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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

外なる人が砕かれる(3)

ヨブに対する神の啓示は、彼の自己を停止させ、彼に「私はちりと灰の中で悔い改めます」と言わせました。「私はもはや自分自身を義としません」。そして転機がやってきました。「主はヨブに彼が以前持っていた倍のものを与えられた」。これが常に「主の結末」です! 今、神は安心してヨブに二倍の分を与えることができました。

主は今日、私たちに言われるでしょう、「子よ、あなたを剥ぎ取ることは私の喜びとするところではありません。しかし私は、あなたに 『私の』 と言ってほしくないのです。私はあなたに、『主よ、すべてはあなたのものであり、私のものではありません』と言ってほしいのです。私はあなたに、自分自身によってではなく、私によって生きること、そしてすべてをただ私にあって所有することを学んでほしいのです

このように、私たちが何かを自分自身のものとして所有することから引き離される時、主は以前の「二倍のもの」を私たちに与えることができます。ヨブに与えられた「二倍のもの」は長子の分け前を暗示します。長子はいつも二倍の分け前を得ました
(申命記21:17)。霊の領域において、イエスは死者の中からよみがえった長子でした。そして、私たちは長子である彼と結合され、彼の分――御霊の二倍の分け前――にあずかります。<…>これこそ神が私たちのために備えて下さっているものです。

ただし、私たちは喜んで神に導かれる必要があります。神は私たちにヨルダンの道をくぐり抜けさせ、向こう岸のキリストにあるいのちの中に導いて下さいます。そこでは、神は大いに安心して彼の豊かさを私たちの上に注ぎ出すことができます。それは、なにも自分のものではないこと、すべては神のものであること、神を離れてなにも持たないことを私たちが学んだからです。

どうか今日、首長として座す地位を欲したり、キリストの働きにおいて「何者」かでありたいと願うかわりに、小羊の道を歩む喜びを聖霊が私たちに示して下さ いますように。人々の賞賛を求めないようにしましょう。私たちが口を開くとき、他のすべての人は口を閉ざさなければならない、と思い込むのではなく、イエ スと共にへりくだった道を行きましょう。そして、彼と共に人々の信仰のいけにえと奉仕の上に注ぎ出される、隠れた生活をますます求めましょう。

<…>一方の道は外面的な賞賛と栄光の道であり、他方の道はへりくだりと犠牲の道です。私たちはどちらを選ぶでしょう?

主だけが、小羊に従いたいという本当の願いを私たちの中に起こすことができます。主はイエスの小羊の霊の麗しさを私たちに示し、自己栄光の生活の忌まわしさを私たちに啓示されます。どうか主が、小羊の行くところにはどこでも従ってゆく道を、私たちに啓示して下さいますように。
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