログ「随想 吉祥寺の森から」に代表されるような、教団には何ら関係なく、従って、当然、教会内人事に口をさしはさむ権限も持っていない個人のブログ等を積極的に活用して、鳴尾教会を貶めるためのネガティヴ・キャンペーンを行なった。

村上氏がこれまで、自らにとって不都合とみなした政敵を貶め、印象を操作して貶めるためのネガティブ・キャンペーン(人物破壊工作)の多くを、自身のブログのみならず、教団とは何の関係もない一個人のブログ「随想 吉祥寺の森から」などを積極的に利用して、発表させて来たことは周知の事実である。

村上氏がこうして教団と無関係の個人を利用して自らの意見を代弁させた理由としては、万一、村上氏や教団側の投げかけた疑惑に十分な根拠がないことが明らかにされて、後日、相手方から名誉棄損の訴訟が提起されるなどの形で、責任を問われた際に、同氏や教団関係者らが直接、矢面に立たされることなく、責任を逃れる目的があったものと見られる。

村上氏はカルト化の疑いを投げかけた教会には幾度も自分から裁判をしかけておきながら、自分自身は裁判等で責任を追及されたくないばかりに、教団とは何の関係もない個人に全責任を身代わりにかぶらせる形で、一般人の信徒に自分の意見を代弁させては、教団側にとって都合の良い偏って捏造された情報をさかんに発表させて来たのである。

こうして、自らの見解を公式に発表してきちんと自分の述べた言葉の責任を取ろうともせず、教団と無関係な個人や支持者を身代わりに矢面に立たせることで、何の裏付けも取れていない不確かな虚偽の情報を一方的に流布し、クリスチャン同士の疑心暗鬼と対立をしきりに助長し、この争いを高みの見物しながら、「カルトとの闘い」を空想(妄想)によって膨らませてスキャンダルの火を煽り、クリスチャン同士の対立を煽ってそれによって自分の利益を得て来た村上氏が、いかに信用ならない人物であり、同氏の唱える「カルトとの闘い」も、信憑性のない荒唐無稽なものであるかは、誰の目にも明白であろう。

6.むしろ、こうした一連の事件を振り返るとき、村上氏の唱える「カルトとの闘い」とは、村上氏が不都合な政敵を追い落とすための口実に過ぎないことが見えて来る。鳴尾の事件を見ても分かるように、同氏はすでに十年以上の長きに渡り、自らにとって都合の悪い信徒に対して、常に「異端の疑惑」をでっちあげては、相手を誹謗中傷することで、信用の失墜をはかり、圧迫して追放を試みることを繰り返して来ている。つまり、「異端疑惑」は、村上氏と津村氏が自らに不都合な政敵を追放するために用いる常套手段なのである。

こうした一連の事実を見るならば、本来は教会を正しく導かねばならないはずのアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団が、当時から、どれほど津村氏や村上氏の身勝手な行動をいさめることもなく、むしろ、その言いなりとなって、彼らと一緒に危険な活動に従事し、卑劣かつ無責任に自らの不適切な対応をごまかしながら、弱い立場にある牧師や伝道師や信徒、ひいては教会そのものにまで身代わりに濡れ衣を着せて、教会関係者に事実無根の中傷を浴びせていたずらに苦しめながら、責任転嫁をはかって来たかがよく分かる。
 
同教団は、本当は自らの無責任な対応が引き金となって鳴尾教会に混乱が起きたにも関わらず、事態を収拾しようともせず、その混乱の責任の所在を、ずっと一方的に教会に転嫁し、教会を攻撃し続けることにより、知らぬふりを決め込み、混乱をより悪化させて来たのである。

恐ろしいのは、こうして村上密氏が、津村氏の助力を得て、鳴尾教会の人事に暗闇の密室で幾度も介入し、教会を思うがままに動かそうと試みて来たように、今やアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団全体が、同氏らの私物のように動かされている事実である。
 
さらに恐ろしく危険なのは、記事「「カルト監視機構」という名の秘密警察の設立について」の中でも指摘した通り、こうして他教会の人事に不法に介入して教会を私物化し、不都合な人間に対しては、でっちあげの嫌疑をかけて教会から追放し、自らに不利な情報は隠蔽し、捏造された情報を流布することによって、自分の責任をごまかし続けて来た村上氏が、まるで正義の味方のような仮面を被って、、「弱者救済」の美名の下、「カルト被害者救済活動」を推進し、教団全体を「カルトとの闘い」に巻き込むことにより教団に属する全ての教会を思うがままに取り締まる権限を得ようとしているだけでなく、「カルト監視機構」の設立を訴えて、教団の枠組みを超えて、プロテスタントの全ての教団教派に属する他教会の人事にまで積極的に介入しようと試みていることである。
  
このように全く信頼できない行動を繰り返す指導者がリーダーとなって、「カルトとの闘い」を口実に、全プロテスタント教界の教会に干渉することのできる機関を設立し、実権を掌握することが、どれほどキリスト教界全体にとって重大かつ恐ろしい危険であるか、改めて指摘するまでもない。
 
ちなみに、村上密氏の活動については、カルト被害者の側からも疑念の声が上がっており、ORCを守る有志の会からは、同氏に対して、すでに2009年の時点で「本当に専門家なのだろうか?」との深刻な疑念が投げかける声明が発表されている。



カルト被害者の側からも村上密氏の活動には疑念の声が上がっている。
ORCを守る有志の会のホームページから)



偽預言者をゲストに招く教会」の記事でも指摘した通り、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、これまで様々な過激な霊的ムーブメントを聖書に照らし合わせて検証することもなしに、無分別に取り入れ来たため、偽りの霊によって欺かれた指導者や信徒らによって至るところで混乱が引き起こされており、その評判は以前から芳しくなかった。
 
上の記事で示した通り、村上密氏自身も、一方ではカルトへの警戒を呼びかけながら、カルト化の疑いのある指導者を堂々と自らの教会へ招き、被害を受けた信徒の目の前でメッセージをさせるという悪質な二重性のある牧会を行なっていた。こうして、カルト化の危険を訴える村上密氏自身のミニストリーが、決して聖書に忠実な教えだけを吟味して取り入れるものでは全くなく、疑わしい教えを積極的に取り入れるものであったことが、カルト被害者自身の証言により明らかにされている。

このように、聖書に対する忠実さを捨てて、二重性と偽りに満ちた異端の教えを積極的に受け入れることを公式見解としているアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団では、必然的に、偽りの教えに惑わされた信徒たちが、至るところで様々な混乱を引き起こして来たが、その典型例は、「キリスト教界に広がる疫病としての「霊の戦い」」にも記した通りである。

さらに、記事「カルト被害者救済活動の暴走~アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による魔女狩りとしての鳴尾教会への恫喝訴訟とAG信徒による他教会の乗っ取り~」にも記したように、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の信徒が、偽って教職者を名乗り、他教会で長きに渡りメッセージを語り、他教会を乗っ取り、気に入らない信徒に異端者の濡れ衣を着せたり、呪いや滅びの予言を語るという全く呆れ果てるほどに言語道断な事件をさえ起きるに至っている。

こうした事件に共通するのが、偽りの霊に欺かれたアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の信徒が、自分は正しいことをしていると確信しながら、何の根拠もなく、聖書を悪用して誤ったメッセージを語り、信徒らをいたずらに罪に定めたり、教会や信徒に呪いや破滅を宣告したりして、信徒の交わりを私物化して混乱に陥れたという事実であり、これらの事件は、カルト被害者救済活動の支持者が、自分自身を正義のようにみなしながら、活動を暴走させて行き、無実の信徒らへの迫害に至った経緯と極めてよく似ている。アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、すでにそれ自体が偽りの霊の活動の温床となっていると言って差し支えない。

7.鳴尾教会は、このような無法状態・無責任状態に陥った恐ろしい教団から、正式に離脱を決定したが、その際、教団側(村上氏+津村氏サイド)は、これに復讐心を燃やし、あたかもそれが牧師夫妻による不法な「教会の乗っ取り」であったかのように主張して、鳴尾教会の教団からの離脱の決定を撤回させようと、教会に恫喝訴訟をしかけるなどして、あらゆる方法で制裁を加えた。

8.しかしながら、村上サイドの主張は裁判によっても認められることはなく、教団側はこれらの争いにことごとく敗れ、鳴尾教会は無事に教団から離脱して、新たな出発を遂げた

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団側からの長年に及ぶ執念深く陰湿な言いがかりに対して、無実の小さな教会が勇気をもって戦い抜いた経緯は、「鳴尾キリスト福音教会から皆様へ」のブログに詳しい。また、当ブログでも末尾に示すように幾度も触れて来た通りである。

こうして、晴れてアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団と関係を断ち、単立教会として新たな出発を遂げた鳴尾キリスト福音教会の喜び溢れる様子は同教会の新しいホームページからもよく伝わって来る。



 
アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団からのスラップ訴訟に負けず、
礼拝堂も見違えるように美しくなった鳴尾キリスト福音教会


   
9.アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、鳴尾教会の事件に関しては、裁判においても全面敗北しているにも関わらず、今日に至るまで、なお過ちを認めることなく、あらぬ疑いをかけて誹謗した鳴尾教会関係者への謝罪も行っていない。それどころか、村上密牧師は未だにブログ等で、同教会に対する事実無根の非難を続けている有様である。
 
このように、すでに事実を事実として認めることさえできなくなって、現実から乖離した空想の世界を築き上げて「カルトとの闘い」に没頭し、自らを正義のヒーローのようにみなして、自分に敵対するすべての信徒を「悪者」と決めつけて、虚偽を言い広めて恥じることもなく、他の信徒の平和な信仰生活をどこまでも執拗に妨害してやまない恐るべき教団とのその指導者が、本当に聖書に基づくキリストの平和な福音に立脚していると言えるのか、信仰を持っている人々のみならず、信仰を持たない人の目にも、極めて疑わしく感じられて当然である。

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、フランスではすでに準カルトと認定されている。当ブログでも示したように、同教団が暗闇で行って来た一連の信頼できない活動を見れば、我が国でも、この教団がカルト団体とのそしりを免れることは決してできないものと思う。

同教団からは、随分前から、信徒の深刻な離脱が起きていると聞く。過激な霊的ムーブメントを無分別に取り入れては積極的に後押しして来たために、もともとプロテスタント内では評判が芳しくなかった教団であるが、村上密牧師の登場以後、同氏が率先して全プロテスタントの教会を敵に回しながら今日に至るまで推し進めて来たカルト被害者救済活動の暴走の様子を見て、良心的な信徒の心はさらに離れたのだろう。

たとえキリスト教界が幾多の問題を抱え、カルト化という現象が実際に起きているにせよ、これを是正する方法は、当ブログで幾度も述べて来たように、クリスチャンが聖書に立ち戻ることにしかない。人間的な思惑に基づいて、聖書に従わずに、どんなに人間の正義を振りかざして「カルトとの闘い」を推し進めても、それは泥沼の闘争にしか至らないのであり、かえって残酷で不公平な私刑を助長し、神と教会とクリスチャンに敵対する危険な運動に変わって行くだけである。

キリスト教界で繰り広げられるどんな運動も、それが本当に聖書に立脚しているのかどうか、慎重に吟味せずに取り入れるのは極めて危険である。「神と教会に敵対するクーデターとしての「弱者救済」の思想の危険性」の記事にも記した通り、信仰によらず、人間の思惑に基づいて行われる弱者救済活動は、常に聖書に反する人類の自己救済の運動として、神と教会とクリスチャンに敵対するものとなる危険をはらんでいる。

それを考慮するならば、弱者救済といううわべだけの美名に欺かれて村上密氏やアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の活動を支持することがどんなに危険であるかが分かるだろう。
  
にも関わらず、このように信用できない危険な指導者に無分別に従い、指導者も信徒も一丸となって非聖書的な活動に没頭し、他教会の内政に不法に干渉し、信徒の平和な信仰生活を脅かすことを「信仰生活」と勘違いしているような恐ろしい教団からは、鳴尾教会でなくとも、これを疑問視・危険視して、教団を離れる信徒が続出するのが当然の結果である。

神への信頼とキリスト教徒としての信用を失った教団に所属していることが、クリスチャンの平和な伝道活動にとって有利に働くことは決してない。もしクリスチャンが 聖書に忠実に生きたいと願うならば、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団とその信者には、何があっても関わらないことが得策であると言える。      
  
10.村上密氏は、「宗教トラブルセンター」や「カルト被害者救済活動」などの看板を掲げて、他教会のカルト化を監視し、糾弾し、取り締まる前に、まずは自教団の深刻なカルト化という事実に目を向け、自分というカルトをこそ監視し、取り締まるべきである。
 


 ~アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による鳴尾教会に対する不当な介入と
 村上密牧師率いる「カルト被害者救済活動」の危険性に関するまとめ~

(随時追加予定)
 

 ★アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の指導者が鳴尾教会に引き起こした混乱について
(村上密氏による鳴尾教会人事への不当な介入と津村氏による鳴尾後継者の不当な追放)
  
アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動➀ ~村上密牧師による鳴尾教会人事への不当な介入~ 

 アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動③ ~村上密牧師による鳴尾教会人事への不当な介入~ 

 アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動④ ~村上密牧師による鳴尾教会人事への不当な介入~ 伝道師の書簡(前編)

 アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動⑤ ~村上密牧師による鳴尾教会への不当な介入~ 伝道師の書簡(後編) 
 

★上記の事件に関して教団から鳴尾信徒に公に配布された資料
(津村昭二郎牧師と村上密牧師によって密室でいわれなき嫌疑をかけられて鳴尾を不当に追われた伝道師が教団に宛てた苦情の書簡と津村氏による弁明 ※一部個人情報を伏せ、筆者による注釈を赤字で余白に加えた。)

 村上密牧師と津村昭二郎牧師による鳴尾教会人事の私物化問題について(教団配布文書PDF)


★村上密氏によるカルト監視機構の発案の基盤となっている非聖書的思想の危険性について

カルト監視機構」という名の秘密警察の設立について

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動⑥ ~悪魔の見果てぬ夢としての「カルト監視機構~

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動⑦ ~村上密牧師による自己流の「異端審問」~
 

★村上密牧師が教団と無関係の個人である杉本徳久氏と結託して暗闇でネット工作員を動員し、当ブログに対して長年に渡り加えて来た妨害工作について

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動② ~村上密牧師が杉本徳久氏と共に暗闇で主導する「サイバーカルト監視機構」(前編)~

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動② ~村上密牧師が杉本徳久氏と共に暗闇で主導する「サイバーカルト監視機構」(中編)~

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動② ~村上密牧師が杉本徳久氏と共に暗闇で主導する「サイバーカルト監視機構」(後編)~
   

★村上密氏と杉本徳久氏の活動が、信者ではなく、この世の不信者らの目線に立っており、聖書に基づかないこの世の思想を無罪放免しながら、キリスト教を貶め、クリスチャンだけを断罪する構図となっていることの危険性について

~カルト被害者救済活動の暴走~ この世を無罪放免しながらキリスト教徒を断罪する村上密氏と杉本徳久氏の活動の危険➀

~カルト被害者救済活動の暴走~ この世を無罪放免しながらキリスト教徒を断罪する村上密氏と杉本徳久氏の活動の危険②


★杉本徳久氏が同氏にとって不都合な記事を削除しない限り、違法な報復行為に及ぶと当ブログ管理人を脅迫して来たメール

2010年10月5日付   杉本氏が唐沢氏に提訴の報告を求めヴィオロンの記事を罵倒したメール
2010年10月17日付 杉本氏が唐沢氏の提訴予告について進行状況を報告せよと恫喝したメール
2010年11月20日付 杉本徳久氏が唐沢氏の提訴予告について謝罪を要求した恫喝メール
2010年12月8日付   杉本徳久氏がヴィオロン、唐沢氏、山谷少佐に提訴を催促した恫喝メール
2010年12月15日付 杉本氏がヴィオロン、唐沢氏、山谷少佐に記事削除を求めた恫喝メール
2011年12月6日付   杉本氏がヴィオロンの個人情報を特定して恫喝して来たメール
2011年11月28日付   杉本徳久氏が、唐沢氏とヴィオロンに送りつけた恫喝メール
2012年1月1日付    杉本徳久氏がヴィオロンの個人情報を晒すブログ記事を示した恫喝メール
2012年1月22日付 杉本徳久氏がヴィオロンに実力行使に出ると恫喝したメール
2012年3月8日付  杉本徳久氏がヴィオロンに期限を切ってブログ削除を要求した恫喝メール
2012年3月9日付  杉本徳久氏からヴィオロンの返答に対する罵倒と恫喝のメール
2012年3月10日付   杉本徳久氏がヴィオロンに自分を提訴せよと恫喝して来たメール

2016年4月25日付 杉本徳久氏がメールフォームから投稿した恫喝メール
2016年4月30日付 杉本徳久氏がヴィオロンへの提訴をほのめかした恫喝メール
2016年5月2日付   杉本徳久氏がヴィオロンを提訴してやると恫喝したメール
    
      
★鳴尾教会が正当な手続きによってアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団から離脱した際、教団が、これを「牧師による教会の乗っ取り」であるかのように主張して、鳴尾教会に加えた恫喝訴訟を含む制裁について(同教団はこの争いに全面的に敗北した)

文化庁第160回宗教法人審議会議事録 ~日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による鳴尾キリスト福音教会の教団離脱手続きに対する異議申し立て棄却の記録~
 
文化庁第163回宗教法人審議会議事録 ~「日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団」による「鳴尾キリスト福音教会」の単立化手続きに対する異議申し立て棄却の記録~

宗務時報No.115 ~日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による鳴尾キリスト福音教会の教団離脱手続きに対する異議申し立て棄却の記録~
  

★アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の信徒が、身元を隠して他教会に潜入し、他教会を乗っ取った事件について

カルト被害者救済活動の暴走~アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による魔女狩りとしての鳴尾教会への恫喝訴訟とAG信徒による他教会の乗っ取り~


 ★アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団及び村上密氏の推進して来たカルト被害者救済活動の非聖書性とこの活動の暴走について

 罪と罰 カルト被害者救済活動はなぜ聖書に反するのか。
――杉本徳久氏によるクリスチャンへの聖書と法に基づかない虚偽の告発と
 カルト被害者救済活動が持つ反聖書的な意義についての考察――


 
カルト被害者救済活動はなぜ誤っているのか① 
カルト被害者救済活動はなぜ誤っているのか② 
カルト被害者救済活動はなぜ誤っているのか③ 
カルト被害者救済活動はなぜ誤っているのか④ 

  
★弱者救済の思想はなぜ危険なのか 
 
神と教会に敵対するクーデターとしての「弱者救済」の思想の危険性 ~アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による「弱者救済活動」はなぜ危険なのか~

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村上密牧師による鳴尾教会への不当な介入―アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動⑤

<伝道師の書簡 後半>

 今回の騒ぎに関する今までの経緯は以上ですが、派遣されて1年半ほど我々が経験して来たことを思いつくままに挙げますので何かの参考になさって下さい。

 先ず、生活環境に関してですが一番驚いたのは風呂がないという事でした。一年目は教会員に銭湯を経営しておられる方がおられましたので、その方の好意により、無料で入らせていただいておりました。ところが、昨年末にこの銭湯は廃業になり、我々は急遽、他の銭湯に行くことになりました。教会員のところではありませんので、⑭勿論自腹です。毎日ということになると正直、経済的に苦しいですので週に二三回になります。しかし冬場などはそれでいいのですが、夏場はそういうわけにはいきません。毎日入らないと大変ですので経済的には大変です。夫婦二人ですからそれでも我慢します。⑮しかし、子供が与えられたらどうすればいいのでしょうか。新生児を連れて銭湯に行くのは困難と思われます。

 勿論、伝道者ですから経済的な戦いも覚悟の上ですし、「あらゆる境遇に処する秘訣」も訓練される必要もあるのは分かります。今の伝道者は苦労が足りないと言われればその通りかもしれません。ただ、せめてお風呂くらいは自由に入りたいと願うのは贅沢でしょうか。

⑭ 私は「教会牧師館の風呂を使いませんか」と進めると、B師は「銭湯に行きます」と答えた。教会員の銭湯はその年の1月4日頃閉めた。A師への教会からの総収入を上げた。(月15万円から18万円に)

 
  (津村氏のこの反論には答える言葉を失う。これは津村氏の内心の冷淡さ、薄情さ、思いやりのなさ、想像力の欠如が極めてよく理解できる文章である。

 まず、牧師館の風呂を使うという問題は、極めてデリケートな問題であることに津村氏は想像も及んでいない。

 当時、牧師館には津村夫妻が住んでおり、伝道師は同じ教会の離れ(臨時の来客の宿泊のためのような狭い別室)を使っていた。牧師館に立ち入ること自体、伝道師夫妻にとっては津村夫婦の生活圏内に足を踏み入れることを意味し、それだけで気が重かったろう。さらに身内でもない他人同士が風呂を共有するということになると、どれほどの気兼ねがあるか分からない。

