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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

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天を裂いて降りて来られる主よ

「どうか、あなたが天を裂いて下り、あなたの前に山々が震い動くように。」(イザヤ64:1)

私の愛する兄弟姉妹へ

勤務が始まり、日々の糧が確保された安心は本当に大きいです。その反面、時間のやりくりが大変で、この生活に慣れるまでには、相当に時間がかかりそうです。今は満員電車の中で、姉妹方へのメールを書いていますよ…。

かつての職場の元同僚たちから、それぞれの挑戦を続けているとの連絡をいただきました。このようにして、何ヶ月も前に別れた同僚たちが、今でも私を覚えて くれていることや、心から共に喜んで下さることは、とても嬉しいのですが、けれども、私が職場を去って後、あの過酷な環境で、契約打ち切りとなった同僚も 多く、それぞれがただ職を得るためだけに、今でも厳しい挑戦を続けているようです。

苦楽をともにした仲間が、容赦なく引き裂かれ、散り散りになっていくことの寂しさ。しかも、それが全国的に普遍的現象となりつつあるようで、今日は、全国 の派遣社員の雇用期間の平均がたった3ヶ月だと同僚に聞かされて、本当にやるせない思いになりました。何かしら未曾有の時代が迫って来ているように感じら れてなりません。

私の生活はとても順調に滑り出しているのですが、生きるに必要な恵みが一つ一つ整えられる度に、どうしてか心に寂しさを覚えます。それは決して悪いことで はないと思っています。大きな問題を抱え、毎日をやり過ごすことが精一杯だった頃には見えなかった事柄が、少しずつ、目の前に浮かび上がって来て、私の心 を改めて主に向かわせるのです。

サムエル記で、子供のなかったハンナが祭司エリのいる神殿で、心を注ぎ出して主に祈った場面がありますが、彼女は祭司エリに酒に酔っているのではないかと 疑われ、さらに悲しい思いをせねばなりませんでした。けれども、主は心砕かれた彼女の悩みに目を留められ、その神殿に、ハンナはやがて喜びに満ちて、生ま れた男の子を抱いて、主に捧げに来ることになります。

主が私たちを本当の意味で回復して下さることを信じ、そのために心を注ぎ出して祈らずにいられません。私たちを救うために、山々を震わせ、天を裂いて降り てこられる主よ、私たちはただあなただけを信じて、よりすがります。どうかあなたが私たちの尊厳を人手によらず、あなの栄光に満ちた御名によって回復して 下さいますように。私たちを守られる方は主です。私たちはこの岩なるお方を信じ、その陰に身を寄せ、休みます。

ハンナは祈って言った、

「わたしの心は主によって喜び、
わたしの力は主によって強められた、
わたしの口は敵をあざ笑う、
あなたの救によってわたしは楽しむからである。

主のように聖なるものはない、
あなたのほかには、だれもない、
われわれの神のような岩はない。

あなたがたは重ねて高慢に語ってはならない、
かたぶりの言葉を口にすることをやめよ。
主はすべてを知る神であって、
もろもろのおこないは主によって量られる。

勇士の弓は折れ、
弱き者は力を帯びる。
飽き足りた者は食のために雇われ、
飢えたものは、もはや飢えることがない。
うまずめは七人の子を産み、
多くの子をもつ女は孤独となる。

主は殺し、また生かし、
陰府にくだし、また上げられる。
主は貧しくし、また富ませ、
低くし、また高くされる。

貧しい者を、ちりのなかから立ちあがらせ、
乏しい者を、あくたのなかから引き上げて、
王侯と友にすわらせ、
栄誉の位を継がせられる。
地の柱は主のものであって、
その柱の上に、世界をすえられたからである。

主はその聖徒たちの足を守られる、
しかし悪いものどもは暗黒のうちに滅びる。
人は力をもって勝つことができないからである。
主と争うものは粉々に砕かれるであろう、
主は彼らにむかって天から雷をとどろかし、
地のはてまでもさばき、
王に力を与え、
油そそがれた者の力を強くされるであろう」(サムエル記上2:1-10)
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ひとこと

神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)

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