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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

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へりくだって悔い改めなさい(2)

主にある大切な兄弟姉妹へ

ようやく秋らしい天気になって来ましたね。毎日ぐっすり眠れて仕方がないです。

私が以下の記事で、いきなり深刻な筆遣いで語り始めたので、ある方にはご心配をいただきました。でも、主にあって、私はとても平安を得ていますので、どうかご心配なさらないで下さい。

多分、これから、記事の中で、少々、厳しい内容を取り扱わねばならないように思います。私たちは人の耳に優しい言葉ばかりを語ろうとするのではなく、罪 や、自己、そして肉というものについても、主の光の中で見せていただき、もっと恐れを捨てて、語らなければならないのではないでしょうか。

私たちは主の来臨に備えて、整えられる必要があります。何よりも、主がお住まいになる神の宮として、私たち一人ひとりが、十字架のより深い対処を受けて、 整えられる必要があります。今、私たちの身に降りかかっている患難は、私たちを神の国にふさわしく整えるためにあるのではないでしょうか。これは主の御身 体全体に起こっていることなのですが、多くの人たちは特殊な事件としか捉えておらず、そのような認識を持つ人は少ないと思います。

多くのクリスチャンは、以前から言われているように、人にとって耳障りの良い「砂糖まぶしの福音」をこしらえて、その中に逃げ込んでしまいました。神の義 と聖と裁きを否定して、何でも赦し、人の罪までも大目に見てしまう、東洋的な(母性的な)愛の概念を導入することによって、自分の罪からも、他人の罪から も、目を背けてしまったのです。こうして、教会において、裁き主であられるキリストが否定され、耳障りの良い教えだけが語られ、悔い改めを要求するメッ セージが聞かれなくなるという現象が起こりました。もしも今日、バプテスマのヨハネのようなメッセージを語る人がいたなら、大勢のクリスチャンはどのよう に反応するでしょうか。

そのようにして、クリスチャンの間で、人間の罪が大目に見られ、世的な配慮が重んじられ、甘えが助長される一方で、他方では、御言葉に基づかない、度外れに厳しい身勝手な懲罰が出現して来たのです。

私たちは神の裁きに服さねばなりません。それが人にとって最も公平で正しい裁きだからです。まことの神を抜きにして、人間が人間を救済しようとしたり、人 間が人間を裁こうとしたりする世界が、どのように恐ろしいものであるかは、歴史を振り返り、また今起こっていることを見れば、一目瞭然です。クリスチャン が、いかに主の光の中で、自分の罪を取り扱っていただく必要があるか、いかに自己というものが嘘に満ちており、十字架の対処を受ける必要があるか、いかに クリスチャンに悔い改めが必要であるか、こういった問題を、私たちはまざまざと現実に見せられています。情けないことですが、大勢のクリスチャンは、まさ にこの基本に立ち戻らなければなりません。私たちはもっと罪をより深く対処されるために、十字架を実際として知らなければなりません。

ですから、今こそ、私たちは主の御前にへりくだりたいと思います。何が罪であるのか、主によって示していただき、十字架において、私たち自身の自己をさら に取り扱っていただきたいと願うのです。また、主の御身体としてつなぎ合わされる必要があることも、もっと見せていただきたいと願っています。

主の御身体は、暗闇における主権や支配に対抗して、主の権益を守る義務を負っています。しかし、昨今、万民融和的な思想がはびこる中で、暗闇の軍勢だと か、場合によっては、霊的な敵という言葉に言及することさえ、偏狭さとして一笑にふされるような場面も、多くなって参りました。ダビデが詩篇の中で、敵の 存在にあれほど繰り返し触れているというのに、悪鬼や邪霊の存在に言及すると、作り話のごとく一笑に付され、サタンに言及することはもっとタブーになりか ねないような雰囲気が満ちています。

しかしそれでも、主の戦いは続行しているのです。私たちはすでに主の兵士として持ち場に立たされています。国境警備兵が敵の姿を見ただけで逃げ出していた ら、防衛は成り立つでしょうか? 私たちは戦いの厳しさというものを知らなさ過ぎるのではないでしょうか。しかし、それでも、主は私たちを通して栄光をお 受けになることを望んでおられます。ですから、私たちはいつまでも弱さについて語り続けるのではなく、主にあって、神の武具で武装されて、強くなる秘訣を 学ぶ必要があると思います。

さて、今回の記事はこれで終わります。まだまだ暑いですが、身体に気をつけて、良い時を過ごして下さい。
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ひとこと

神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)

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