 また、不況とはいえ、今よりも給与水準はいくらか高かった当時のことであり、鳴尾教会は開拓伝道所ではなく、それなりに安定した規模の大きい教会だった。そこから見ても、伝道師の薄給には驚かされる。(B氏にA氏とは別の給与が支給されていたという事はないと考えられる。そこでこれは二人分の給与であろう。)このような中から日々の銭湯代を捻出するのは並大抵のことではないと誰にでも分かる。

⑮ まだ、この時点で子どもが与えられていないのに、想像で物を言うのは困る。もちろん役員会はそれなりに処遇していくことを考える。
 
  (ここでも、津村氏の冷淡な発言には驚かざるを得ない。「子供が与えられたらどうすればいいのでしょうか」という伝道師の言葉は、若い夫婦が子供を持ちたいと願うのは当然であるが、風呂もなく、夫婦二人でさえ狭い部屋で毎日をやり過ごすのがやっとの先の見えない暮らしの中では、その夢さえ躊躇せざるを得ないという苦しい心境を記したものである。
 二人は津村氏より若かったとはいえ、もし子供を持つとなれば、人生設計を急がねばならない年齢にあった。さらに、以下に示されている通り、B氏の妊娠という出来事もあり、子供の誕生は「想像」ではなく、極めて現実的な可能性だった。

 そのような伝道師夫妻の心境や立場を一切理解せず、子供の誕生のために準備したいという彼らの夢をただ「想像で物を言われても困る」と一蹴することしかできなかった津村氏の内心の冷淡さには、呆れるよりも、絶句するしかない。同氏がいかに伝道師夫妻の家庭が祝福されることを願っておらず、二人を人間として扱わず、単なる労働力のようにしかみなしていなかったかがよく表れている。)
 

 それから、私達が入った時、部屋のクーラーは完全に壊れていて使えない状態でした。建物の構造上の問題と西陽が差し込む関係で夏場は蒸し風呂のようになります。しかし、津村師は「先生方は〇〇(海外)におられたのだから、暑さは気にならないでしょう」ということで何の改善もされないままでした。誤解のないように付け加えますとこれは⑰昨年の話で今年クーラーは新しいものに交換されています

⑰ これは信者から「A先生はクーラーを修理してもらうんだと言っていた」と言うことを私が聞いたので、A師に尋ねた。「あのクーラーは駄目なんですか」A師が「はい」と言ったので私は会計に相談して、すぐに新しいクーラーに取り替えました。

(生活状況について伝道師は牧師に不満を言いにくい立場にある。だが、おそらく、それ以前の問題として、この時までに津村氏と伝道師との間では、日常のコミュニケーションさえ満足に取れない状態となり、伝道師は高額なクーラーの修理代のことなど津村氏にはとてもではないが言い出せない心境にあったのだろうと想像される。鳴尾の信徒は津村氏の性格をよく知っていたため、信徒の方で津村氏の配慮のなさを補おうと、橋渡し役となって伝道師の必要を探り出し、津村氏に伝えたのかも知れない。こうして信徒を介さなければコミュニケーションも取れないほどに、両者の間に溝が出来ていたことをよく物語っている。津村氏のワンマンで他人に理解のない冷淡な性格を考えると、このコミュニケーションの失敗を一方的に伝道師夫妻の側だけの責任として片づけるのは相当に無理があろう。)


 もう一つ、気になるのが郵便物のことです。私達の専用のポストはありません。従って、教会に来るすべての郵便物は津村師がとることになります。それは構わないのですが、よく私達に来たものも間違って持っていかれることがあります。時には封を開けられてしまうことも頻繁です勿論、悪気はないのは分かりますし、わざとではないことですから仕方のないことなのですが、それでもいい気はしません。プライベートな手紙もありますし。一度我々の玄関にポストをつけてもいいだろうかとご相談しましたが、断られました。理由は分かりません。

⑱ 私は2~3回開封してからA師の物であることに気づき、返すときに謝った。

(これも津村氏サイドからの相当に配慮を欠く対応である。他人宛ての郵便物を誤って開封すれば、謝るのは当然である。もし、故意に開封したならば、犯罪になりうる。津村氏が誤って伝道師宛ての郵便物を開封してしまったと気づいたときに、ポストを別々に分けておかなかったことや、その提案がなされたのに断ったという出来事を通して感じられるのは、津村氏が伝道師夫妻をまるで自分の子供か、私物や、小間使いのようにみなしており、二人のプライバシーを確保する必要性を全く感じていなかったということである。)


 結局のところ、これらの一番の問題は、教会の建物の中に二世帯が住んでいるということです。普通でも親子で同じ家に住むのは大変なことで問題が生じますが、他人と一緒に住むことはもっと大変なことと思われます。設備がそれなりに整っているならいざ知らず、⑲単に経済的にもったいないという理由のみで住まわせられているのが実情です

⑲ AB両師が赴任したとき、私は「少し狭くて悪いね」と言ったら、「私たちは学校の寮に住んでいたので大丈夫です」と答えた。私はそれを聞いて安心していた。ところが実はそうではなかったのがこの文章で分かった。

(津村氏のこの反論は、赴任直後の伝道師の発言を言い訳にしているに過ぎない。その後の二人の生活状況を一度でもきちんと自分の目で確認していれば、そのようなことが言えたかは分からない。同氏は部屋の狭さを予め知っていたのだから、それを耐え忍ぶよう要求するのでなく、状態改善の努力をすべきだった。ちなみに、この手紙では、風呂とクーラーのことしか触れられていないが、設備の不備はそんな程度にはとどまらなかったと思われる。十分な料理のできる台所や食事場所の欠如を考えれば、二人の生活の苦労は並大抵ではなかっただろうと想像される。)

 あと働きの面で気になることも幾つかあります。さきにも書きましたが、月に一二度打ち合わせのときがあります。津村師はその際、我々に「毎日の予定を朝・昼・晩書いて提出しろ」と言われます。私達もおっしゃられる通りに提出してきましたしかし、こちらの予定や、都合も考慮には入れてくれることもなく、途中で急な仕事が入ることがしばしばで予定表の提出は余り意味がありません勿論、予定は未定ですし、臨機応変に動くのも当然ですから急な用事に当たるのは構いません。しかし、あまりにも朝令暮改な事が多く正直振り回されます。これでは予定表をわざわざ提出する意味があるのでしょうか。一生懸命、集会の為にメッセージを用意していたら、㉑当日になって何の予告もなく急に津村師が奉仕されることもありました

⑳ A師に何か頼むときに、先生のスケジュールを知っていないと困るので書いてもらっていた。何かを頼むときは「A先生、都合はいいでしょうか」と尋ねて奉仕を依頼した。

(津村師はこの反論でも話をすり替えて答えている。ここでは津村氏の仕事の依頼の仕方の表現が問題になっているのではなく、同氏による伝道師への過剰なスケジュール管理と、朝令暮改なスケジュール変更が問題にされているのである。朝・昼・晩と日に三度も予定表を提出させることが自体が、ブラック企業やカルト団体を思わせる行き過ぎた管理であり、人の自由を過度に縛り、拘束しようとする行為だと言われても仕方がない。

 しかも、そのようにまで相手の行動の予定を綿密に報告させ、把握しておきながら、相手の予定に十分に配慮せず、一方的な変更を迫ることを繰り返すわけだから、予定表の提出の要求自体が嫌がらせと受け取られたとしても不思議ではない。)


㉑ 私は自分の奉仕だと思い込んでいたが、A師の当番であったのを忘れてメッセージをしてしまった。申し訳なかった。後で謝った。

(ここでも津村氏の反論は的を外れている。伝道師には日に3度も予定表を提出させておきながら、自分は説教の担当という最も基本的な予定の確認作業さえ十分でなかったのである。まずはその不公平をかえりみて恥じるべきであり、謝罪するしないの問題ではないのである。)

  また、休みに関してですが、一応打ち合わせでは月曜が基本的には休みということでした。しかし、月曜日は教区会は勿論のこと、地域の超教派の会議やイベントなどで休めないことが多いのです。月に一度、休めればいいほうで実際は㉒休みが全くない月のほうが多いくらいです。正直、疲れとストレスがたまり限界の状態です。何とか改善できないものでしょうか。

㉒ 月曜日が4週とも仕事になったのはそう多くはない。

(この津村氏の反論にも呆れるばかりである。まるで休みが取れないのは当然であり、休日を全部返上させたわけでもないのに、大げさに騒ぎすぎだ、とでも言いたげである。
 
 津村氏には、返上させた休日の代わりに代休を取らせるという考えもなかったのだろうか。月に1日程度の休日さえままならないとなれば、もはや過労死の危険さえある。この状況を異常と考えなかった津村氏には絶句する他ない。

 日に3度の予定表の提出と言い、週休1日さえ成り立っていない点と言い、ブラック企業顔負けの統制ぶり、酷使の実態が浮かび上がる。カルト団体とのそしりを受けても弁明はできないであろう。)


 説教に関しましても、文句がつけられるのはB師だけではありません。㉓私の説教も打ち合わせのたびに何回か批判されています勿論、ベテランの津村師からすれば私の説教に至らない点があるのは当然でしょうし、分校で「説教学」を教えられている程の先生ですので未熟な点は認めますし、ご批判は甘んじて受けます。しかし、こうすればもっとよくなるなどの具体的アドバイスがあるならともかくただの批判だけなら気が重くなるのも事実です。月に一度でも私に講壇を譲るのもかなりの抵抗がおありなのでしょうか。私の説教の後はいつもお機嫌が悪いのはこちらも分かります。

㉓ 私の記憶では1~2回指摘したことがある。

(これも津村氏がいかに伝道師夫妻を同労者として、また自分の後継として尊重していなかったかがよく分かる出来事である。同氏はB氏の説教の際には初回から「異端疑惑」を持ち出して厳しく叱責し、A氏の説教にも上から目線でケチをつけるばかりで、二人の説教に温かい励ましや、率直で謙虚な応援の感想を送ることがなかった。
 
 それどころか、津村氏は、まるでA伝道師が説教することによって、自分が出番を奪われ、存在を脅かされるかのように、苛立ちと焦燥感を募らせていた。男性の伝道者に対してもこうした反応しか示せないのだから、まして女性伝道師の説教を謙虚に聞くことが同氏にはどれほど耐えがたかったかは想像に余りある。

 津村氏には、自分が講壇に立って会衆を教えたいという欲求はあっても、自分も会衆や信徒の一人として、同僚の説教に謙虚に耳を傾け、そこから何かを学ぶべきだという考えは全くなかったのだろう。そもそも同氏には、自分が人を教えることはあっても、自分が謙って人から何かを教わるなど考えられないことであり、人に教えられること自体、我慢がならなかったのだろうと思う。

 まるで初代教会時代の律法学者やパリサイ人を思わせる高慢である。このような人には、「なぜ、人を教えて自分を教えないのか。」(ローマ2:21)というパウロの言葉が最もふさわしい忠告であろう。)


 今から申し上げることは理事会がどこまで把握しておられるのか分からないことなのですが、㉔今年の教会総会において急に教会主導で大阪市内の阪神沿線に開拓伝道を始めたいという話が出てきました。全くの寝耳に水で私たちにも役員にも聞かされていないことでした。そこには老夫婦と一姉妹の家族が住んでいるのですがまだまだ群れが形成できるような状態ではありません。一度は物件が見つからないのと、信徒の理解不足?ということで開拓も諦められたようでした。ところが最近、またも開拓のために物件を探しておられるようなのです。㉕私達としては何故、この時期に開拓なのかと理解しがたいところです。勿論、開拓の働きは大いに奨励されるべきですし、信仰的ともいえます。ただ何故、この時期なのかと言う点で疑問が残るのです。現在、鳴尾教会にそこまでの財政的裏づけがあるとも思えません。津村師への退職金、新しく会堂建築するための財源の確保等を考えると余りにも時期尚早な感じがします。もし、㉗津村師夫妻が開拓伝道という名目で引退後の住居を教会の財源から捻出しようとしておられるならばこれは明らかに教会会計の私物化と批判されても仕方のないところです。私達の取り越し苦労ならよいのですが。〇〇教会の前例もありますし、気になります。もし津村師が役員会の反対を無視して開拓に乗り出そうとした場合、教会秩序上、我々はどうすればいいのでしょうか?

㉔開拓伝道については、まず役員会で提案して決めた。役員記録に残っているので、A師の指摘は間違っている。

(ここでの津村氏の反論は事実としては正しいかも知れないが、その役員会さえも形骸化していたことを考えると、開拓伝道の話は十分に議論されて決まったとは言えない。津村氏はたとえ役員相手であっても、物事を十分に説明して、同意を得てから事を進めるということがなかったため、いつものように十分な議論がないまま、津村氏の鶴の一声だけで話が進んでいった可能性が十分にある。)


㉕ 千舟の家庭集会の責任を持っている姉妹かが、「千舟に教会がないので教会が欲しい」と言うので、私は建物などについて検討した。ある時、A師に開拓伝道のことを尋ねたら、「私は出来ません」と断った。私は同労者(A師)が反対するので開拓伝道推進が消極的になった。

(ここでは、津村氏が自ら提案した開拓伝道の実行を伝道者任せにしようとしていた姿勢が浮き彫りになる。もし信念を持って提案したことならば、津村氏には伝道師に反対されても一人で実行するほどの決意があってもおかしくなかった。ところが、伝道師が賛成しないと早々に諦めてしまうところを見ても、この提案は、どちらかと言えば、津村氏が信徒の要望に流されて行っただけのものであり、深い信念の裏付けを持って発せられたのでないことが分かる。)

㉖ 何の財政的根拠を持ってこの発言をするのか示して欲しい。私は財政的根拠があって考えていた。

(この津村氏の反論から推測されるのは、千舟に教会が建てられるなら、建設資金を提供しても良いなどの提案が信徒の側から行われたかも知れない等のことである。

 だが、仮にそのような話があったとしても、財源の問題は極めて重大であるから、津村氏は自分が把握している「財政的根拠」とは一体、何なのか、具体的な詳細を伝道師によく伝えて、予め教会内できちんと議論すべきだったろう。

 しかし、いつものごとく、津村氏はこうした具体的な詳細を自分の方からは何も明かそうとしないまま、周囲の人々が不安や憶測の中で行動するしかない状況を作り出し、そうしておきながら、人々が憶測でものを言っているだけだと非難するのである。)

㉗ 何の根拠があってA師はこういう事を言うのか判断に苦しむ。

(ここでの伝道師の発言も、津村氏の無責任であいまいな言動が引き金となって起きている。津村氏自身が自分の引退について何ら明確な発言をしないために、津村氏の引退後の住居等の確保の方法について、教会内で公にきちんと話し合うことがはばかられる状況(そもそも津村師の引退について話し合うこと自体がタブーであるような教会の雰囲気)が作られ、この問題については誰もが憶測でしかものを言えない状態となっていた。

 ちなみに、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団では、ひと昔前、牧師たちは教会に定住せず、一定期間が過ぎると、別の教会へ移動しなければならない決まりになっていたという。そこで、一つの教会にずっと同じ牧師家族が住み続けて、教会が牧師の「終の棲家」になることはなかった。さらに、その当時は教会の規模もそう大きくはなかったので、牧師が信徒からの献金だけに依存して暮らすのは困難で、副業によって生計を成り立たせる例は珍しくなかった。

 ところが、同教団ではそのような制度がいつの頃からかなし崩しになり、牧師たちは教会から移動することを拒むようになり、さらには教会が一定の規模に達すると、牧師家族全員の生活費が、教会会計から捻出されるのが当然の習慣となった。その頃から、教会はあたかも主任牧師の私物や財産のようにみなされるようになって行ったのである。

 だから、「教会会計の私物化」という問題は、津村氏に限ったことではなかったのだが、まだこの当時は、そのようなことを恥ずべき習慣とみなして忌避する空気も少しは教団内に残っていたと見える。

 こうして、教会が牧師のための「終の棲家」とみなされるようになり、牧師の引退後も、教会が一生彼を支えなければならないという暗黙の慣習の圧力に加え、津村氏自身がどのような引退後の生活プランを思い描いているのか、自分からは何も明かさないという不透明さから、開拓伝道という名目で新たな教会を作ることは、津村氏の引退後の生活の確保の一環なのではないかという憶測が生まれるのは不思議ではなかった。新しい教会が生まれることは、その教会にはどの牧師が住むのかという問題と直結していた。

 実際、鳴尾教会にはスペースの問題だけを取っても、いつまでも牧師と伝道師の二世帯がそこに住み続けるのは無理であることは明白であった。そこで、伝道師には、突然、降って湧いたような開拓伝道の提案は、「開拓伝道を成功させて私たちの引退後の住居を確保してくれれば、鳴尾教会はあなたたちに譲って私たちは移動してもいい」という津村氏からの暗黙の提案のようにも受け取られたのだろう。

 だが、そうなると、問題になるのは、新たな教会にはただ会堂(土地と建物)だけでなく、牧師家族の生計を支えるための財源が必要だということである。十分な信徒数が確保されていない開拓伝道からの出発だと、その財源を捻出できるとは言い難い。

そうすると、津村氏への退職金に加え、同氏の引退後の生計を支えられる財源は、鳴尾教会の会計しかない。伝道師はそのように教会にとって半永久的に重い負担となりかねない不確かな提案を実行に移すわけには行かないと判断したのである。)

㉘ 私は役員会の反対を押しきって進めたことは一度もない。そんな事が出来ると思っているのか。私は退職金のことを一度も役員会に相談したことがない。こんな事実でないことを想像して牧師を批判するとは、伝道師のすることだろうか。大きな問題である。

(ここでの津村氏の反論も当たらない。何度も述べて来たように、津村氏の圧倒的な説明不足がいつも原因となって、周囲はその説明のなさを「想像」で補いながら行動するしかない状況に追い込まれたのである。役員会は、津村氏のワンマンぶりに引きずられて、ものが言えず、機能不全に陥っていた。そもそも津村氏が全く議論のできない人だったので、同氏とは誰も複雑な要件についてきちんと話をすることができず、十分に物事を審議するための土台そのものが存在していなかったのだと言える。

「退職金のことを一度も役員会に相談したことがない」と津村氏は反論しているが、それこそが、極めて深刻な問題なのである。牧師が自分の退職金や、引退後の生活プランについて、自分は何を望んでいるのか、何ら意見表明もせず、教会全体にとって極めて重要なこの問題に何の明確な指針も示さないからこそ、信徒の側は常に不安な状態に置かれ、憶測でしか行動できなくなっているのだということに津村氏は考えが全く至っていない。

 役員の方では、このようなデリケートな問題を自分から提起して牧師に返答を迫るわけにはいかず、さりとて四十年近く牧会した牧者に退職金を払えず引退後の住居の世話もできないと断るわけにも行かず、退職金の問題を持ち出すこと自体が、あたかも牧師に引退を迫っているかのような印象も与えかねないという恐れもあり、何よりも、津村氏自身は一体何を願っているのか全く分からない中、何を解決として持ち出すべきかも分からず、ただこの問題を心の重荷として抱え続けていたのである。

 つまり、牧師が自ら引退と退職金について全く口にしないことが、逆に、彼の意を忖度して行動せよという暗黙の要求のように周囲には映っていたが、その暗黙の要求を完全に察知して応えうる人間は誰もいなかったので、この問題は、教会全体の重荷となっていたのである。)


もう既にお聞き及びのことと思いますが、B師は昨年、流産しました。結婚六年目にして諦めていた頃に初めて与えられた赤ちゃんでした。全ては神様の御手の中にあることですが、〇〇歳を目前にした女性としてはかなりショックだったようです。それが環境からくるストレスによるものかどうか、その因果関係は分かりません。最近になって立ち直りつつありますが、退院してすぐ医師から「少なくとも一カ月は安静にしているように」というお達しを頂いているにもかかわらず、㉙津村師は退院したその日に「B先生はいつから働けますか」と本人に尋ねられるような環境では落ち着いて静養もできません。㉚静養中も因みにクーラーのない蒸し風呂の中でした。

㉙ 私は「先生、奉仕が出来るようになったら教えてね」と尋ねたのである。主管者としては当然である。

(津村氏のこの冷淡極まる反論について多くの言葉は必要ないだろう。そもそも狭い部屋で、風呂もクーラーもない蒸し風呂のような暮らし、さらに月に1日の休みさえ満足に取れない過酷な労働条件、説教を担当してもひどく叱責され、日々の行動も厳しく管理され、自由もなく温かい励ましもない生活が、妊婦にとってどれほどの負担であったかは指摘するまでもない。

 さらに子供を失った直後の女性を目の前にしても、慰めと励ましの言葉を述べるより前に、「奉仕について尋ねるのは、主監者として当然である」とする津村氏の態度には、彼の冷淡で無感覚で無慈悲な人柄がよく表れている。同氏には自分が指導者である以前に、人として他人に接している自覚がまるでない。人間的な血の通った温かい感受性が麻痺しているのみならず、普段から、B氏に対しては憎しみにも近い感情を抱いていたのではないかと推測される。

