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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

キリストの死にある命――魂の命の死(3)

<ペンルイス著、『多くの実』、つづき>

「今、私の魂は騒いでいます。私は何と言いましょうか? 父よ、この時から私を救って下さい。しかし、このためにこそ、私はこの時に至ったのです。父よ、御名の栄光を現して下さい。」(ヨハネによる福音書12章27、28節)

主キリストでさえ、詩篇22篇で予告されていた荒廃と苦難の時に近づいた時、困惑されました。御父が御顔を隠されたことは、心臓が破れることや、釘や槍以 上に、つらいことでした。主はご自分を救うこともできました。主は御父にお願いして、天使の群れにご自分の命令を行わせることもできました。しかし、もし そうしていたら、神と小羊にささげられる初穂たちはどうなっていたでしょう?

「今、私の魂は騒いでいます。私は何と言いましょうか?父よ、私を救って下さい」。しかし、主の祈りは、「父よ、御名の栄光を現して下さい」でした。

あなたが御顔を隠される時、
―――あなたの御名の栄光を現して下さい

あなたが私の苦い叫びに対して沈黙される時、
―――あなたの御名の栄光を現して下さい

人々が私を非難し、私をさげすむ時、
―――あなたの御名の栄光を現して下さい

「神に見捨てられたのだ」と嘲られる時、
―――あなたの御名の栄光を現して下さい

私が水のように注ぎ出される時、私の心臓が停止する時、

私の力が尽き果てる時、私が死のちりにもたらされる時、

―――あなたの御名の栄光を現して下さい

もし小羊が行く所にはどこにでもついて行くなら、御父はキリストに保証されたように、私たちにも、「私はすでに栄光を現したし、またもう一度栄光を現そう」と保証されるでしょう。


勝利を得る者を、私と共に私の座に着かせよう。それは、私が勝利を得て、私の父と共に父の御座に着いたのと同じである。耳のある者は、(神の)霊が諸教会に言われることを聞きなさい。」(黙示録3章21、22節)
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神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)

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