 私の記憶では、津村夫妻も子供を失った経験があり、その体験を礼拝説教で語っていたこともあったように思う。もしそうであれば、本来は、同じ苦しみを経験した者として、他人の痛みに対する同情や、温かい励ましの言葉を豊かに持っていたとしても不思議ではない。

 
 もし津村氏が普段から人としての思いやりに満ちた態度を取っていれば、B氏の退院後、同氏が奉仕について投げかけた質問が、心無い仕打ちと受け止められることもなかったであろう。

 だが、津村氏は自らの冷淡さを指摘されても自己正当化に終始するだけで、相手の痛みに気づいてやれなかった自分の心無さを悔やむ気持ちは皆無である。
 
 そんな同氏が、B師の流産をきっかけに、自ら伝道師夫妻に強いた過酷な生活、伝道師に与えた過度なストレスなどに思いを馳せて反省するはずがないことは明らかであった。

 津村氏は伝道師夫妻を人として扱わず、単なる労働力、下働きとしかみなしていなかった。彼らの人間としての幸福のことなど、どうでも良かったのである。)

㉚ なぜ、クーラーが故障していることを牧師に言わなかったのか。これは被害者意識の強い文章ではないか。

(ここでも、津村氏は、伝道師とうまくコミュニケーションが取れなかった責任を伝道師だけに押しつけている。だが、たとえ伝道師が自ら言い出さなかったとしても、もし一度でも、津村夫妻が、静養中のB氏を見舞うために彼らの居室を訪問していたならば、クーラーの故障に気づかなかったはずがない。つまり、津村師夫妻は、同じ教会に住んでいながら、AB氏の生活の場を一度も訪れたことがなかったと見られる。これも津村氏夫妻の他人への極度の冷淡さ•無関心さをよく表す事実であると言えよう。

 にも関わらず、「被害者意識の強い文章だ」という津村氏の弁明には呆れて笑ってしまう。しかも、これはプロテスタントのキリスト教界の牧師たちの不祥事を告発し、教会のカルト化を憂い、被害者となった信徒らを「救済する」という名目で、「カルト被害者救済活動」を繰り広げている村上密氏の義理の父の言葉なのである。

 これが、カルト被害者を救済すると言っている人たちにふさわしい言葉なのであろうか。他の牧師たちの悪事だけは厳しく告発しておきながら、いざ自分たちの冷淡さが咎められる段階になると、たちまちそれを他人の被害妄想だと言い訳して、無責任に逃げを決め込むつもりだろうか。そんな彼らがどうやって被害者を理解し、助け、「カルト被害者救済活動」など行えるのだろう。他人の被害者意識を否定するならば、信徒の被害者意識を利用して自らの儲けの手段とするなどナンセンスである。そんな活動はさっさとやめればいいことである。)


  私も昨年の赴任してすぐの五月以来、痛風にかかっています。今でも時々足の指に激痛が走ります。医者の話ではアルコールを飲まない人が痛風にかかるケースで、しかも若い人の場合は十中八九、ストレスが原因だろうとの診断でした。しかし、㉛津村師は事ある度に「病気にかかるのは健康管理がなっていないせいだ」とか「不信仰だ」とか申されます

㉛ 私は「健康管理は自分でしないといけないですよ」と強調したのである。「不信仰」などと言った覚えはない。信徒に対してもそういった事は一度もない。

(津村氏が「病は不信仰の産物だ」とする考えを持っていたかどうかまでは記憶にないが、少なくとも、はっきり言えることは、週に1日の休みさえ十分に取れない過酷な労働条件を押しつけておきながら、「健康管理は自分でしないといけないですよ」などと言って、健康状態の悪化をただ労働者側の自己責任にして終わらせようとするのは、カルト団体やブラック企業の屁理屈だということである。

 若い人が痛風などという病気になった時点で、労働・生活環境から来るストレスを津村氏は疑うべきであったが、そうなってもまだ環境の改善について全く思いを馳せなかったことは、同氏の呆れ果てるほどの冷淡さ・残酷で無慈悲な性格をよく表している。)


   私達二人の共通の感想としては長年、伝道牧会で苦労しておられる方であるはずなのに何と温かみがなく、人の痛みの分からない先生なのだろうかと嘆かわしく思います。

(全く同感である。長年、津村氏を知っている者であっても、反論の言葉がない。ちなみに、このことは、津村氏の娘である恵子氏にも同様にあてはまる。津村夫妻は、人として様々な痛みを経験して来ているはずなのに、驚くほど思いやりや、感受性や、愛情に欠け、他人の痛み苦しみに対する基本的な共感能力、自分とは異なる立場に置かれている人々の心中や境遇を理解する配慮や想像力が決定的に欠けているのである。

 その結果として、彼らには何かしら恐ろしい感情の硬化、感情の抑圧が起きており、特に、他者の痛みに対しては、全くと言っていいほど冷淡・無慈悲・無感覚な態度を示すのである。
 ただ人の痛みに無感覚であるだけでなく、さらに進んで、一旦、自分の配下に置かれた人間であれば、永久に痛めつけて苦しめようとするサディスティックな願望さえ見られると言って差し支えなかった。)


  以上のような話から理解いただけますように津村師と我々の関係は消して良好とはいえません。思うに津村師が我々をやめさせたい二つの理由も具体的な理由というよりはむしろ、津村師自身の感情的な部分が大きいと思っております

  勿論、我々が未熟な点、人間関係での歩み寄りが足りなかった点などはあると思います。努力が足りないと言われればその通りかも知れません。しかし、これが私達の体験してきた偽らざるところです。今後における、教団の継承問題について、何かの参考にしていただければ幸いです。

 
㉜ 決して根拠のない感情的な理由からではない。私は私個人の問題としてではなく、今後の教会のことを考えて、A師を後継者と判断できなかった。

(津村氏はここでAB伝道師を「後継にふさわしくない」と判断したことは「決して根拠のない感情的な理由からではない」と述べているが、その割には、津村氏の反論全体を読んでも、同氏の主張の正当性を裏付けるだけの具体的で信憑性のある「根拠」は何も示されていないのである。

 さらに「今後の教会のことを考えて」そう判断したと津村氏は述べているが、事実は逆で、同氏がこのような判断を下したためにこそ、津村氏自身も引退へ追い込まれる羽目になり、鳴尾教会はその後も長年に渡り続く混乱に突き落とされたのである。それでも、津村氏はこの決断が「今後の教会のことを考えて」行われた正しいものであったとあくまで主張し続けるつもりなのであろうか?

 おそらく、ここで津村氏の言う「教会」とは、信徒らのことではなく、津村氏自身のことを指しているのに違いない。

 津村氏の言う「今後の教会のことを思って」とは、「今後の自分のためを思って」と同じ意味なのである。津村氏はおそらく、自分自身を鳴尾教会と同一視していたのではないか。彼にとって教会とは信徒の総意によって作られるものではなく、ただ同氏の意志だけによって成り立つべきものと見えていたのではないだろうか?

 「今後の教会のことを考えて」津村氏は、AB伝道師を鳴尾から追放した。「今後の教会のことを考えて」、津村氏と村上氏サイドは、後任の山田牧師夫妻も鳴尾の後継者にふさわしくないと判断し、異端者の疑惑をかけて中傷し、追放を試みた。「今後の教会のことを考えて」、彼らは鳴尾教会がアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団から離脱を決めた際、これを全力で阻止し、裁判までしかけ、教会をとことん弱体化させてでも、自分たちの手中に取り戻そうとしたのである。

 このような津村氏+村上氏サイドの鳴尾教会への異常で偏執的なこだわりは、津村氏が永久に鳴尾の牧者でい続けたいと願っていたために生まれたものだしか思えない。同氏はこの教会を誰にも譲り渡すつもりがなく、鳴尾教会と自分自身を同一視していればこそ、引退後でさえ、同教会が自分を離れて他人の牧会に委ねられることが我慢できず、こうした一連の事件を引き起こしてでも、手元に引き止めようとしたのではないかと思われるのだ。もし、それでも教会が彼のもとに戻って来ないというならば、いっそ消滅させてやりたい。村上密氏はそんな津村氏の心中を理解し、彼の意向を受けてそれを暗闇で忠実に実行に移せばこそ、鳴尾教会に今日に至るまであらゆる卑劣な方法で打撃を与え続けて来たのである。

 ここには何かしら理屈を超えた空恐ろしい執念、まるで霊的「呪縛」にも等しいしがみつきが感じられる。一体、もし地獄からの影響力でないなら、そんな執念がどこから生まれて来るだろうか。)



  以上のことを踏まえて今後の教団の後継問題に関して個人的な提案をさせて頂きたいと思います。勿論、個々の事例はケースが違うでしょうしどこまで適用できるか分かりませんが。

 先ず、前任者がいつ引退なさるのか定かではない場合は、簡単に後継者を派遣しない方がよいのではないかと考えます。というのは若い伝道者を入れることで牧師はますます仕事が楽になり、自分はまだまだやれるという気持ちを起こさせ引退の意志をにぶらせます。㉝(私たちの派遣以来、津村夫妻はセミナーだ大会だ海外だと教会を留守にすることが多くなりました)下手な派遣は無用な延命措置にもなりかねません。それならば、気力と体力が続く限り納得の行くまで、ご自分一人でなされた方がよろしいのではないでしょうか。勿論、その結果、教会の教勢が下降線をたどることは十分考えられますが、それくらいのリスクはご自分の責任ですからやむなしとするべきです。それでも大教会は底力がありますから、牧師が変わった時点で教勢を盛り上げるだけのエネルギーはあると信じます。

㉝ 私はA師が赴任するずっと以前から、セミナーや大会に出席していた。また、海外旅行をしている。

(この津村氏の反論も的を外れている。伝道師夫妻に月1日の休みも満足に取らせずに、自分たちだけセミナーや海外出張に行っていたことが問題なのである。そんな暇があるならば、教会内奉仕を手伝うべきであった。さらに津村氏がこうして出席していた大会やセミナーも、当時、教団が積極的に後押ししていた「ベニー・ヒン ミラクルクルセード」のような怪しい非聖書的なムーブメントだったのだから、それは教会に益をもたらすはずもない、無意味でむなしい活動であった。)

㉞ 大変非礼な発言である。

(伝道師の主張は、確かに思い切った発言ではあるが、彼らが当初は津村氏の引退を条件に鳴尾に招かれたのに、津村氏によって使い捨て雑巾のように粗末に扱われ、約束を裏切られた上、密室で異端の嫌疑までかけられて悪者扱いされて追放されようとしている心境を思えば無理もないことである。
 
 残念ながら、鳴尾信徒の方でも、津村氏の引退に関しては、伝道師と同じように感じていた。すでに述べた通り、信徒らにとっても、津村氏が一向に引退する意志を示さないことが、相当な重荷になっていたのである。鳴尾には若い後継者の育成が必要であり、そのために、津村牧師の適宜引退が望まれていたのに、津村氏だけが、その要求に耳を貸そうとせず、いつまでも自分は講壇に立ち続けたいと願い、それが可能だと信じ切っていた。

 高齢になっても自分の限界を自覚することもなく、信徒らの要望には全く耳を貸そうともせず、全ての課題は自分以外の者に押しつけ、ただ周囲に一方的に自分に従うように求め、後学が来ても潰し、誰にも道を譲ろうとしない。そのような牧師に対しては、どうぞ気が済むまでお一人でやって下さい、という言葉の他に、かける言葉はない。

 非礼なのは、津村氏の方である。常に村上密氏を利用しては、重要な約束を証拠も残らない密室で相手に伝え、その約束さえ裏切って、教会に派遣されて来た伝道師を自分の雑用係のように使役し、気に入らなくなったからと言って、一方的な疑惑をふっかけて悪者にして追放し、信徒らに対しても何の説明もなく、ただ自分の一存だけで行ったことを、あたかも伝道師の自主的な決断のように見せかけ、自分の本当の行いと動機をずっと隠したまま、いつまでも教会を私物化し続けようとした津村氏こそ責められるべきだということに、同氏は全く気づいていないのである。)


  第二に四人の伝道者、牧師をいつまでも雇うことは日本の教会の規模では教会の経済負担が余りにも大きすぎます。勿論、その分、伝道に力を入れて教勢をあげればいいと言うのは正論ですが、長年の伝統がある中で手かせ足かせをされ、㊱経済的裏づけもないまま青年伝道をしろ、日曜学校をしろと言われても実際は困難です。㊲出すアイデアをことごとく否定されるのではどうすればいいでしょうか

㉟ A師は何を手かせ、足かせと考えているのか分からない。

(当時の鳴尾では、誰よりも指導者である津村氏自身が、自分の作り出した旧来のスタイルを守り抜くことに最も重きを置く超保守的な態度だったので、新しい発想を柔軟に受け入れられるような素地は、教会内に形成されていなかった。信徒も高齢者が多く、新しいイベントを起こそうにも、必ず反対が起きた。このように改革を阻む伝統的で保守的な雰囲気を打破して、後から来た者が率先して組織に新しい空気を吹き込んで行くのは並大抵の苦労ではない。)

㊱ 青年伝道会計と日曜学校会計で予算を取っている。青年伝道会計はA師が預かっていた。毎月10000円の収入、SSは15000とっている。必要ならば役員会で検討して増額は可能である。このように経済的裏づけがあるのに、A師がこう発言するのはおかしい。

(上記の予算は、伝道師の一存で使い道を決められるようなものでなく、記憶によれば、青年伝道と日曜学校の現場にいる信徒らで常に話し合って使途を決めていた。そこで、これらは最終的にはA氏の監督下にあったとはいえ、それは名目だけのことであって、A伝道師の自由裁量に任された財源ではなかった。新しいイベントを起こすためには、従来の予算では足りないことが明白であるが、それ以前の問題として、津村氏は青年伝道や日曜学校の今後の展望の問題を、まるで他人事のように現場に丸投げしていたため、教会全体としてこれらをどう変えて行くのかという展望がなかった。さらに改革を拒む雰囲気もあった。このように、具体的なプランがなく実行以前の段階のものについて、予算請求できるはずがなかった。)

㊲ どういうアイデアを出したのか。「こんなん駄目だ」とこごとごく否定した覚えはない。方法を変える必要があることはのべた。

(津村氏自身、伝道師からどういうアイディアが出されたのか記憶にないのであろう。下からアイディアをあげさせてはダメ出しするばかりで、自分自身には具体的展望もなく他人任せだったことをよく表している。)


  第三に、もし後継者を入れるのであるならば、その前に牧師と役員の話し合いの場に理事も入って戴いて牧師は何年後に引退するという確約をはっきりといただくべきだと考えます。その場合も後継の先生のプライベートを確保するためには最低、㊳別にアパートかマンションを借りる配慮がほしいと思います。夫婦者ならばなおさらのことです。そうでないと精神的ストレスがお互いに余りにも大きすぎます。

㊳〇〇伝道師のとき(注:AB両師以前に鳴尾に赴任した伝道師のこと)、信徒のマンションを紹介したが、師は教会で良いと言われた。

(これも反論になっていない。◯◯伝道師は鳴尾への派遣当時、独身であったのだから、当然、妻帯者と同列に論じるべきではない。

 後継問題については、開かれた公の話し合いの場で、具体的条件提示がなされるべきであり、村上密氏が密室で介入すべきでなかったのは繰り返すまでもない。)


  第四に後継と言っても実際、㊴我々は今のところ具体的なことは何一つ教えられておりません。信徒との人間関係が強くなった点では意味がありました。しかし、その程度のことなら何年もかけて引き継ぐ必要はないように思います。大教会というのは役員がしっかりしています。牧師が急に変わっても順調に機能していくのではないでしょうか。いずれにせよ、何年間かのスパンをおいて後継を潤滑にするという考えはいかがなものでしょうか。

㊴ A師が正教師を取った後、来年は主管者にという希望を持っていることを個人的に話したが、その後、いろいろな問題点が判明し後継を断念せざるを得なかった。

(このことについても繰り返す必要がない。津村氏には最初から引退する意志がなかったのである。)

 第五に引退に際して、一番の問題となるのは、㊵退職金のことです。不況が続き、教会内も高齢化が進んで、年金暮らしの人が多い中、退職金の話は非常にデリケートな問題です。やはり理事会に中に入っていただいた方が無難ではないかと思います。

㊵ 私は退職金については一度も役員会に言ってはいない。転任する者の役員会に対する干渉である。

(「転任する者の役員会に対する干渉」という津村氏の言葉には、村上密氏を通した策略が功を奏して、伝道師らに異動届を自主的に出させたことを、まるで鬼の首でも取ったように勝ち誇っている様子が見受けられる。不都合な後継は追い払ったので、鳴尾は自分の好きにさせろというわけである。

 「役員会に対する干渉」という言葉も、事実上、津村氏が役員会を私物化していた状況をよく表しているように思う。津村氏はあえて退職金について明確な希望を述べないことにより、役員会を同氏の意向を忖度して動く機関へと変えてしまっていたのである。

 津村氏のこのやり方は、村上密氏と同様である。重要な問題について、あえて明言しないことによって、自分から何かを要求したという形跡を残さず、あたかも信徒らの方から自主的に提案がなされたような形に持っていく。故意に重要な話をあいまいなままにしておくことによって、周囲の者を不安な心境に陥れ、結果として、自主性を装いながら、自分たちの意向を忖度して行動するよう仕向けることが、彼らのマインドコントロールのテクニックなのである。)


  幸い、私は牧師師弟ですので〇〇(家族)に相談できました。しかし、何の相談相手もない場合、あとから派遣された伝道者は泣き寝入りするしかないのでしょうか主管から一方的に悪者扱いされ、闇に葬られてしまわないとも限りません。今後、こういう事態が起こらないように継承問題には細心の注意を払ってご配慮いただきますように提案させていただきたいと思います。それを避けるためには、理事者とザックバランに本音を語れる場があるといいと思われます。

(残念ながら、教団はすでに当時、このような良心的な忠告に耳を傾けるには手遅れな状態にあった。津村氏と村上密氏の結託、村上氏の暗躍により、鳴尾教会のみならず、教団自体が彼らの思うがままに操られる危機的状態に至っていたのである。

 AB両氏が津村氏に睨まれながらも教団を追放されずに済んだのは、ただ彼らが村上サイドからの取引に応じて自主的に異動届を出して鳴尾を去ったためだけでなく、彼らには村上密氏と関わりのない別の牧師師弟のネットワークがあったためと思われる。もしそれがなければ、A氏の述べている通り、彼らは間違いなく津村氏と村上氏により「一方的に悪者扱いされ」、汚名を着せられて「闇に葬られていた」ことであろう。)


 尚、ここに書いたことの一部はB師が以前一度、㊶理事長に直接電話で相談したことがあります。理事長は誰にも他言しないということで聞いてくださいました

㊶ 理事長が「誰にも他言しない」ような内容の文章が、なぜA師から鳴尾の信徒に渡っているのか理解に苦しむ。

(津村氏は、まるで伝道師が信徒らを「扇動する」ために、この手紙を故意に信徒らに配布したとでも言いたげである。

 しかし、理事長が「他言しない」と約束したのは、B氏の電話相談の内容についてであり、それも伝道師夫妻のプライバシーに配慮しての約束であったと考えられる。津村氏の評判をおもんばかって、相談内容を「内密にしておくよう」理事長が伝道師夫妻に忠告したわけではないのである。

 また、この書簡は総務局長に宛てられたものであり、この書簡の内容について、「他言しない」との約束を負っている者は誰もいない。

 確かにこの書簡は、教団側から配布される前にすでに信徒らに存在が知れていた。だが、そうなったのも、津村氏が信徒らの頭越しに、教会内できちんと物事を議論せず、信徒らの同意もないまま、不明な理由でAB伝道師を追放しようとしたことがきっかけとなって起きたことである。

 いかに表向きは伝道師らが自主的に異動届を出した形になっていても、鳴尾信徒らは誰もそれが伝道師の本意だとは思っていなかった。そこで、この決定に納得できないものを感じ、その背後には、津村氏の暗黙の意向が強く働いていることや、深い暗闇があることを察知して、真相を追求しようと試みたのである。伝道師の方でも、弁明の機会も与えられず密室で悪者とされたまま、信徒らに釈明もなく無責任な態度で鳴尾を去るわけに行かなかったのは当然である。

 こうした事態は、津村氏がきちんと物事を教会内で公に議論した上で、信徒らの納得を得てから進めていれば、決して起きなかった。従って、同氏は、自らの独善的な牧会が原因で引き起こされた事態について、伝道師や信徒らを一方的に責められる筋合いにはないのである。)

  <略>

 よろしくお願いいたします。2001年10月20日
 
 伝道師A・B

<書簡 終わり 次回に続く>

村上密牧師による鳴尾教会への不当な介入―アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動④

先に述べたように、「鳴尾教会事件」とは、津村昭二郎牧師の後継者となるべく、教団から正式に鳴尾教会に派遣され、信徒からも期待を寄せられていたAB伝道師夫妻が、教会内での公の議論も手続きもなしに、不透明な理由によって、他教会に異動せざるを得なくなったことをきっかけに、2001-2002年に鳴尾教会で持ち上がった混乱のことである。

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、鳴尾信徒らの要請に基づき、なぜこのような顛末となったのか、理由を説明し、事態を収拾するために、以下の資料を鳴尾信徒らに配布した。

この文書は、津村牧師の采配の下で、自分たちの置かれていた苦しい立を訴えるために、AB伝道師夫妻が教団の責任者に宛てて送った書簡である。

ここには、鳴尾問題の発端となった津村氏の引退にまつわるいきさつ、津村氏のワンマン教会運営ぶり、津村氏から伝道師夫妻にかけられた理不尽な嫌疑、津村氏から伝道師夫妻に対する理不尽な扱い、伝道師の置かれていた過酷な生活状況、さらには教団理事であり津村氏の義理の息子であった村上密氏による鳴尾教会人事への度重なる密室での公正さを欠く不透明な介入等の具体的な詳細がよく示されている。

この書簡には、教団から配布された時点で、津村氏からの公式な反論も併記されていた。そこで、これは決して一方的にAB伝道師の主張だけに肩入れした不公平な資料とは言えない。しかし、すでに述べた通り、津村氏の反論を考慮しても、なお依然として、津村氏が自らの後継者として派遣されたAB伝道師夫妻をなぜ「後任にふさわしくない」と断定して鳴尾から追放せねばならなかったのか、相応の重大な理由が存在したとは誰の目にも理解できないのである。

むしろ、この資料を通して浮かび上がって来るのは、信徒からも信頼を得ていたAB伝道師を鳴尾から異動させるという重大な決定を、鳴尾の役員会で審議することもなく、鳴尾信徒には一切相談も説明もなしに独り決めしてしまった津村氏の独善的な牧会の抱える重大な問題、および、それに便乗するような形で、当時、教団理事であったとはいえ、鳴尾教会内では何ら公の資格を持っていなかったにも関わらず、あたかも自分が津村氏の代理人であるかのように、鳴尾信徒を徹頭徹尾蚊帳の外に置いて、鳴尾教会の人事に不透明な介入を繰り返した村上密氏の信頼性に欠ける行動の問題点である。

こうした津村氏と村上氏の信頼できない行動と、AB伝道師が津村氏の下で強いられていた過酷な生活条件を見るときに、津村氏及び村上氏が両伝道師にかけた様々な疑惑は、決して根拠あるものとは言えず、むしろ、AB伝道師を都合よく鳴尾教会から追放するために作られた口実だったと見るのが適当であると思われてならない。

なお、文中の赤字は筆者による強調津村師からの反論は紫字、さらに筆者の注釈は青字で加えた。個人名と地名は伏せ、伝道師夫妻の名前は便宜上A師(夫)B師(妻)とする。

 



「教団総務局長 内川 寿造先生


内川先生、先日は突然のお電話、失礼しました。今までの経緯について、順を追って出来るだけ➀客観的に事実を報告させて頂いた方がいいかと思って改めて文書にしています。

➀ 事実だけではなく、想像して記載されている部分が多い

(残念ながら、この資料において、AB伝道師が事の次第を極めて丁寧に詳細に説明しているのに対し、津村氏からの反論はその10分の1にも満たないごくわずかな量であり、とてもではないが、事実関係を丁寧に説明した信憑性のあるものとは言えない。

 この他にも、津村氏が教団に宛てた手紙も鳴尾信徒らに配布されたが、そこにもこの資料以上の具体的な反論は何も記されていなかったので割愛する。

 上記のような津村氏の短い反論を通しても明らかになるのは、同氏は普段から何事についても圧倒的な説明不足であった(もしくは説明しようとの意欲が不足していた)という問題である。
 
 津村氏は教会内で物事を決める際にも、きちんと物事を周囲に相談し、予め十分に周囲の納得を得られるように説明することがほとんどなかった。むしろ、説明抜きに、自らの意志を一方的に押し通してしまうことがほとんどであったと言える。
   そういった事情から、鳴尾信徒らは常に津村氏の説明不足の部分を「推測」や「想像」で補いながら、同氏の心中を忖度して行動するしかなかったのである。

 それは伝道師も同じであったろうと見られる。従って、たとえこの手紙でAB伝道師が「想像」で何かを書いている部分があったとしても、それは津村氏の説明不足が原因で引き起こされたことであり、伝道師の「想像」が先走りした結果ではないのだと言える。

 だが、むろん、津村氏自身はそんなことには全く思いが至っていないことは言うまでもない。) 

   
    実はAPTSを卒業する前に七条教会で村上師と卒業後のことについて話し合う機会がありました。2000年の冬だったと記憶しています。村上師の話では、「津村師は二年後に引退する意志がある」「引退は鳴尾教会の役員も承知のことである」「その上でA師を鳴尾教会の後継として招聘したい」「礼拝説教も少なくとも月に一度はA師に任せる。二年目からは月に二度は依頼する」との事でした私達は当然、村上師個人の見解というよりもむしろ一理事の発言として理解しました。我々としては卒業後の任地に特に希望はなく地方教会でも小教会でも構わないという考えでしたので、何故鳴尾なのだろうかと戸惑いましたが、理事の見解がそうであるならと祈りつつ備えました。

(ここから、AB伝道師の鳴尾教会への赴任前、村上密氏がAB伝道師を呼び出して、鳴尾教会への派遣の際の具体的な「条件提示」を行なっていたことが分かる。

 その条件とは、 
1.津村氏は二年後(2002年)に引退する予定
2.津村氏の引退には教会役員も同意済である
3.津村氏の後継者となる前提での赴任である
4.礼拝説教は月1度行う
5.二年目からは月に2度は行う
 というものであった。

 しかし、ここでなぜ津村氏は自らの口から以上の条件を伝道師に伝えず、村上密氏がまるで津村氏の代理人のようになって、津村氏の同席もない場所で、むろん、鳴尾の信徒も一人もいない密室に等しい場所で、AB伝道師に、証拠の残らない形で、これほど重大な話を非公式に持ちかけたのだろうか。そのこと自体が極めて異常であり、適正な手続きの欠如を示す深刻重大な問題であったと言える。

  村上氏は一体、どんな権限に基づいて、このように鳴尾教会の人事問題に介入したのだろうか?

 仮に村上氏が津村氏から何らかの委託を受けてそのような行動に及んだのだとしても、津村氏の同席なく、第三者の立ち合いもなく、役員会のような開かれた場でなく、記録も証拠も残らない形で、このような重大な「条件提示」を一方的に伝道師夫妻に行ったのは、あまりにも適正を欠く非常識な行為であったと言える。

 そもそも鳴尾教会の後任者を誰にするかという極めて重大な問題は、津村氏の立ち合いなしに決められて良いことでなく、さらに、鳴尾教会内での役員会を含めた信徒の話し合いを経てから、決定されるべき事柄であった。鳴尾教会の指導者でなければ、役員でもなく、同教会と直接の関係を持たない村上密氏が、鳴尾信徒をよそにして自らの一存で介入できる立場にはなかったことは明白である。

 教団理事といえども、緊急事態でもないのに、他教会の指導者及び信徒のいない非公式な場所で、他教会の人事について一方的に関与できるような権限は与えられていないはずである。

 そこで、これは正当な根拠に基づかずに尾教会の信徒全体の頭越しに密室で行われた談合のようなものであり、そこから見えて来るのは、この当時から、村上密氏が津村氏の義理の息子であるという立場を存分に利用して、自らに公に与えられた権限の範囲を踏み越えて、鳴尾教会の内政に暗闇で介入をはかろうとしていた事実である。

  しかも、さらに悪いことに、この時、津村氏の同席なくして村上氏がAB伝道師に行った「条件提示」の内容は、後になってことごとく、事実ではなかったことが判明した。そうなったのは、この時、村上密氏が創作で嘘をついていたせいなのか、それとも、津村氏が村上氏にそのような事実ではない条件を伝えて話し合いを依頼していたためなのか、今となっては不明である。

 いずれにしても、村上密氏は誤った情報をAB伝道師に伝え、それを前提条件として彼らに鳴尾教会への赴任を促したわけであり、これが後に大きな事件を引き起こす原因となって行ったのである。

 にも関わらず、村上氏は自分がAB伝道師に伝えた内容の誤りについては、今日に至るまで何の責任も取っていない。むしろ、村上氏は、初めから、そのようなこじれた事態に発展する可能性があることを見越した上で、後々、自分が矢面に立たされて責任を追及されることがないよう、あえて第三者もおらず、記録も残らない密室で話し合いに及んだのかも知れないという疑惑が生じる。
 
 このように、鳴尾教会内では何の権限も持っていなかった村上密氏が、津村氏の立ち合いもなしに、証人もいなければ、記録も残らない、非公式な閉ざされた話し合いの場で、鳴尾教会の命運を左右するような、極めて重要な決定に関与したことは、恐るべきことであり、不透明かつ適正さを欠く事柄であった。一体、同氏は何を目的にそれを行ったのか、追及されなければならない。
 こうして、正当な権限を持たないのに、他教会の人事に不当に介入を試みる者が、到底、信用に値せず、また、介入の動機も疑われてしかるべきであることは疑いの余地がない。)

 
 2000年の三月にはAPTSの卒業式があり、日本からは内村師が理事として出席くださいました。その時、我々は復職に当たり、内村師から面接を受けています。その後、しばらくクラス等の関係で帰国が遅れ、四月の半ばに帰国し、4月30日に正式に鳴尾教会の伝道師として赴任しました。

 しばらくして気付いたのは、村上師の認識と津村師や役員会の認識との間に相当のズレがあるという事でした。先ず、津村師が二年後の引退を毛頭考えておられないこと、役員会は何一つ知らされていないこと、津村師は主管を退く意志はあっても、その後も鳴尾教会で奉職したい希望を持っておられること等でした。また、②礼拝説教に関しましても私が2000年度に奉仕させていただいた回数は合計5回でした。因みに2001年度は10月20日現在で10回です。実際、私達は派遣されて二年近くになりますが③未だに教会の経済状態が分かりません。過去の教会資料に関しても④牧師館にしまわれていて全く分からない状態です。

(ここでAB伝道師は、村上密氏によって行われた「条件提示」が事実と異なるものであったことを指摘している。具体的な相違点は以下の通り。
 
 1.津村氏は二年後に引退する予定 ⇒ 二年後に引退する予定などなかった
   2.引退は教会役員も同意済である  ⇒ 役員会は引退の予定など知らない
 3.津村氏の後継者となる前提での赴任である
    ⇒引退後も、津村氏は鳴尾で奉仕を続けるつもり。
 4. 礼拝説教は月1度伝道師が行う    ⇒ 年に5回しか説教を担当できなかった
 5.二年目からは月に2度は行う        ⇒ 2年目になっても月1ペース
 
 さらに、教会の経済問題が分からない という問題が発生した。

 また、津村氏はたとえ引退しても、鳴尾を退くつもりはなく、(あるいは名誉牧師のような形で?)鳴尾で奉職し続けるつもりであることが判明した。
 これはつまり、伝道師が本格的に後継となれるのがいつの日になるか分からないことと、津村氏の引退後の世話はすべて伝道師が行わねばならないことを意味したが、津村氏はこの点について全く否定していない。)

② 礼拝説教の回数はそのとおりだが、第1祈祷会、第2祈祷会、および、地区集会の説教を多く担当した。早天のお話し、英会話時の聖書のお話等
 
 (②における津村氏の反論は、どれもメインとは言えない行事の説教のことなので、伝道師の主張に対する具体的な反論とはなっていない。要するに、メインの説教は津村氏がほとんど独占し、なかなか伝道師には回そうとしなかった事実が見て取れる。)

 ③ 教会では毎月の会計報告は、役員会で検討・承認している。伝道師両師は毎回役員会に出席しているが、会計については一度も質問したことがない。信徒総会で1年の決算・予算について審議したが、両師は一度も質問したことがない。
 
(③については、確かに毎月の会計報告は役員会で承認されていたが、その会計報告は形式的なものでしかなかった。津村氏は役員会でも信徒からの意見や質問に十分に耳を傾けずに一方的に話を進めるのが常であったため、役員会での「検討や承認」は十分なものとは言えなかった。
 さらに後になって、津村夫妻のために会計から計上されていた「伝道牧会費」の使途を津村氏は尋ねられたが、その具体的な用途を信徒らにきちんと説明することができなかった。)

④ 過去の教会資料について両師は一度も閲覧希望したことがない。

(④ 牧師館資料については、牧師館に住んでいるのは津村氏夫妻だったので、伝道師らは立ち入るのに遠慮があったろうし、おそらくは津村氏のワンマンぶりがひどかったので、言い出せる状況になかったものと推測される。しかし、そうした事情を考慮に入れて、たとえ伝道師からの閲覧希望がなくとも、本来は当然、津村氏から伝道師に説明して引き継ぐべき事柄だっただろう。)

 
 この時点で我々の立場は何なのだろうかと戸惑いましたが、とにかく理事会に任命された異常、務めを果たそうと努力してまいりました。

 そして、2001年の10月18日、理事会が終わった翌月の朝、突然村上師より電話を頂きました。話があるので午後、訪ねていっていいかとの事でした。我々としては理事会の翌日のことでしたので、人事のことかもしれないと推測しました。

 村上師の話の内容を正確に伝えますと「津村師は2002年に引退なさる意志はなく、少なくとも教会50周年を迎える77歳までは現役でいたい」ということと「AB伝道師を後継者とみなすには疑問を感じる」との事でした。但し、これはあくまでも村上師から伺った話であり、⑤津村師本人からはこの旨を一度も伺ったことはありません

⑤ 両師の正教師任命後、私は来年、主監者になって欲しいという希望を両師に対して個人的に述べた。

(⑤での津村氏の反論はあまりにも言葉足らずだが、言わんとしていることを通訳するならば、次のようになるだろうと思う。

「当初は私も2002年からA伝道者に主監者を譲るつもりでいた。その旨は伝道師にきちんと伝えていた。だから私には引退する意志がなかったというわけではなく、また、引退するとウソをついて騙したわけでもない。ただ、伝道師が後継者にふさわしくないと判断せざるを得ない問題が起きたので、結果として私の引退の話はなくなったのだ」
 
 しかしながら、もし津村氏が本当にAB伝道師を「後継者にふさわしくない」とまで判断したのであれば、なぜそのような重大な決意を、津村氏は(同じ教会に住んで毎日顔を合わせている!)伝道師に直接、誤解のないように伝えなかったのか。

 また、なぜ役員会できちんと発表して、信徒らに理解を求めなかったのか。

 なぜかここでも再び、村上密氏が登場する。村上氏はあたかも自分こそが津村氏の代理人であり、鳴尾の命運を決定できる権限を持っているかのように振る舞い、またもや津村氏の同席なしに、「津村氏の意向」をAB伝道師に伝え、鳴尾人事に資格なく介入するのである。

 こうした村上氏の度重なる介入のために、鳴尾信徒は常に蚊帳の外に置かれたまま、事態は余計にこじれ、悪化し、不透明なものとなって行った。伝道師夫妻にも、一体、どこまで村上氏が津村氏の内心を正確に語っているのか、それさえ分からないまま、密室で一方的に話が進められたのである。)

  
    村上師は後継として疑問を感じる点に関しては次の二点を理由に挙げておられました。第一にB師の説教がまずいという事。これは少し説明させてください。2001年5月20日の礼拝でB師が始めて礼拝説教を担当しました。テキストはヨブ記1:1-12でした。ここでB師は⑦ヨブ記において、サタンは神の敵ではない、という発言をしました。彼女の未熟な点もあり、後から考えると誤解を招きかねない表現だったのですが、彼女としてはサタンと雖も神の主権の下にあって神の意志を超えては働けない。従って、我々は必要以上にサタンを恐れる必要はない。サタンは神と対等の力を持っているのではないという事を一番強調したかったのです。それはメッセージをちゃんと聞いてくだされば十分伝わる事と思います。

⑦ 説教の中で、B師は続けて「サタンは神のしもべである」と発言した。

(⑦ ここで、村上氏が伝道師に伝えたところによると、津村氏がAB両氏を「鳴尾の後継にふさわしくない」と判断した最も重要な理由の一つが、B氏の説教が「異端的だ」と津村氏が考えていることであると判明した。

 「説教がまずい」というのは、話下手だという意味ではない。以下のA氏の指摘からも分かるように、説教内容が「異端的だ」という津村氏サイドからの非難なのである。だが、これはB氏が初めて鳴尾で説教を行なった際の津村氏の指摘であり、つまり、津村氏は一度たりともB氏の説教を温かく応援したり、祝福し、励ましたことがないという事実にも注意が必要である。
 
 そして、もちろん、伝道師の言う通り、説教内容の「異端性」を論じるためには、津村氏のしたように膨大なメッセージの中から一文だけを抜き出すのではなく、全体の文脈を考慮して論じなければ意味がない。さらに、異端的かどうかという判断を下すにあたっては、公の討論が必要であり、津村氏一人だけで決められることでもないだろう。

 たとえば、「サタンは神のしもべである」という表現も、場合によっては、「サタンももとを辿れば神のしもべである」という意味で発せられたかも知れないし、また、「サタンは神の敵でない」という表現も、「サタンでさえ最終的には神の敵になり得ない」という意味で使われたかも知れない。こうしたことは、口頭のメッセージでは分かりにくく、前後の文脈を見なければ判断がつかない事柄である。一文だけを取り上げて議論するのがふさわしくないのは明白である。)

 
   ところが、津村師にしてみれば「サタンは神の敵ではない」という言葉だけが強烈だったようで、5月23日の打ち合わせの際にひどいお叱りを受けました。「今まで、私はサタンは神の敵だと信徒に教えてきたのに牧会上、混乱をきたすことを講壇から伝えられては困る。⑧あなたが謝らない限り、二度と説教の奉仕は回らない」と相当感情的になっておられました。

⑧ サタンは神の敵ではないということを、誰から学んだのかを質問したら、B師は「ダビデ先生から学んだ」と答えた。私は「もう一度、ダビデ先生に聞いてください」と言った。特に私が強調したのは、「神学的にではなく、牧会的に牧師と伝道師が相反する教えをするのは矛盾ではないのか」ということである。

(⑧ この反論では、津村氏は実際に伝道師を叱りつけた時に比べ、かなりトーンダウンしており、神学議論を避けようとしているように見える。
 伝道師夫妻を直接、叱責した際には、津村氏はあたかも異端的な発言が行われたかのように憤慨し、謝罪を求め、それがなければ二度と説教は担当させないとまで言ったものの、反論では、異端の疑いという言葉を津村氏は一切、述べていない。むしろ、「神学的にではなく」とあえて神学論争をするつもりがないことを強調し、ただ自分の説教と異なる主張をされると矛盾が生じて困るから注意をしただけなのだと話をすり替えている。

 当初は、特定の人物に対して大々的に異端の疑惑をかけて騒ぎ立てておきながら、いざ細かい神学論争が必要になると、急に話をすり替えてごまかすという手法は、津村氏がB氏に対してだ行っただけでなく、後に村上密氏が後に鳴尾教会の牧師夫人山田晃美氏に対して異端の疑惑をかけた際にも用いたことに注意が必要である。

 つまり、このように正当な議論も根拠もないのに一方的に異端疑惑を「ふっかける」ことによって、ターゲットとした人物を貶めようとする手法は、村上+津村サイドの常套手段であったと言える。)
 

  
    これに対してB師は「私の説教に関して何か信徒から苦情やつまずいた等の連絡はあったのでしょうか」と伺いました。津村師はそれに対しては「ない」と答えられました。B師にしてみれば、信念を持って御言葉を語ったこともあり、信徒がつまずいてもいないのなら謝る筋合いのことでもないと判断し、「表現には至らない点はあったかもしれませんが、よく説教を聴いてくだされば私の趣旨がご理解いただけると思います」とだけ申し上げてその場では喧嘩別れのようになりました。

(確かに、鳴尾信徒がB氏の説教を聞いて異端の疑惑を持ったり、その内容につまずいたり、苦情が発生したという出来事はなかった。もちろん、B氏が鳴尾教会を去った後も、そのような疑惑が招じたという話は聞いたこともない。そのような問題を提起したのは津村氏1人しかいないのである。)


 その後、6月20日に再び、打ち合わせがありました。津村師はその席でもヨブ記の件を取り上げ、⑨「まだ謝る気はありませんか」と念を押されましたB師は「何が間違っているのでしょうか」と自分の信じているところを再び説明申し上げたのですが、津村師は前回以上に感情的になられ、暴力の危険を感じるほどでした。もう少しで手が出るのではないかというところでした。私も彼女が誤解されたままでは気の毒と思い、⑩援護射撃に回りました。津村師は「先生までそんなことを言われるのですか。もういいです」と一方的に話を切り上げられました。まるで我々の信じているところが⑪教理的に致命的な間違いで異端でもあるかのようなご様子でした

⑨ 私はB師に「ダビデ先生に聞きましたか」と尋ねた。B師は「ダビデ先生には聞いていない。私は他の本も読んでそう教えられた」と答えた。「5月30日にはダビデ先生に責任があるように発言したのに、他の書物や先生から教わったのであれば、ダビデ先生に謝る必要があるのではないか」と私は言った。私は6月20までにダビデ師に直接この件について電話で尋ねた。ダビデ師は「私はそんなことは教えていない」と答えた。

(⑨ ここでの津村氏の反論では、議論そのものが成立していない。津村氏自身が、B氏は「ダビデ先生を含め、他の本や先生からも教わった」と述べたと主張している。ところが、津村氏はそれをあたかも「ダビデ氏ではない他の本と先生から教わった」という意味であるかのようにすり替え、「ダビデ先生から教わってもいないことを、ダビデ先生から教わったかのように主張したのだから、あなたはダビデ先生に謝らなければならない」と、話をすり替えて、今度はダビデ氏への謝罪を迫っているのである。

 こうして、話の内容がどんどん変わって行っていることに注意が必要である。津村氏は、当初は「異端的な内容を説教したのだから、あなたはこれを撤回して私に謝罪せねばならない」と言っていたのが、いつの間にか「ダビデ先生が教えていないことを主張したのだから、ダビデ先生に謝罪しなければならない」と話が変わり、「異端の疑惑」もうやむやにされ、ただ「私の説教と矛盾した内容を話されては困るから注意をした」と、叱責の理由も変わっているのである。

 ダビデ氏については、津村氏がどのような形でこの事件をダビデ氏に伝え、何をどう説明し確認したのかも分からない以上、津村氏の反論は具体性がないと言える。ここから感じられるのは、とにかく謝らせたい、何が何でも謝らせたい、というB氏に対する津村氏のおさまらない怒りだけである。

 これがB氏の鳴尾での初めての説教の時になされた叱責であったことを考えても、こうした津村氏の反応は、あまりにも行き過ぎているように思われる。最初の説教であることを考慮すれば、もし仮に不慣れさから多少表現に至らない点があったとしても、血相を変えて叱責するほどのことでなく、やんわりと注意すれば済むことだったであろう。

 にも関わらず、B氏への一言の温かい応援も励ましもないまま、さらに信徒から苦情があったわけでもないのに、ここまでの叱責を津村氏が繰り返し行ったこと、さらにはそれを後に伝道師らの異動の口実にさえしていったことから感じられるのは、説教の内容以前に、津村氏は女性伝道者が説教をすること自体を快く思えず、B氏の説教を会衆の一人として穏やかに謙虚に聞けるような心境は全くなかったのではないか、という疑問である。

 しかも、A氏は、津村氏がB氏に対してひどく感情的になり、暴力の危険さえ感じるほどであったと述べているが、津村氏はこの点についても否定していない。津村氏を知っている者として、そういうことは十分にありうると考えられるのである。


⑩ A師は「津村師がノーと教えて、私がイエスと教えても良いんじゃありませんか」と言った。

(⑩ 残念ながら、津村氏は全く知的な議論ができない人であった。議論すること自体が苦手であればこそ、同氏は人から反論されることにプライドを傷つけられたように感じ、まして女性から反論されることには、それだけで耐えられなかったのだろうと想像する。
 
 だが、何を言っても議論にならない相手に対しては、A氏がしたように、⑩のように返答するしか方法がない。) 

⑪ これはA師の推測である。私は信徒に対して牧会的に矛盾のない話しをすることが必要ではないかと強調した。

 ⑪でも、津村氏は一生懸命に自ら述べた「異端疑惑」を打ち消そうと努力している。神学論争になると困るので、自分は異端だと指摘したのではなく、ただ自分の説教と一致しない内容を話されては困るから注意したのだと後から話をすり替え、細かい議論を避けようとしているように見える。

 もしB氏の説教を異端だと言ってしまえば、当然ながら、神学論争に発展し、そうなると、自分は議論に負けるだろうと予測してのことだと思われる。

 だが、もし津村氏が神学論争によってB氏の異端疑惑を証明できないことを自ら認めるのであれば、B氏が説教で述べた事柄は、何ら聖書に反する虚偽ではないということになり、津村氏の怒りを正当化する理由がなくなってしまう。
 
 もしB氏の説教が異端的でないのであれば、B氏が津村氏の見解に一方的に合わせなければならない理由も存在しない。津村氏の言うように、同じ教会で、牧師と伝道師の説教が食い違うと困るということがあったとしても、だからと言って、どうして津村氏だけが自分の見解に一方的に合わせるよう他人に求めて良いだろうか。逆に津村氏が他人に歩み寄ることもあってはいいのではないだろうか。
 
 しかし、津村氏の主張は一貫して、自分こそが主監者であるから、自分の見解に他人はみな合わせ従うべきであるという考えを出ない。聖書の御言葉を曲げるような妥協ができないのは聖職者として当然であるが、津村氏が述べているのはそういうことではない。異端の疑惑もないのに、自分と異なる見解や表現を他人が使うことが全く容認できず、ただ相手にだけ一方的に自分に合わせるよう求めるその態度からも、津村氏のワンマンぶりが浮き彫りになっていると言えよう。)

 
   話が長くなりましたが、第一の理由の背景は以上です。

 第二の理由としては「Aが何の報告もしてくれない」というものです。具体的に何の事をおっしゃっておられるのか見当もつきませんが、私としては⑬津村師には大切なことは逐一報告させて頂いているつもりですし、見解の相違があるようです。

   勿論、この二つの理由もあくまでも村上師から聞いたことで、津村師本人からは何一つ伺っておりません。

⑬ 毎月1回、牧師とAB両師との打ちあわせのときに私は「伝道について提案はありませんか」と聞いたら、それについては、いつも「ありません」との答えしか返ってこなかった。

(⑪ ここから、「B氏の説教の異端疑惑」に加えて、津村氏がAB伝道師が「鳴尾の後継者にふさわしくない」と判断した第二の理由が、「A氏による津村氏への報告義務違反」であったことが分かる。といっても、これも村上密氏の言葉を通して伝道師に伝えられたことなので、どこまでが津村氏の本心であったのかは誰にも分からない。

 ここでA氏が述べているのは、「A氏が津村氏に重要なことを何も報告しておらず、それゆえ、後継者として不適格だと津村氏がみなしている」と、村上密氏を通じて知らされたという事実である。

 ところが、これに対しても、津村氏は話をすり替えて答えている。津村氏は「毎月1回の打ち合わせの時、伝道についての提案が何もされなかった」と、ここで全然別の話を持ち出して反論しているのである。「重要な報告を怠った」ことと「伝道について提案をしなかった」ことは誰が聞いても全く別の話である。

 このように、両者の言い分が完全にちぐはぐになって議論が成り立っていないことが、果たして、村上密氏が津村氏の内心を誤って伝道師に伝えたせいで起きているのか、それとも津村氏が後から話をすり替えているだけなのか、それははっきりとは分からない。

 だが、以下で伝道師が示しているように、津村氏は伝道師夫妻に対して「朝・昼・晩」の一日三回も予定表を提出せよと要求していたのである。ブラック企業でも見られないほどの統制ぶりと言えるが、ここまで綿密に部下に報告を出させておきながら、「重要な報告を何もしてくれなかった」とは、主張できるはずもない。だから、これは津村氏が後から話をすり替えて、自らの言いがかりの不当さをごまかそうと弁明しているのだと判断されるのである。

 
 結局、津村氏の反論から分かるのは、津村氏がAB伝道師夫妻を「鳴尾の後継者にふさわしくない」と判断した二つの理由は、両方とも正当性がなく具体的な根拠にも欠けるということである。

 もし百歩譲って、本当にそれが重大な疑惑であったとしても、そうであるならば、なおさらのこと、きちんと公の場での検証が必要であった。役員会等での検討も経ないうちに、鳴尾の後継者問題を、津村氏だけの一存で決めて良かったという結論にはならない。ましてその一方的な決断を、津村氏の同席なしに、村上密氏が密室で伝道師に伝えて異動を迫るという形式が言語道断なのは言うまでもない。)

 
 村上師は以上の二つの理由を挙げられた後、「今後、先生方はどうなさいますか」と尋ねられました。誤解にならないように申し上げますが、直接、異動届を出せという促しは一度もありませんでした。但し、我々としては異動させたいというニュアンスを感じたのは事実です。私としては「もし、異動を我々が希望するなら津村師の許可を得ないで黙って理事会に提出してもいいのですか」と尋ねました。これに対して村上師は「津村師には私から伝えるから構わない」との事でした。

(村上サイドがここで伝道師に強いた展開には呆れて言葉もない。

  まず、AB伝道師が鳴尾の後継にふさわしくないほどに問題があるかどうかという点については、すでに述べた通り、きちんと教会内の公の場で議論されるべきであった。

 その上で、もし仮に彼らが鳴尾の後任としてどうしてもふさわくないと津村氏が判断したとすれば、その事実は当然ながら、教会での議論の後、津村氏本人から、直接、伝道師に伝えられるべきであった。

 ところが、その二つともの手続きを経ないまま、今回もまた鳴尾教会とは直接の関わりのない村上密氏がしゃしゃり出て来て、津村氏の同席なしに、津村氏の代理人であるかのように、「津村氏の意向」を伝道師に伝えるのである。

 そもそも教会内人事という極めて重大な問題が、このように閉ざされた非公式の話し合いで決められること自体、すでに述べた通り、極めて異常であると言わざるを得ない。

 それにさらに輪をかけて異常なのは、津村氏以外には知ることもなく、教会内で議論もされず、十分な裏付けも取れていない「疑惑」に飛びついて、村上氏が伝道師夫妻に密室で異動の決断を迫ったことである。
 
 村上氏はその際、あろうことか、「先生方はどうなさいますか」というあいまいな質問でお茶を濁し、伝道師夫妻に自主的に鳴尾を去るように暗に圧力をかけている。村上密氏が、自身の口からからはっきりと異動届を出せと言わなかったことも、同氏が自らこの事件に関与していることを公には隠して、自分が後から言質を取られたり、責任を負わされずに済むように、この異動をあたかも伝道師夫妻の自主的な決断であるかのように見せかけて、証拠を残さないあいまいな形で介入した事実をよく示している。

 こうした村上氏の言動には、自分に与えられた権限の範囲をはるかに超えて、密室において他教会の人事に介入し、しかも、阿吽の呼吸で自分の願いを相手に読み取ってもらうことで、自分は矢面に立たず、証拠を残さず、暗黙の圧力によって物事を密室で自分の思う通りに決定していこうとする信用ならない行動がよく表れている。)
 

 
   また、「もし仮に、異動願いを提出するならどんな理由を挙げればいいのか」と尋ねたところ、村上師は「津村師が77歳まで引退する意志のないこと」「津村師が我々をを後任とはみなしておられないようなので、これ以上鳴尾にいる必然性を感じないこと」を挙げればいいとアドバイスされ、「B師の説教がまずいこと」と「Aが何の報告もしないこと」は伏せたほうがいいと助言されました。

(伝道師の手紙を通して、村上密氏の卑劣な脅しの手法がさらに浮き彫りになる。ここで、村上氏は津村氏の言い分を盾に、伝道師夫妻に取引をもちかけている。つまり、もし伝道師夫妻が「四の五の言わずに、黙って鳴尾から手を引き、自主的に異動した形にするならば、そうなった原因は、津村氏に引退する意志がないことにあったとしてあげよう。あなたたちにかけられている「嫌疑」は公にされることはない。あなた方はこの先も何ら鳴尾のことで責任を追及されることはないだろう。どうするかね?」とほのめかし、決断を迫っているのである。

 これは暗黙の脅しである。つまり、もし伝道師夫妻が村上氏の願い通りに異動届を自主的に出さず、鳴尾から手を引かず、津村氏の意向に真っ向から対立して、自らの潔白を主張して反論するようなことがあれば、津村氏が夫妻にかけた事実無根の言いがかりを、あたかも真実であるかのように言いふらし、教団内での伝道師夫妻の立場を悪くしてやるぞという脅しと受け取れるのだ。

 村上氏はこうして、津村氏が伝道師夫妻にかけた「疑惑」を可能な限り利用して、伝道師らを鳴尾から異動させるために「圧力」をかけるとし、もしこの疑惑をかき消したいならば、交換条件としておとなしく「取引」に応じ、自ら異動届を出すようにと伝道師に迫っているのである。(しかもその提案さえ、きちんと言葉にして伝えず、暗にほのめかすだけで、裏付けも取れていない疑惑が異動の真の理由であることを隠して、異動届を書かせようとしているところが、まるでヤクザ並みの手法である。)

 こうしたことをすべて証人もおらず、議事録も残らない密室で、暗黙のほのめかしによって実行した村上密氏の卑劣さ、不誠実さ、胡散臭さについては、何度、疑問を呈しても十分ということはない。このように常に公正な手続きを経ずに、密室の暗闇で影響力を行使しようとする人物が、到底、信頼に値するクリスチャンでないことは誰の目にも明白である。)


 三時間ほど話したでしょうか。私は人事の手続きに明るくありませんし、どうも筋の上で釈然としないものを感じましたので19日に〇〇の父に相談しました。「それは内川先生に連絡したほうがいい」との事でしたので、電話させていただいた次第です。

(むろん、以上のようなことは、伝道師のみならず、誰が聞いても「釈然としない」話である。いかに人事に明るくない人物であろうと、村上密氏によるこのような話の運び方には、ただ胡散臭さしか感じられないのが当然である。

 この時、AB伝道師は自分たちが村上氏に脅されており、根拠もない「疑惑」を材料に、交換条件として異動を迫られているとまでは気づいていなかったかも知れない。だが、彼らも、津村氏と村上氏の暗黙の圧力によって、自分たちが不当に追い詰められていることに危機感を覚えていればこそ、教団内にこうした事態を食い止めることのできる人物がいないかと助けを求めたのである。)


  もし、村上師が津村師の本音を我々に隠しておられたなら、事態はここまでこじれなかったのかもしれません。しかし、間接的にではあれ、津村師の気持ちを聞かされた以上、今までどおりの気持ちで奉仕するのは困難です。津村師と毎日顔を合わせるわけですから、当然しこりが残ります。

(このように、本来そのような権限を持っていなかったにも関わらず、村上氏は津村氏と伝道師との間に割って入り、両者の直接の対話を妨げることによって、両者の間に決定的なくさびを打ち込み、二度と信頼関係が回復しないようにしてしまった。それだけでなく、伝道者の心中で、もはや鳴尾で奉仕したいという気持ちが完全に失われて、彼らが自主的に鳴尾を去るように仕向けたのである。

 このように、異なる利害を持つ人々の間に巧みに割って入り、あたかも両者の言い分を仲裁するかのように見せかけて、不信感と対立を煽って信頼関係を損い、両者を分裂させて意思疎通を決定的に不可能にすることにより、自分が両サイドに対して優越的な支配権を握れるようにして、人間関係を思うがままに操作・支配しようとする分断のテクニックは、村上密氏の常套手段である。

 後にネット上で村上氏の支持者によって行われた信徒やカルト被害者に向けた分裂工作もそうであるが、村上密氏は常にこうしたやり方で、証拠の残らない密室で、信者同士の対立を巧みに煽っては、団結を阻止し、リーダーを追放したりして組織を弱体化させ、その結果、寄る辺のなくなった信者や教会を自らの教会に併合したりと、自分の利益を得て来たのである。

 このように暗闇で信者に分裂工作をしかける方法は、村上密氏が不都合な人物を失脚させる際に絶えず利用して来た手法であり、後に同氏が鳴尾教会に恫喝裁判をしかけた際にも、鳴尾信徒らの意志決定を分裂させるために積極的に利用された。村上氏は現在の牧師の頭越しに鳴尾信徒らに接近し、牧師への不満を煽っては、彼らを焚きつけ、教会が教団を離脱するという決定を下せないように(あるいは撤回するように)仕向けようとしたのである。

 推測するに、村上氏はAB伝道師に対して、決定的な形で津村氏への不信感を吹き込んだのと同様に、津村氏に対しても、伝道師夫妻への悪印象が残るように話を伝えて、両者の関係を回復不可能なまでに損なったのだと思われる。)


 我々は教団の任命によって鳴尾教会に派遣されたわけですから、今後の展開につきましても理事会のご判断にお任せいたします。但し、津村師の本音を聞かされた以上、鳴尾教会に留まりつづけることは正直言って気が重いのも事実です。この辺りのことをご配慮頂いて適切な判断をしてくださいますように宜しくお願いします。

(このように、村上密氏による信頼できない暗闇で卑劣な介入・分裂・分断工作によって、AB伝道師夫妻は、鳴尾で奉職したいという願いを失ってしまった。津村氏からの「言いがかり」に毅然と立ち向かい、同氏及び村上氏と公然と闘って、いわれなき嫌疑を晴らした上で、鳴尾の後任者としてとどまるよりも、ことを穏便におさめて自ら異動届を出し、鳴尾の地を去った方が良いと思い込まされてしまったのである。

 津村氏の身内である立場を利用して、このような圧力を、暗闇の密室で、徹頭徹尾、鳴尾信徒を蚊帳の外に置いて、伝道師に対してかけ続けた村上密氏の手法が、どれほど陰険かつ不誠実かつ信用ならないものであり、それが村上密氏による鳴尾教会内の人事へのどれほど不当な介入であったかは今更言うまでもない。だが、そのことを十分に理解した上でも、なお、次に示すように、当時、AB伝道師が津村氏の下で置かれていたひどい生活状況を考えるならば、彼らが津村氏と村上氏の「魔の手」を逃れるために、鳴尾を早々に去ったことは、彼ら自身にとっては良策であったかも知れないと思う。

 こうして弱い者を脅しつけて黙らせておきさえすれば、事は丸く収まると津村+村上サイドは考えていたのであろう。後継者を追放しさえすれば、津村氏は好きなだけ鳴尾にとどまって説教を続けられる。信徒は黙って教団の言うことを聞き、献金だけ払っておけばいいのだ。

 しかし、事態はそこまで単純ではなかった。それは鳴尾信徒らが彼らが予想していたほど愚かではなく、約四十年間の牧会期間を通して、津村氏の本質を鋭く見抜いていたためでもあった。

 もはや随分前から、鳴尾は津村氏を必要としていなかったのである。津村氏の牧会のワンマン運営、鳴尾信徒にとって重い負担となっていた。自分は少しも後ろに退かず、信徒との十分な対話の場も設けずに、教会の若返りなど、全ての課題を一方的に信徒だけに押しつけて、信徒の重荷を理解し軽減しようとしない津村氏の冷淡な態度に、鳴尾信徒らはどうしようもないやるせなさを感じていたのである。

 だが、それでも、同氏が後継者を快く育てようとしてさえいれば、結果は違ったかも知れない。突然、期待していた伝道師を訳の分からない理由で失うことを知らされた時、鳴尾信徒は、この事件の背後に大きな暗闇があることに気づいた。そして、疑惑の矛先は伝道師ではなくむしろ津村氏に向かったのである。

 繰り返すが、そうなったのは、伝道師が書簡で訴えた理不尽な状況に、鳴尾信徒の同情票が集まったからではない。もし約四十年間の牧会生活の間に、津村氏が鳴尾信徒の本心からの信頼を得ていたならば、後から来た若い伝道師が何かを主張した程度のことでは、牧師と信徒の信頼関係は揺るがなかったろう。

 だが、そうなるまでに、鳴尾信徒の多くは、津村氏の人柄をかなり正確に理解していた。だからこそ、事実は決して教団サイドにはなく、津村氏+村上氏サイドにはないということに、当初から多くの人々が気づいていたのである。)

 <後半に続く>

村上密牧師による鳴尾教会への不当な介入―アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動③

~アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の村上密牧師による
鳴尾教会人事への度重なる密室での不当な介入について~


写真:鳴尾教会の創立者のジュエル・プライス宣教師(左)と アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の津村昭二郎牧師(右) 出典:武庫川純福音キリスト教界NEWS

 


 

目次

.事の発端 
    ~鳴尾教会を引退するつもりのなかった津村昭二郎牧師~

2.騒動の原因
    ~村上密氏の介入により、密室で決められたAB伝道師の鳴尾からの異動~

3.津村氏をめぐる疑惑
    ~教団側文書によって明らかになった津村氏によるAB伝道師に対する一方的な嫌疑と理不尽な扱い~

4.混乱の深化 ~村上密氏による暗闇での鳴尾の人事への介入の問題点と、津村氏の責任をあいまいにした教団側の不透明で不適切な対応~
5.繰り返される悪夢
 ~教団側から鳴尾牧師に再びかけられた嫌疑~

6.事件のパターン化
 ~「津村氏の呪縛」? 村上サイドから鳴尾教会の牧者に繰り返されている攻撃~

7.「魔女狩り」の背景
 ~津村氏と村上氏の男尊女卑と唯我独尊の思想~

8.「魔女狩り」の理由その2
 ~村上氏は鳴尾をブランチ化したかった?~

9.本当の「異端者」は誰か?
 ~自己の無謬性を主張し、自ら神に代わって裁きを行うという異端~



 



1.事の発端 ~鳴尾教会を引退するつもりのなかった津村昭二郎牧師~

 
さて、鳴尾教会の問題に戻りたいと思う。鳴尾教会で起きた事件の問題については、かつて記事「『カルト監視機構』という名の秘密警察の設立について」においても説明したが、もう一度、ここで新資料を提示しながら、事件の全貌を振り返っておきたい。

鳴尾教会(現在の鳴尾キリスト福音教会(アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団に属していた頃の名称は「鳴尾純福音教会」)は、約四十年間、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の管理下で、津村昭二郎牧師によって牧会された。津村師の牧会時代、妻かほる氏は講壇に立つことはかったので、事実上、牧会者は津村師一人であった。

*なお、鳴尾教会はアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団のもとで設立されたわけではない。鳴尾教会の創立者はアメリカ人宣教師のジュエル・プライス氏であり、1976年にプライス宣教師が帰国して以後、同教会はアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の管理下に入った。

この津村氏は言わずとしれた村上密氏(アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団所属七条教会、通称アッセンブリー京都教会牧師)の義理の父である。津村氏の娘の一人の恵子氏が村上密に嫁いだからである。しかし、村上密氏は津村氏の家族であるとはいえ、鳴尾教会で生活したことはなく、鳴尾で奉仕した回数も多くはなかった。

さて、2000年を迎えるより以前から、鳴尾教会の信徒らは、津村氏が高齢に達しているにも関わらず、後継者を迎えようとしないことに長い間、危機感を募らせていた。津村氏本人は、ベテラン牧師のプライドもあり、自分の気力・体力・知力の衰えを認めるつもりはなかったようで、引退の予定について自ら信徒に語ることはなかった。

だが、信徒の目から見て、教会は時代の変化に適応することを求められており、その中で、高齢となっていた津村氏にすべてを任せておくにはあまりにも大きな限界が感じられたことは確かである。(むろん、津村氏の活動の「限界」は高齢だけが原因では決してなかったのだが、そのことについては後述する。)
 
登録されている会員数だけ見れば、鳴尾教会は100人以上の信徒を抱え、人の目には比較的成功している大規模教会のように映ったかも知れない。しかし、これはあくまで帳簿上の数字であり、「死せる魂」が相当数存在していたことは否めない。

毎回の礼拝の平均出席者数はそこからかなり割り引いて考えねばならず、 さらに伝道集会となるとそれはもう悲惨なものであった。ほぼ毎回、新しい求道者がやって来ることは極めてまれで、空席の穴埋めのために古参信徒が動員された。

正直な話、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団時代の鳴尾教会の礼拝の雰囲気は冷淡で、時代の風潮からも取り残されており、福音伝道ということを抜きにしても、人の関心を引く魅力に欠けていた。当時、教団は米国発の新たな霊的ムーブメントの取り込みに精力を傾けていたが、これらの霊的ムーブメントには極めて怪しい非聖書的な教えが多分に含まれており、それは教会にさらなる混乱をもたらすことがほとんどであった。とはいえ、いずれにしても、教会が変革を求められている事実だけは、信徒は誰も否定していなかった。
 
そんな状況の中、鳴尾教会も、若者を積極的に取り込めるような新たな伝道スタイルを模索する必要に迫られていた。その過程で、新しい賛美歌を取り入れたりといった試行錯誤が行われたが、何しろ、高齢の牧師と高齢の信徒ばかりでは改革しようにも結果は知れている。何よりも、津村氏がただ一人の牧会者としてワンマン運営に慣れてしまって、信徒らの言葉に耳を傾けなくなっていることが大きな問題であった。高齢者の牧師が一人で牧会を続けることに信徒が不安を募らせないはずもなく、信徒らは教会の若返りの必要を感じており、津村氏の適宜引退と、教会に活気をもたらす若い吸引力となる後継者の牧師の赴任を望んでいた。
  
信徒らのこうした要望は、教団や、津村氏自身にも何らかの形で伝わっていたとみられ、鳴尾には実際に、2回ほど伝道師が派遣されて来た。しかし、いずれの場合も定着することなく、早々に鳴尾を去ることになった。一人目は結婚とほぼ同時期に教会を去り、二人目は海外から夫婦で赴任して来たが(便宜上、AB伝道師と呼ぶ)、後述の伝道師の書簡で示す通り、津村氏のワンマンぶりと人遣いの荒さのために極限状態まで追い込まれた上、津村氏によって異端の嫌疑までかけられて、教会を去ることを余儀なくされた。この事件には最初から最後まで村上密氏の密室での介入があった。

鳴尾教会で騒動が持ち上がったのは、後者のAB伝道師夫妻が教会を去ることが決まってからのことである。AB伝道師夫妻の他教会への異動は、鳴尾信徒の承認なしに、津村氏と村上氏の意向により密室で一方的に決められた。そこで、この事件が鳴尾の信徒らに知らされた時、それは信徒らにとって、全く寝耳に水であった。


2.騒動の原因 ~村上密氏の介入により、密室で決められたAB伝道師の鳴尾からの異動~

AB伝道師夫妻は教団から派遣されて以来、鳴尾の信徒らになじんで好意的に迎えられていた。伝道師夫妻と信徒との間で騒動が持ち上がったことはなく、平均年齢がかなり高かった鳴尾教会では、若く活気あふれる働き手は非常に貴重な存在として受け止められ、AB伝道師は津村師の後任者として信徒からも期待をかけられていた。
 
教会の後継者と目されて赴任して来た伝道師が教会を去るとすれば、よほどの重大な理由がなくてはならない。それに伴う信徒の失望もかなり大きいことが予想されるので、そのような決定は、きちんと教団・教会内でよく話し合った上、信徒も含めて、教会全体が納得できるような手続きを経て運ばなければ、教会に大きな混乱を引き起こすことは避けられない。

ところが、次の書簡でも示されているように、伝道師夫妻の鳴尾からの異動の決定は、村上氏と津村氏によって、鳴尾信徒らへは全く知らされることなく行われ、村上氏と津村氏は、密室で伝道師に異動を迫り、すべての出来事を信徒の頭越しに運んだのである。そうでなくとも、鳴尾教会では、すでに述べたように、長年に渡って津村氏によるワンマン運営が行われ、役員会までもが形骸化していたので、信徒らは教会の重要な意思決定において、常に蚊帳の外に置かれているも同然であった。

津村氏は持ち前の強引な性格と、教会には彼の他に牧会者がいないという事情を利用して、すっかり物事を独り決めすることに慣れてしまっており、何事も信徒によく相談したりお伺いを立てたり、信徒の納得がいくまで説明するということがなかった。その上、この事件には、教団理事であったとはいえ、本来、鳴尾とは直接の関係がなかった村上密氏が暗黙のうちに介入していたため、事態はより鳴尾信徒にとって見えにくく、複雑になっていた。すべての重要な決定が、鳴尾信徒を完全に蚊帳の外に置いたまま、村上氏が用意した密室での話し合いによって決められて行ったことこそ、この事件の混乱の最も主要な原因であったのだと言える。

その結果、AB伝道師夫妻が突然、教会を去る羽目になったことについて、最後の最後の段階になるまで、信徒には全く事情が知らされなかった。役員すらも事情を知らず、伝道師夫妻が異動することが明白となってから、ようやく信徒にその事実だけが知らされた。

当然ながら、ようやく後継者問題に解決が見いだせると期待していた鳴尾信徒らは、この頭越しの決定に大きな衝撃を受け、納得できないものを感じ、憤慨した。そして、なぜそんな決定が行われるに至ったのか、教団側に明確な説明を求めたのも、当然のことである。


3.津村氏をめぐる疑惑 ~教団側文書によって明らかになった津村氏によるAB伝道師に対する一方的な嫌疑と理不尽な扱い~

さて、教団は鳴尾信徒らへの説明の過程で、教団責任者に宛てて書かれたAB伝道師の苦情の書簡と、それに対する津村氏の反論を信徒らに提示した。この教団側からの説明の過程で明らかになったのは、AB伝道師の異動の決定は、彼らが鳴尾の後継者にふさわしくないと判断した津村氏の意向を受けて行われたものであり、津村氏と伝道師夫妻の考えには以前から大きな相違があったということである。

さらに、津村氏と伝道師らの見解の相違は、両者が直接話し合って物事を決めず、常に村上密氏が介入して津村氏の意向を代理で伝道師に伝えようとしたために、余計にこじれ、両者の溝が決定的なものとなって行ったことが判明した。

まず、この時点で初めて鳴尾信徒に明らかにされた重要な争点としては、次のようなものがあった。

1.AB伝道師夫妻は、津村氏が間もなく引退して後継に道を譲るということを条件に鳴尾教会に赴任して来たが、いざ赴任して見ると、津村氏には一向に引退の意志がないことが明白となり、約束が裏切られたこと。

(津村氏にあたかも引退の意志があるかのように伝道師に伝え、鳴尾への赴任を促したのは、津村氏本人ではなく、村上密氏であった。次に、津村氏には引退の意志がないと伝道師夫妻に伝え、鳴尾から異動するように促したのも、津村氏本人ではなく、村上密氏であった。

 津村氏は反論の中で、あたかも自分には後任に道を譲るつもりがあったかのように述べているが、実際の行動によっては、その意志は何ら裏付けられることがなかった。むしろ、津村氏が伝道師に嫌疑をかけて後継者を追放するという行為に及んだことにより、結果的に、彼には後継を育てるつもりがなく、引退の意志もなかったことだけが裏付けられた。)

2.津村氏がAB伝道師を排除するために、密室で彼らにさまざまな嫌疑をかけていたこと。その中には、B氏の説教が異端的であるという指摘や、A氏の牧会活動の不備への非難等も含まれていた。

(しかしながら、こうした問題は、すべて津村氏が一方的に密室でAB氏に対して提起しただけのものであり、教会内の公の場ではきちんと議論されたことが一度もなかった。鳴尾信徒に対しては、そのようなやり取りがあったこと自体、秘密にされていた。)

3.伝道師夫妻が鳴尾から異動することがすでに決定した後で、彼らの書簡を通して、2.における津村氏のAB氏への非難には正当な根拠がなく、B氏の説教の異端性を裏付けるだけの十分な証拠も、A氏の牧会の不備を裏付ける証拠も存在しなかったことが判明した。

(むしろ、AB氏の書簡から明らかになったのは、彼らにあまりに理不尽かつ配慮に欠ける労働条件・生活条件を耐え忍ばせていたのは津村氏の方であったという事実だった。そうした背景を見るならば、津村氏がAB両氏にかけた様々な「嫌疑」も、正当性のあるものではなく、むしろ、津村氏が伝道師夫妻を単なる労働力のようにしかみなしておらず、後継として尊重していなかった一連の理不尽な扱いの一環であり、両氏を教会から追いやるための口実であったと見る方が自然である。)

4.こうした津村氏の一連の圧迫的な言動によって極限まで追い込まれ、また、津村氏に引退の意向がないことなど約束が裏切られたことに不信感を持ち、さらに村上密氏による密室での圧力を受けて、AB伝道師夫妻の方でも、鳴尾教会にとどまることが無理だと判断して異動届を出したことが明らかになった。

(しかしながら、この決定もまた村上密氏が、津村師の同席なしに、鳴尾信徒の頭越しに、密室で伝道師に促した結果であった。)


4.混乱の深化 ~村上密氏による暗闇での鳴尾の人事への介入の問題点と、津村氏の責任をあいまいにした教団側の不透明で不適切な対応~

すでに述べた通り、教団側からの説明の際には、伝道師夫妻が教団に宛てて書いた苦情の書簡だけでなく、それに対する津村氏からの反論も、きちんと信徒らに示されたにも関わらず、それによっても、鳴尾信徒らから信頼を寄せられていたAB両氏をどうしても津村氏が教会から異動させねばならないほどの重大な理由が存在したとは誰にも理解できる状況ではなかった。

何よりも、これほど重大な決定を信徒の誰一人とも十分に話し合うことなく独り決めした津村氏の行動そのものが、鳴尾信徒に重大な不信感を抱かせたのであった。そこで、鳴尾信徒の大半は、AB両氏を鳴尾教会の後継者にふさわしくないとして教会から異動させた津村氏の判断は、適正を欠く誤ったものであったと理解した。

さらに後継問題と同時に、津村氏による教会会計の私物化という問題も提起された。会計問題は、津村氏の教会のワンマン運営の一部でしかなかったのだが、実際に使徒不明金の存在も指摘され、津村氏はその疑惑に対して十分に応えることができないまま、引退することになった。

このように、AB伝道師の書簡を含め、教団側が鳴尾信徒らに提示した文書の存在を通して、鳴尾信徒には、教会人事の決定が、それまでずっと津村氏と村上密氏の介入によって、鳴尾信徒をよそに暗闇で行われたことが明らかになり、その手続きの不当性、不適切さが問題となった。そこで、その文書の内容は、AB伝道師に対する疑惑よりも、むしろ、津村氏に対する疑惑をより一層、深めさせるものであった。

にも関わらず、教団側は、人事決定の手続きの公正さが正しく確保されていなかった事実や、津村氏にまつわる一連の疑惑に対して十分な説明を行うことがないまま、また、村上密氏の介入の責任問題をも全く明確にすることなく、ただ津村氏の自主的な辞任という結果だけで、言葉を濁したのであった。

こうして教団は、この事件の全体の責任の所在を全くあいまいにしたまま、真相を何ら究明することもなく、幕引きをはかろうとしたが、そのことが、鳴尾の信徒らに教団そのものに対する払拭しがたい疑念を生じさせるきっかけとなり、その後、同教会の教団離脱に至るまで、長く続く混乱の原因となった。

そうなった背景にも、津村氏の家族として、同氏をかばいだてしたい村上密氏の思惑が強く働いていたことは疑いの余地がない。


5.繰り返される悪夢 ~教団側から鳴尾牧師に再びかけられた嫌疑~

このようにして、鳴尾教会は、後継者と期待していた伝道師(異動の時点では正教師になっていた)を失い、主任牧師も引退によっていなくなり、それらの出来事を引き起こした事件は一体、何だったのかということについても、教団からは何ら明確な説明を得られないまま、無牧の混乱の中に投げ出された。

その後、教団から鳴尾に新たな牧師が後任として派遣されるまでにも、相当な月日が経過した。こうした事件は、鳴尾信徒に深刻な悪影響を与え、後任の牧師が赴任するまでの間にも、起きた事件の理不尽さや、教団の不透明な対応に失望し、これに愛想を尽かした信徒の深刻な離散が続いた。この信徒の離散は、新たな牧師夫妻が赴任した後でもやまなかった。

教団は本来、津村氏にまつわる事件についてきちんと究明し、責任の所在を明らかにすべきであっただけでなく、もちろんのこと、その後、鳴尾信徒の混乱をおさめ、信徒の離散を防ぐために全力を挙げて事態の収拾にあたるべきであった。

ところが、あろうことか、新たな牧師夫妻(山田博・晃美氏)を鳴尾に派遣した後になっても、教団(及び村上+津村サイド)は、後述するように、再び以前と同じ悪夢のような問題を蒸し返して鳴尾を苦しめることを目的としてでもいるかのように、今度は新しい牧師夫妻に対してまでも、異端の嫌疑をかけ、様々な疑惑を提起しては、彼らがあたかも鳴尾の牧会者にふさわしくないかのように主張し始めたのである。

(こうした疑惑の多くは、後述する通り、村上密氏のブログや、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団とは無関係の杉本徳久氏のブログ「随想 吉祥寺の森から」を通して発表された。)

他方、津村氏は鳴尾を辞任後、村上密氏の牧会する京都教会に引き取られ、そこで何事もなかったかのように奉仕を続けていた。すでに鳴尾からは退いたはずなのに、本心では鳴尾を手放したくないと思い続ける津村氏の呪縛が、まるで亡霊(いや、生霊)のごとく、依然、村上氏と教団を経由して、遠隔操作によって鳴尾に及んでいるかのような不気味な状況であった。

鳴尾はすでに何人もの伝道者を教団側の意味不明な動機によって失い、大きな混乱を経験していたので、今度は新しい牧師夫妻までも、またも訳の分からない嫌疑によって教会から取り上げられて、同じ混乱が繰り返されるのを恐れた。大勢の鳴尾信徒らは、もはや教団から離脱しないことには、このような「津村氏+村上氏による呪縛」は終わらず、ずっと同じことが繰り返されるだけであると判断したのだと思われる。

そこで、鳴尾教会は正式な教会内手続きを経て、信徒の総意によって、教団を離れることを決定した(「鳴尾キリスト福音教会から皆様へ」記事によれば2010年5月27日付で単立教会としてスタート)。しかし、教団側はこの決定を認めようとはせず、あたかもこの単立化は牧師夫妻の扇動によって、教会を乗っ取るために引き起こされた不正な手続きであったかのように主張して、恫喝に等しい裁判をしかけることによって、教団離脱を決めた鳴尾教会と信徒らに対して「報復」し、離脱を阻止しようと試みたのであった。

(これについては以下の記事に記したので参照されたい。教団側はことごとくこれらの争いに敗北した。
カルト被害者救済活動の暴走~アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による魔女狩りとしての鳴尾教会への恫喝訴訟とAG信徒による他教会の乗っ取り~
宗務時報No.115 ~日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による鳴尾キリスト福音教会の教団離脱手続きに対する異議申し立て棄却の記録~
文化庁第160回宗教法人審議会議事録 ~日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による鳴尾キリスト福音教会の教団離脱手続きに対する異議申し立て棄却の記録~


6.事件のパターン化 ~「津村氏の呪縛」? 村上サイドから鳴尾教会の牧者に繰り返されている攻撃~

こうしたことを振り返ると、津村氏+村上密サイドすなわち教団側は、鳴尾に赴任して来た伝道師や牧師に対して、次々と、同じような「異端疑惑」や「牧会不備の嫌疑」をかけては、鳴尾教会から牧者を追放しようと繰り返し試みて来たことが分かる。

個々の事件だけを見て行くと、重箱の隅をつついたような論争に陥りがちであるが、こうした一連の事件を合わせてみると、そこには津村氏と村上氏サイドの一種のパターンと化した行動が見えて来る。AB伝道師夫妻と、現在の鳴尾教会の牧師である山田夫妻の鳴尾への赴任は、時期が全く異なるにも関わらず、不思議なほど、両者に対してかけられた教団側(村上サイド)からの嫌疑(言いがかり)は内容が似ているのである。

特に、極めて興味深いのは、村上+津村氏サイドがまずは女性牧者に対して「異端」の濡れ衣を着せようと試みていることである。

AB氏の書簡でも、津村氏が特に女性伝道師であるB氏に対して執拗に異端の言いがかりをつけようとしていたことが分かる。ちなみに、同伝道師が鳴尾を去った後で他教会を牧会する中で、同様の話は一度も持ち上がったことはない。

こうした事実を見るにつけても、B氏に対する「異端疑惑」は、鳴尾から気に入らない牧者を追放する口実として、村上・津村師サイドが持ち出した事実無根の言いがかりであったとしか思えないのである。そして、同じ手法を用いて、村上密サイドは、その後、今度は鳴尾教会の現在の牧師である山田夫妻、特に夫人の牧師山田晃美氏に対して異端疑惑を持ち掛けたのである(村上密氏のブログ記事参照)。

このように、村上サイドがまずは女性伝道者に異端の嫌疑をかけて、次に男性伝道者に対しても言いがかりをつけ、両者を追放しようと試みる手法は、両事件に共通しており、村上+津村氏サイドの常套手段のようにも見える。

そもそも異端の嫌疑というのは大変、深刻な問題であるから、そのような問題を論じるにあたっては、ことを公にして教団内の専門家らの間で公式の会議を行ない、慎重に議論を出すことが不可欠である。そうした公の審議もなされないうちに、津村氏がB氏にしたように、一方的に牧師が牧師を密室で非難し、さらにそれを根拠として人事異動の理由とすることが、いかに常識はずれで理不尽な手続きであるかは、言うまでもない。このような方法で行われた異動は、とてもではないが、正当な手続きとは言えない。

こうしたことからも、異端疑惑は、村上サイドが気に入らない人間を左遷するための口実作りを行なっていたとしか考えられないのである。

村上サイドは山田晃美氏に対して異端の嫌疑をかけた際、これが教団内できちんと議論・検証されるよりも前に、教団とは無関係の個人である杉本徳久氏のブログ「随想 吉祥寺の森から」などを盛んに使って中傷を流布し、事実の裏付けがきちんと取られないうちに、牧師夫妻のイメージを貶めようとした。そして、そのようにまことしやかに流布された「異端の嫌疑」は、教団内で話し合われた結果、裏付けが取れず、全く認められないまま今日に至っている。

(村上密氏が山田晃美氏に対して主張した異端疑惑が教団内でも認められなかった事実については、「鳴尾キリスト福音教会から皆様へ」の記事参照)。


7.「魔女狩り」の背景 ~津村氏と村上氏の男尊女卑と唯我独尊の思想~

このような「魔女狩り」とでもいうべき、女性伝道者に対する村上+津村氏サイドからの執拗な事実無根の言いがかりは、なぜ行われたのだろうか。

津村氏を身近で見て知っている人間として、率直に言えることは、同氏は相当なワンマンな教会運営者であったということである。鳴尾では、古参の男性役員の意見にさえ真摯に耳を傾けることがなく、まして女性の言い分に耳を傾ける習慣はなかった。

津村師の妻も講壇に立つことはなく、常に後ろに退いて同師のサポート役に徹していたことを見ても、戦前の家父長制の色濃く残る時代に生まれた津村氏は、夫のある女性は、妻として母として、夫を立て、男性を支えるために黒子に徹すべきという考えを持っていたのではないかと想像される。

戦争という出来事も手伝って、恵まれた教育を十分に受けているような余裕がなかったのかも知れないが、津村氏は、女性が高い教育を受けて伝道者となり、男性と同じように講壇に立って説教するということ自体に、強い違和感を覚え、自分の地位が脅かされるかのように感じていたのではないかと想像される。

(ちなみに、津村氏の娘である村上恵子氏は牧師資格を持っているはずだが、村上密氏と同じように講壇に立ってメッセージを語り、活躍しているという話を聞いたことがない。やはり、夫よりも後ろにさがってサポート役に徹すべきという考えを持っているためだと思われてならない。それだけでなく、恵子氏については、津村氏同様に、生き生きした感情を極度に抑圧されて無慈悲・冷淡・無感動になっているという印象を常に受けざるを得なかった。このことは私だけが指摘しているのではなく、カルト被害者が述べていることである。そして、この点こそ、村上密氏の活動の正当性に対する疑念を私に抱かせる最初のきっかけになった事実であった。つまり、男性牧師の活動の正しさは、夫人を見れば分かるのだと言える。どんなに牧師が活躍して自己満悦していたとしても、夫人が幸福でなければ何の意味もない。女性の目には女性が本当に幸福に生きているかどうかは決して偽ることはできないのである。ただし、このことについては別稿で触れる。)

改めてAB伝道師の書簡を読むにつけても、津村氏の内心では、女性伝道者の活躍を快く容認できなかったのみならず、自らの後継者と目されていた男性伝道者に対しても、同じように嫉妬深い、敵意に近い感情が生じていたことが見えて来る。

一言で言えば、津村氏はずっと自分だけが鳴尾教会のナンバーワンでい続けたかったのであり、鳴尾を牧会していた間も、鳴尾を去った後も、彼は自らの地位を誰かに譲ることに我慢がならなかったのではないかと思われる。

だからこそ、自らの後継になりうる人物に異端の嫌疑をかけて追放を試み、村上密氏を通して、今日に至るまで、鳴尾教会を取り戻そうと執拗な戦いを続けているのではないか? 

だが、ここまでくると、これは妄執であり、呪縛と言って差し支えない。鳴尾は、津村氏の辞任後も、今に至るまでずっと生霊のような津村氏の呪縛に追われていると言えるかも知れない。 


8.「魔女狩り」の理由その2 ~村上氏は鳴尾をブランチ化したかった?~

さらに、津村氏のみならず、村上氏までが、鳴尾の教団からの離脱の決定に対して、これほど執念のような反発を示しているのはなぜなのかという疑問が生まれる。

これについては、津村氏のみならず、村上氏もまた、津村氏の引退後、鳴尾を自分の手中におさめることを狙っていたのではないかと推測されるのである。

そう考える理由として挙げられるのは、村上密氏が、カルト被害者救済活動を通して、カルト化の疑いがあるプロテスタントのキリスト教会に積極的に裁判等をしかけて教会を取り潰し、信徒を「救済する」という名目で、自分の教会のブランチ化して来た事実があるためである。

このブランチ化という手法を見るならば、ファミリー経営の企業の合併のような感覚で、村上氏が津村氏の引退後、鳴尾教会は当然、自分の教会のブランチになると考えていたとしても不思議ではない。

京都教会と鳴尾教会はそれほど地理的に離れておらず、沖縄の教会をブランチ化するよりも、鳴尾をブランチ化する方が事ははるかに容易である。

だが、鳴尾に村上氏になびかない牧者がいる限り、それは成立しない得ない夢だ。特に、立派な教育を受け、強気でものを言ってくるような「目障りな」女性伝道者などもっての他ということになろう。
 
だからこそ、そういう「小賢しい連中」はあらゆる嫌疑をかけて早々に追放してしまい、鳴尾教会を何が何でも自分の教会に併合したかった、それが村上氏の本音ではあるまいかと推測されてならないのである。いずれにしても、そのような理由でもない限り、裁判で敗北しても、なぜ村上氏が一向にこの教会を諦めようとしないのか、説明がつかないのである。

このことは、これまで村上氏が自らにとって不都合な人物に対して盛んに行って来たネガティブ・キャンペーンの内容を見ても、さらに確信が強まる。

村上密氏のネガキャンの内容は、大体、彼自身の野望を他人にすり替えて転嫁して非難して来ただけに過ぎない。これは杉本徳久氏にもあてはまることであるが、彼らが他人に向けている非難のほぼ全ては、彼ら自身にそのままそっくり当てはまるものなのである。

たとえば、村上氏は、あたかも鳴尾の山田牧師夫妻が鳴尾教会を「乗っ取った」かのように主張していたが、同教会は適正な手続きによって教団から離脱したのであり、そこに「乗っ取り」は全く存在しなかったことが裁判によっても裏付けられている。

そこで、改めて生まれる疑問は、この教会を「乗っ取ろう(=併合しよう、ブランチ化しよう)」としていたのは、むしろ、村上氏自身(+津村氏)の方ではなかったかということである。

自らの野望を隠すためにこそ、同氏はそのような思惑をあたかも他人のものであるかのようにすり替え、自分は正義の味方のように装いながら、あの手この手で牧師の頭越しに鳴尾信徒に接近し、牧師夫妻の悪口を吹き込み、鳴尾教会の意思決定を分裂させては、この教会の教団からの離脱を阻止し、自らの支配下に取り戻そうと試みて来たのではないかと見られる。

おそらくは、早くから鳴尾教会を自らの支配下におさめようという思惑があってこそ、村上密氏は、津村氏の義理の息子という立場を存分に利用して、鳴尾教会の人事に積極的に暗闇で介入を繰り返して来たものと見られる。

いかに津村氏との義理の家族関係があったとしても、鳴尾信徒の頭越しに、密室で、教会人事に介入するなど言語道断である。それは誰の目にも、適正さを欠く、不誠実で信頼できない行動と映るのは明白である。

なぜそのような不透明な介入を村上密氏は当時から行って来たのか。それは鳴尾教会の人事を暗闇で思うがままに動かし、この教会を自分の支配下に掌握するためではなかったのか。鳴尾教会の教団からの離脱を手を尽くして阻止しようとしているのも、同じ理由からではないのか。

つまり、村上氏はどうしても鳴尾教会を自分の支配下に掌握したいのである。そのためにこそ、津村氏を利用して当時からこの教会に対して、あらゆる不当な方法を用いて介入をはかって来たのである。

だからこそ、鳴尾教会はこのような村上氏(+津村氏)の執拗な「魔の手」を逃れるために、教団を離脱して去って行ったのである。


9.本当の「異端者」は誰か? ~自己の無謬性を主張し、自ら神に代わって裁きを行うという異端~

繰り返すが、村上密氏の鳴尾教会に対するネガティブ・キャンペーンは、ただ彼自身の野望を他人に投影し、責任転嫁するものでしかない。だから、彼らが鳴尾の牧者にかけた「異端」疑惑についても、真の「異端者」とは誰なのか、という問題を今一度、よく考えてみる必要がある。

村上密氏は最近でも、「教会のカルト化―神のことばに混ぜ物をして売る危険―」などと題して、盛んにカルト対策セミナーを行なっている。しかし、こうした題名を見るにつけても分かるのは、彼は自分は決して間違わず、正しい見地から物事を主張できると考えて、カルト化の危険をただ他人事として述べているということである。

もし「混ぜ物」をする危険を訴えるならば、本当は、村上氏自身にこそ、誰よりもその危険をかえりみなければならない。なぜなら、村上氏の誤りの多い偏ったブログの文章や、彼が他人に対してまき散らして来た裏づけの取れない中傷こそが、「混ぜ物」に他ならないからである。

村上氏のブログ内容は、人間的な観点だけから見ても、客観性を欠く問題だらけの内容である。自らにとって不都合なことは、たとえ事実であっても書かれてはいない。これを差し置いて、他人だけに向かって御言葉へ「混ぜ物をする危険」など悠長に語っていられる場合ではない。

だが、村上密氏はそのようなことをかえりみることはない。同氏は自分だけは誤りに陥ることなく、他教会のカルト化を取り締まる正義の味方でいられると思い込み、一方的で独善的なものの見方しかできなくなってしまっている。こうした背景には、異端の影響があると思われてならないのである。
 
キリスト教の異端の一つに、地上において人間が完全に聖化するという考えがある。このブログでも再三に渡り、訴えて来たように、すべての異端は、人が自力で神の聖に至ることができるというグノーシス主義であるが、その一環として、地上において信者が完全な聖化に至ることができるとする偽りの思想がある。

聖書によれば、人間は霊・魂・肉体を持っており、神の霊と交わることができるのは、人の霊だけである。従って、どんなに神と霊において親しく交わったとしても、信者が聖別されるのは霊だけであり、堕落した魂と肉体が聖化されるわけではない。

地上にある限り、人間の魂も、肉体も、神から離れており、従って、人が地上で完全に聖化されることはなく、人とキリストとの完全な結合は、復活の時を待たなければならない。従って、地上における信者の歩みとは、絶えず「霊によって体の働きを殺す」という性質を持たねばならず、堕落した体の働きがなくなることはなく、体の贖われる時にならなければ、決してそこから解放されることはなく、完全な歩みには至らないのである。だからこそ、信仰者は絶えずイエスの血潮にすがっていく必要がある。
 
ところが、グノーシス主義に影響を受けた異端は、このような霊・魂・肉体の切り分けを否定して、あたかも人の全てが(魂・肉体も含めて)神を信じれば聖化されるかのような偽りの思想を吹き込む。文鮮明を再臨のキリストとみなし、合同結婚によって信者が「聖家族」に加えられると教える統一教会は言うまでもないが、ペンテコステ系の多くの教えにも、この種の偽りが混入している。

こうして、自分が完全に「聖化」されたかのように偽りを信じてしまった信者は、それ以後、自分を神に等しい絶対者として考えるようになり、己の言動の無謬性を信じた結果、自分の過ちをかえりみることがなくなってしまう。そして、自分のメッセージを神の御言葉と同一視して、信者に絶対服従を求めたり、自分の判断を神の審判と勘違いして、自分に逆らう者をことごとく「悪魔」、「異端者」扱いして追放し、魔女狩りのような「異端審問」を実行して、無実の人々を苦しめたりする。

村上密氏の活動を振り返る時、そこに顕著に表れているのは、同氏が自分を神のように絶対的に正しい存在とみなして、それを根拠に、他人の内心を取り締まり、指導できると思い込んでいることである。もし自分が神と同じほど正義であり、聖であるという確信がなければ、他者の信仰生活に立ち入って、その誤りを批判し、これを実力行使によって排除するために取り締まるなど誰にもできない相談である。
 
異端について警戒を呼びかけたり、危険な教えに逸れている信徒に忠告することは、聖書が禁じておらず、むしろ奨励していることであり、それ自体は何ら咎められる行為ではない。だが、そのためには、聖書の御言葉に照らし合わせて詳細な検証が不可欠であり、それをせずに、誰彼構わず気に入らない人物に異端のレッテルを貼って排除するのでは、単に「魔女狩り」にしかならない。

さらに、独麦は抜かずにおくようにと聖書が教えていることから、たとえ異端者であっても、クリスチャンが裁判等により、これを実力行使で排除することによって生活の場を奪い、いつまでも報復行為によって苦しめ続け、追い詰めるようなことは認められていない。

まして、教会に「異端」の嫌疑をかけ、教会に裁判をしかけて弱体化させることによって、教会を自分の教会に併合したりするような活動は、人の目から見ても「救済」からはほど遠く、何ら聖書に基づくものではない。そもそも牧師が教会を訴えるという行為自体が、村上密氏の登場以前には、プロテスタントのキリスト教界に未だかつて存在したことのない異常現象なのである。

そして、鳴尾の教会人事に資格なしで介入して来たことや、私がここで指摘している「サイバーカルト監視機構」の存在を含め、開かれた公の場での話し合いを通して、物事を解決して行くのではなく、常に自分は矢面に立たず、密室の暗闇で、証拠の残らない形で、他人に影響力を行使し続けて来たこのような人物が、果たして信頼に足るのかどうか、信仰者と言えるのか、何を目的にキリスト教界で活動しているのか、改めて考える必要がある。

こうしたことから、鳴尾教会の牧者に対して次々と「異端」の嫌疑をかけて排除を試みて来た村上密氏であるが、同氏自身は何者なのか、果たして異端者でないと言えるのか、このような人物がクリスチャンと呼ばれるにふさわしいのか、慎重に再考することが必要である。

何よりも疑わしいのは、同氏がプロテスタントのキリスト教界のすべての他の牧師をさしおいて、自分こそが教会のカルト化問題を取り締まる第一人者であると考え、他者の信仰について正しい判断ができると自負していることである。それ自体、極めて異常であり、己を神に等しい絶対者とみなしていなければ、決してできない行動であることに思いを馳せる必要がある。

そのような高慢を信者に生じさせる背景として考えられるのは、いつも決まって 統一教会の教えのように、地上で完全な聖化がありうると教える異端の影響以外にはないのである。

 
<続く>

村上密牧師による鳴尾教会への不当な介入―アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動➀

<この記事は「東洋からの風の便りIV」に掲載しているものです。一時的にこちらに転載しますが、まもなくホームページ等にまとめていきます。>

先の記事で何度もアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の現役信徒であったBr.Takaこと鵜川貴範・直子夫妻が、身元を隠してKFCに入り、メッセンジャーとなり、Dr.Lukeと共に気に入らない信徒を中傷し、悪魔扱いして追放して来たことを述べた。 

Dr.Lukeはその後Taka氏に裏切られ、KFCはTaka氏の策略により何年もそれまで維持して来た会堂契約を失うに至った。さらに、Br.Taka氏がKFCから気に入らない信徒を中傷し、追放するにあたっては、名古屋のAG信徒(candy氏)、天声教会のメッセンジャーもこれに加勢したことを述べた。

こうした事件がまさか偶然に起きたものだとは、私は思っていない。むろん、このような信徒は早期に「兄弟姉妹」でないとみなすべきであった。そうしていれば、KFCももう少し被害を防げたかも知れない。

だが、今はKFCのことは脇に置いて、いずれにしても、これらの出来事の背景に、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団と密接な関係がある信徒らを存分に利用して、独自の目的を遂げようとした集団が確かに存在していたことは、ほとんど疑いの余地がないように思われる。

そもそもアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、私が最初のブログ「光の天使の罠」において同教団京都教会の牧師村上密が率いるカルト被害者救済活動を危険なものとして分析・批判してから、現在に至るまで、何年間も、あらゆる方法で私に嫌がらせを繰り返して来た。

中でも最たる嫌がらせの例は、現在すでにアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団とは何の関係もないはずの(カトリック信者と言われる)杉本徳久氏の個人ブログ「随想 吉祥寺の森から」を通して行われた私への誹謗中傷であった。

これについては幾度も反論記事を記して来た通りであるが、名誉棄損の可能性が極めて高い内容であり、相応の対処が必要であると考えている。

さて、直接の面識が全くない杉本氏がこのような私に対する一連の誹謗の記事を掲載するに至った背景には、当然ながら、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団村上密氏の強い影響があった。

杉本氏は村上密氏のカルト被害者救済活動を支持している旨を自身のブログで明確に述べており、村上サイドの活動を擁護・防衛するために、私への弾劾記事を自身のブログに載せたのである。

そして、村上氏の方でも、教会のカルト化問題を扱うにあたり、彼が疑わしい(カルト化の疑いがある)とみなした多くの教会や牧師に対して、自身のブログを用いて批判するだけでなく、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団とは何の関係もない一個人である杉本氏のブログを積極的に活用して、批判弾劾記事を掲載させて来た事実は、ここであえて述べなくとも世間によく知られている事実である。

私は当初から、村上密氏の率いるカルト被害者救済活動なるものは、ただ単に村上氏の個人の意志で始まったものであって、公に教団から認可を受けたものでなく、ましてプロテスタント教界全体においては何の権限も付与されておらず、それなのに、彼があたかもプロテスタントの教界全体を取り締まる資格を持っているかのように、自ら「危険」とみなした教会について、次々と信徒から情報収集をしては、その教会の牧師の頭越しに「被害者」からの証言を集め、これを基に他教会の人事に介入し、「疑わしい」教会に裁判をしかけて、教会を消滅に追い込んだり、あるいはブランチとして自分の教会に併合したりすることは、極めて大きな危険であることを指摘して来た。

このように、カルト被害者救済活動は、被害者を救済するという美名を口実に、実際には正当な権限を持たず、誰からもきちんと承認を受けていない一個人に過ぎない牧師が、ただ自らの正義感だけに基づいて、全プロテスタント教界の内情に介入してこれを取り締まろうとするものであるから、これは個人である牧師がプロテスタント教界全体に君臨しようとすることに等しく、極めて危険な試みであり、プロテスタントでそれまで守られて来た教会の自治にもそぐわず、むしろ、教会の自治の破壊に他ならないことを指摘して来た。

さらに、村上密氏は公の裁判やきちんとした法的手続きを通さずに、杉本氏のような個人ブログを利用して、事実確認もできていないうちに、疑わしいとみなした牧師や教会や信徒に対して次々と弾劾記事を掲載しては、「風評」(実際にはそのほとんどが中傷)を流布して行ったわけであるから、これがどれほどの危険を伴う、クリスチャンにあるまじき非聖書的な行為であるかは明白であった。

結局、村上密牧師の率いるカルト被害者救済活動とは、実際には、被害者の救済という美名を隠れ蓑としただけの村上密個人による異端審問であり、そうである以上、この活動は必ず暴走し、村上密氏やその支持者にとって不都合な言説を行なうすべての信者に異端者の疑いがかけられることになるのは必然であり、魔女狩りのような様相を帯びることは避けられないと警告して来たのである。

そして、実際にその通りになった。その一例として、彼らは、彼らの活動を批判する私に対して幾度も誹謗記事を掲載して来たのみならず、支持者を利用して他にもさまざまな方法で嫌がらせを繰り返してきた。杉本氏は自分のブログを使って、私のブログに対してひどいバッシングを行なったが、そのほかにも、私のブログには、長きに渡って読者を装った人々から嫌がらせが繰り返されて来たことは「さわやか読者賞」に記載した通りである。

しかも、そのような嫌がらせを行なう読者の多くは、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団信者であったり、あるいは村上密氏の活動の支持者であったりと、村上サイドと密接な関係がある者がほとんどであったことが分かっている。

そこで、このようなことを背景として見るならば、KFCで他ならぬアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の信徒であったBr.Takaが引き起こした事件が、単なる偶然であったと考えるのは、あまりにも浅はかすぎるだろう。

長い間、村上密氏と杉本氏は私のみならず、KFCやDr.Lukeにも敵対感情を寄せていた。そのことは、彼らの記事内容から明白である。そこで、Br.Takaのようなアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団信徒が身元を隠してKFCに潜入し、そこで分裂騒ぎを引き起こし、他ならぬアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団で行われているカルト被害者救済活動を支持しない信徒に次々異端の濡れ衣を着せて駆逐したことは、全く村上密氏や杉本氏の利益にかなったことであり、これを偶然としてとらえるには話が出来すぎている。

これまでにも、村上氏はさまざまな方法を駆使して、公にならない暗闇の密室において、自らが疑わしい(あるいは不都合)とみなした他教会の内政に干渉して来たことが指摘されている。ブログ「随想 吉祥寺の森」のコメント者を含め、独自のネットワークを利用して、彼らは他教会の信徒に接近して巧みに情報収集し、他教会の弱点や信徒の不満を探り出し、「被害」が発生しているとの証言をさせて、これを基に、他教会の人事に介入し、教会内秩序を転覆させるような活動を繰り広げて来たのである。

そうした活動の多くが、教団の規則などの公の手続きに則らずに、教会の牧師や信徒の頭越しに、信徒からの密告などに基づいて行われた。さらに、公の手続きに則り起こした裁判でさえ、村上サイドはきちんとした証拠を挙げられないまま、敗北している事実がある。

このことは、彼らがきちんとした証拠に基づかず、私刑としか言えないような方法で、不都合な教会や信徒に制裁を加えて来たことを意味する。そのような危険な活動を暗闇で繰り広げる牧師が、KFCにだけは手を出さなかったと考えるのは、いささか子供じみた発想だと言えるだろう。そこで、他ならぬBr.Takaのような人物がKFCにやって来たのは、明確な目的を持った上での接近であったと考えるのが妥当である。

さて、村上密牧師サイドが、ネトウヨ的なクリスチャン読者を使って幾度にも渡り、私を恫喝して黙らせようとしてきた目的の最たる理由の一つが、鳴尾教会問題にあったと見られる。

(鳴尾教会とは、当時の鳴尾純福音教会、現在の鳴尾キリスト福音教会である。)

彼らはただ私が彼らの活動に賛成しなかったことが気に食わず嫌がらせを繰り返しただけではなく、私が鳴尾教会の事件の目撃者・証言者であればこそ、不都合な事実を公表されないために、私を執拗に恫喝して沈黙に追い込もうとして来たのだと考えられる。

村上密氏が鳴尾教会の問題にどれほど固執しているかは、彼が繰り返し裁判で敗北しながらも、未だにブログ等でこの問題を持ち出しては鳴尾教会サイドを批判するのをやめない態度にもよく表れている。

おそらく、鳴尾問題は、村上氏にとって致命的なアキレス腱なのであろう。裁判で敗北が確定しても、彼の中ではこの問題がなお終わりを告げていないのである。それはただネット上で虚偽の情報を流布して裁判に敗北した事実を隠し、偽りの覇権を握り続けたいというだけの動機からではない。

村上氏はそういった動機を超えたもっと深いこだわりをこの教会に対して持っているように見受けられる。つきつめて考えて行くと、やはり、村上密牧師の出世のルーツがこの教会にあるためと考えられないこともない。
 
よほど村上氏は津村氏を擁護したい(あるいは、津村氏に心を支配されているために彼をかばおうとする)のだろうと思われてならない。なぜなら、そうでなければ、こんなに年月が経っても津村氏の不祥事が公になることを恐れる理由がないからだ。

鳴尾教会が混乱状態に陥ったのは、村上氏が主張しているように、現在の牧師夫妻のせいではない。すべての原因は、鳴尾教会の以前の牧師であった津村昭二郎氏の不祥事問題にある。そして、津村氏は村上氏の義理の父である。私はかつてブログで、この不祥事問題を記した教団文書を取り上げた。(次回の記事でも再度取り上げる。)おそらくは、この不祥事こそ、村上サイドが最も明るみに出したくないものだと考えられる。なぜなら、それが公になると、鳴尾問題のすべての原因が、津村昭二郎牧師の牧会の至らなさにあったことが明らかになってしまうからである。
 
もし津村氏の後ろ盾がなければ、村上密氏がアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団でこれほど急速に勢力を拡大することはなかっただろう。なぜなら、当初、彼は単に統一教会を脱会しただけのクリスチャン歴のほとんどない信徒に過ぎず、さらにはカルトについても専門教育を受けたわけでなかったからである。もし彼が津村氏の娘である恵子氏との婚姻によって、教団で相当に権威とみなされていた津村氏の後ろ盾を得ていなければ、彼がどんなにカルトの専門家として名乗り出たとしても、周りの牧師や信徒がそれに耳を貸したかどうかは分からない。

同教団では、100人を超える教会を形成することはかなりの功績とみなされる。四十年間、鳴尾教会を牧会し、100人以上の教会に成長させたことは、教団では津村氏の手柄とみなされていた。 
 
ところが、鳴尾では、その津村氏の不祥事が問題にされて彼は辞職に至った。その際、この事件の顛末が信徒に公表されたが、津村氏の責任問題は、結局、曖昧なままに幕引きがはかられた。そこには、この事件が公になると、一番、困る村上氏が教団に積極的に働きかけて事件をうやむやなまま終わらせようとした影響力が見られる。

そもそも、津村氏の不祥事にまつわるこの一連の事件には常に村上氏の影が付きまとっていた。配布された文書からは、村上氏が当時からあの手この手で教団内人事(他教会の内政)に積極的に干渉していた様子が見て取れるのである。当時の村上氏の若さを考えると、彼が教団内でそんな権力を持っていたことは、極めて異常な事態であり、当時から彼が津村氏の威光を積極的に利用して、教団内の人事を思うがままに動かそうとしていた様子が見て取れる。

村上氏は義理の父をかばい、教団内で不名誉な失脚をさせないために、鳴尾教会での事件をうやむやなまま、津村氏の辞職によって幕引きを図ろうとしたが、そのことがきっかけとなって、鳴尾教会の信徒は教団の不透明・不誠実な対応にいたく幻滅・失望した。長年、指導者と仰いで来た津村牧師に信頼を裏切られ、また、次期牧師と期待を寄せていた若い伝道師夫妻をも失い、教団からも何ら誠実な回答を得られないまま、鳴尾の信徒は指導者をみな失ったのである。

このようにして混乱に投げ出されたことが鳴尾問題の始まりであり、その後も、教団に失望した鳴尾信徒の離散はやまなかった。

しかし、村上氏は鳴尾教会のこうした事情には見向きもせず、その後も、津村氏が面目を失わないで済むように自らの牧会する京都教会に引き取り、何事もなかったかのように活動を続行させた。こうしたことは全て、村上密自身のため、彼の保身のため、村上氏が津村氏の後ろ盾を失って、教団内の地位を失わないために行われたことだと理解される。 
 
こうした事件がきっかけとなって、当然ながら、鳴尾教会はアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団にひどく不信感を抱くようになった。教団は津村牧師の面子を潰さないために、責任の所在を明らかにすることなく、事件をうやむやにし、混乱の中に鳴尾を放置したからである。

その後、現在の山田牧師夫妻が赴任すると、今度は、村上密氏は、すべてのゴタゴタの原因を山田夫妻に押しつけてしまった。鳴尾信徒が減少を続けたのも、津村氏の事件がきっかけなのではなくて、山田夫妻の牧会がまずかったせいで起きたことであるかのように見せかけて責任転嫁したのである。

その責任転嫁を正当化するために、村上密氏は山田夫妻、特に牧師であった山田夫人に異端の嫌疑をかけて、魔女のようなイメージを作り上げた。(彼らは私に対しても、「随想 吉祥寺の森」の記事等を通して同じような悪人のイメージ作りを行ない、また、次の記事で述べるように、鳴尾教会にかつて赴任した伝道師の夫人にも同様に嫌疑をかけて、異端者のイメージを作り上げていた。そうしたことから、特に御言葉を宣べ伝える知的な女性に対する憎しみと、彼女らに異端者の濡れ衣を着せた上での排斥は、彼らの常套手段であったことが分かる。まさに「魔女狩り」である。)そして、あたかも夫妻が異端の影響を受けているために牧会が失敗して教会が混乱に陥っているかのようなイメージを作り上げようとした。しかも、そのイメージ作りのために、上記したアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団とは何の関係もない(カトリック信者と思われる)個人ブログ「随想 吉祥寺の森」を利用して、そこに山田夫妻に関するでっちあげの異端スキャンダル記事を掲載させて、風評を広めて行ったのである。

このような教団の対応に不信感を募らせ、幻滅し続けていた鳴尾教会は、ついにアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団からの離脱を決定したが、これに対して憤った村上密氏は、文化庁に異議申し立てを行なったり、鳴尾教会に恫喝裁判をしかけたりして、正当な離脱を「乗っ取り」と主張し、まるでこの教会を消滅に追い込むことを目的とするかのような激しい嫌がらせを繰り返した。

たとえこのようなケースでなくとも、キリストの福音を宣べ伝えることを主たる目的とする教会が、裁判などしかけられた日には、どれほど伝道活動の妨げとなり、牧師も信徒も戦うことに疲れ、信仰生活が危機にさらされるか分からない。それでも、村上氏は、福音を優先して裁判を控えることをせず、さらには自らしかけた裁判が原因で引き起こされた可能性が極めて高い鳴尾の信徒の減少をも、相変わらず一方的に山田夫妻の責任に転嫁しては夫妻と教会を非難し嘲笑し続けた。まるで本心から教会が消滅することを願っているとしか思えない行動である。

このような村上氏の行為からは、彼の保身と、私怨の深さは感じられても、キリストの福音を宣べ伝えて、魂の救いを第一に願う牧師としての心が完全にかけていることを感じざるを得ない。何よりも、同胞であり、同じ教団の仲間であった教会や牧師を訴える彼の行動は、到底、クリスチャンとしての愛から出て来たものであるとは思えず、むしろ、「兄弟たちの告発者」である悪魔の憎しみを想起させるものである。

そして結局、教団からの離脱を決めた鳴尾教会サイドに対する村上氏による文化庁への異議申し立ても裁判も、すべては敗北に終わった。それを通して、村上サイドの主張には何らの確かな証拠もなく、むしろ、言いがかりに過ぎなかったことが明らかになった。むろん、彼が山田夫妻について主張していた異端の疑惑も、教団内でさえ認められなかったのである。

村上氏のこうした一連の行動から分かるのは、たとえ負けると分かっていても、結論を先送りするためにとにかく恫喝裁判をしかける、たとえ疑惑が証明できないと分かっていても、まずデマをまき散らすことによって、政敵とした相手の疑わしいイメージを作り上げる。まずデマを流布して、政敵の印象を貶めておいてから、次に具体的な手続きに入り、事件が長期化して事実が明らかになるころには、自分が流布したデマなどなかったかのように知らぬふりを決め込む、という極めて悪意に満ちた無責任な態度である。

たとえ村上サイドが裁判で敗北したとしても、裁判をしかけられただけで教会はダメージを受ける。そのようにして村上サイドは、裁判に勝つことを目的としているのではなく、可能な限り永久に政敵とみなした相手に精神的ダメージを与えるためだけに、因縁をつけ、絡み続けているのだと見受けられる。苦痛を与えることが目的なのであって、正義を打ち立てることなど全く眼中にはないのである。ただ彼の保身と、責任転嫁と、自分に盾突く人間を苦しめるためだけにすべては行われているのが明らかである。いかに彼が不誠実で冷酷な人間であるかが、そのことからよく分かるのである。さらに、それらの行為は信徒らの信仰生活を著しく妨害する行為であるが、牧師を名乗っている人物がそれを行なうことの恐ろしさは誰の目にも明白である。

にも関わらず、教団はこうした顛末をきちんと見据えた上で、本当に村上氏の主張が正しかったのかどうかを検証することなく、山田夫妻を除名することによって、村上氏をかばった。結局、津村氏の時と同じことが繰り返されたのである。

このようなアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の不誠実かつ心無い真実性に欠ける対応によって、鳴尾教会がどれほど深いダメージを受けたか分からない。それでも、今になっても、村上サイドはこの教会への非難をやめない。

私から見ると、もし普通の牧師であれば、たとえ誰が悪かったのかという問題を脇に置いたとしても、自分の義理の父が牧会していた時に起きた事件が原因となって混乱している教会に赴任する牧師には、申し訳ない、頑張ってほしいという応援の気持ちを持つのが当然であろうと思う。

ところが、村上氏には、津村氏の不祥事を隠したいという気持ちしかなく、混乱を収拾するために尽力させられている鳴尾の後任牧師に対するねぎらいの気持ちは皆無なのである。

そもそも教会が続いただけまだましだっただろう。それまでの経緯を見れば、教団に不信感を持たれても、それは仕方がない。とにかく存続しただけ良かったのである。教団に残るか抜けるかは、教会が自主的に決定することであり、部外者には誰にも止められることではない。ところが、かろうじて続いたその教会が、教団を離脱することを決めると、今度は裁判によって消滅に追い込むことを目的とするかのような行為に及ぶわけであるから、村上氏がどれほど同業者の牧師に対して冷酷で、心無く、ただ己のプライドしか考えない自己保身的な人間であるかは、あらゆる人の目に明白である。

繰り返すが、津村事件が尾を引いたため、鳴尾の多くの信徒は傷ついたまま離散したのであり、この私も、津村氏の事件がなければ他教会へ行く必要もなく、村上氏のいる宗教トラブルセンターに出向く必要もなかったであろう。そして宗教トラブルセンターは私に対して何の解決も提示しなかった。それは鳴尾に残った信徒に対する村上氏の心無さと全く同じ対応である。
 
津村氏の事件は、実に多くの鳴尾信徒の運命を狂わせた。だが、村上氏はそんなことは微塵も認めず、未だに鳴尾教会に嫌がらせを続けているだけでなく、私についても今に至るまで「吉祥寺の森」の読者等を存分に利用して、執拗に悪影響を及ぼそうと企てている。鳴尾教会で津村氏の不祥事が明るみに出されてから今年で十四年目である。どれほどすさまじい執念で彼が敵対者を追い続けているか、この歳月からもよく分かるだろう。
 
そこから当然、彼は自分の教会やブランチから離反したカルト被害者や、信徒たちにも、同じ冷酷な対応を繰り返しているのだろうと想像できる。自分の傘下から出て行く人間に対しては、恐ろしく冷酷であり、その後の人生の解放を願って祝福するどころか、生涯に渡って追跡し、嫌がらせを続けて、人生の足を引っ張り続ける、執念のような憎しみが感じられる。

村上密氏は、津村氏が原因で起きた鳴尾教会の信徒の減少について、あたかも山田夫妻が信徒の心を十分に顧みなかったかのように主張して非難しているが、そのようにして他教会の信徒の減少を牧師の牧会の不備として責めるなら、一体、自分の教会のブランチの信徒の離反やカルト被害者の離反に対して、神と人との前でどう言い訳するつもりなのだろうか。
 
村上氏の一連の態度から分かるのは、彼は自分の責任というものを一切認めず、自分に都合の悪い事実は全て他人の責任に転嫁し、他人を悪し様にけなしながら我が身をかばい、自分だけは決して間違わず、正しいかのように主張して、正義の仮面をかぶり、自己正当化を続けているということである。

そのようにして自分の見せかけの正しさを主張するためならば、たとえ自分のもとに身を寄せたカルト被害者であっても名誉を辱め、自分に敵対する人間にはどんな汚名を着せて人生を妨害しても平気なのである。そのようにまで己の立身出世と保身しか念頭になくなった冷酷無慈悲な性格は、牧師として到底、あるまじきものであり、クリスチャンに相応しいものとも思えないが、こうした評判は、すでにカルト被害者の間でも周知の事実となっている。

にも関わらず、沖縄などでも、村上氏と一緒になって活動している新垣氏などが、被害者からの批判や反対をすべて抑え込んでおり、被害者は沈黙を強いられているということも、すでによく知られている事実である。私に対して村上サイドが仕かけて来た嫌がらせと恫喝の手法を見れば、他のカルト被害者たちが何をされているかも容易に想像がつくのである。
 
アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、村上密氏は果たして何者なのかという問題をよく考えるべきであろう。そもそも、彼は本当にクリスチャンなのか。キリストの福音を宣べ伝えることを目的とする牧師と言えるのか。彼は一体、何を目的に牧師として活動し、教団に入り込んだのか。なぜ教団からますます正義が失われ、信用が失われ、より多くの信者がこの教団に失望幻滅して離れ去るような方向で動いているのか。

宗教は政界とは異なる。他人のトラブルを飯の種として、政略結婚によって出世の階段を駆け上がって行くことが可能なほど甘い世界ではない。政界ならば立身出世のために何をしても法にさえ触れなければ許されるかも知れないが、聖書の御言葉に従わない牧者には、神から厳しい裁きがあることは聖書に警告されている。何よりも、村上氏自身が、偽預言者に対して厳しい警告を発しているのであるから、それを自身に当てはめるのは当然だろう。

神の御名を利用して生計を立てていながら、同業者を告発することを生業とし、身内には甘く、気に入らない同業者や他教会は容赦なく訴えて、裁判により潰し、併合する。自分のもとへ一度でも身を寄せた信徒であっても、反対者となれば容赦なく非難し、人生の立ち直りを妨害する。そんな村上氏の態度には、到底、キリストの愛もなければ、クリスチャンとしての高潔さもなく、信仰も見られず、とてもではないが、牧師に相応しい態度だとは言えない。強欲な牧師、他人の教会まで潰し、乗っ取ろうとしている牧師とは一体、誰のことだろうか。

何よりも、牧師という職業は、キリストの福音を宣べ伝えることを第一とするものであって、異端の取り締まりが第一になっている時点で、すでに異常なのである。

最近、起きた神社の油まき事件にしても、これをきっかけに村上密氏はメディアに注目されたが、彼は危険な行為に従事している同業者を立ち直らせるために、牧師として説得することを第一とするのでなく、むしろ同業者を警察に売り渡し有罪に追い込むことで自らの手柄としようとした。そんな牧師がキリスト教界で好意的に受け入れられるはずがないのは明白である。

己の不祥事はすべてうやむやにしてごまかし、同業者のトラブルと失敗だけは厳しく責め立てて暴露し、自分をかばうためならば、仲間の存在しないトラブルさえもでっちあげて他者の信仰生活を妨害する。教会を潰し、信徒を減少に追い込み、信仰生活を妨げて、それを糧に有名になり、専門家として名を挙げる。それが牧師の取るべき態度なのか、まともな牧師活動と言えるのかどうか、そこからもう一度、考えてみる必要があろう。

村上密氏がこれまでクリスチャンの間で煽り続けて来た対立、憎しみ、争い、何よりも教会の破壊、これには必ず厳しい報いが伴い、神がお答えになると私は思う。信徒を神のみもとへ導かず、魂の救済を第一とせず、ひたすら人間的な対立を煽っては、争いを糧に利益を得て来た村上氏に、果たして信仰はあるのか。クリスチャンは、まずこの人物が本当にキリスト者と言えるのか、クリスチャンの仲間と言えるのか、そこからきちんと再考する必要があるように思う。
 
私は物心ついた頃から、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団を知っており、当時から、この教団には疑わしい非聖書的・異端的な教えが流入していたが、それにしても、当時はここまでひどくはなかった。村上密氏の登場以前には、教団を離脱した信徒や教会に対して、教団が徹底的に嫌がらせを続けて信仰生活を妨害し、長年に渡る裁判にまで及んで離脱を阻止したり、移って行った先の教会の信徒にまで接近して嫌がらせを続けたなどの話は聞いたことがない。

その当時、たとえアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団を批判して出て行く信徒がいたとしても、反対者に対してこれほど執拗な陰謀工作を暗闇で多年にわたって巡らすような指導者は誰一人としていなかった。(当時から、教団を批判して去る信徒たちはかなりいたし、この教団はペンテコステ派に属さない他の教団からも常に批判を向けられていたので、批判や反対は日常茶飯事であり、誰もそのようなことに特別に目くじらを立てたることはなかった。まして報復するなど論外であった。)

脱会者に対する言語を絶する壮絶な嫌がらせは、統一教会や、創価学会などの新興宗教にはおなじみの手法であっても、プロテスタントのキリスト教界にはなじみがない。アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団以外では、今でもそのようなことは行われていないであろう。教会を離脱するときに、牧師と信徒間での多少のトラブルはあるかも知れないが、牧師が教会を訴えた話など他教団では聞いたこともない。

統一教会を脱会した村上密牧師は、統一教会流の脱会者や反対者への陰湿ですさまじい妨害•中傷•陰謀工作を、プロテスタントのキリスト教界に初めて持ち込んだ人物である。彼はこうして、統一教会を脱会し、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団に入って、クリスチャンを名乗るようになってからも、かつての統一教会流のカルト的二元論的思考を捨てられず、それをそっくりキリスト教界に持ち込んで今日に至っている様子が見て取れる。そして、そんなもはや正義の味方からはほど遠い残忍で利己的で真実の欠ける自分の姿を、未だに聖なる存在であるかのように勘違いして、他のクリスチャンの名誉を貶めたり、争いをしかけて平和な信仰生活を妨害し、力づくで反対者を黙らせ、気に入らない教会を取り潰して併合することを「牧会活動」だと勘違いしているのである。正常なクリスチャンにとっては大変な迷惑な存在でしかない。そのような異常な活動が牧師のあるべき「牧会」からはほど遠く、神の御名にふさわしいものでもないことは、クリスチャンでなくとも理解できるものと思う。教会の目的はキリストの福音、すなわち、神の御子の贖いによる罪の赦しを宣べ伝えることにあって、贖いを語らず人を罪に定めることにはないからである。
 
次回、鳴尾教会と、村上サイドによっていわれなく濡れ衣を着せられた信徒たちの名誉のために、津村昭二郎氏が辞職に至った経緯を記した教団内文書を公開し、改めて村上サイドの主張の危険な特徴と虚偽性について考えたい。

<続く>

ひとこと

神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)

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