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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

偽りの教えの例―異端グノーシス主義の構造(3)

1.グノーシス主義における罪人たちの「復権」

前回は、異端グノーシス主義の教えでは、正統な福音書における秩序がすっかり逆転されて、神に反逆した罪人の名が高く掲げられていることを見ました。今回 は、『ユダの福音書』に加えて、『トマスによる福音書』も挙げながら、さらに詳しくこの教えの構造を見ることにしましょう。

グノーシス主義文献において「復権」されている罪人は、イスカリオテのユダにとどまりません。リヨンの司教エイレナイオスは、著書『異端反駁』の中で、グ ノーシス主義者たちが、カインや、エサウ、コラ、ソドムの住人、イスカリオテのユダなど、神に対して反逆を行った人物を次々と擁護していると非難しました が、実際に、前述の『ユダの福音書』の他にも、ナグ・ハマディ文書のグノーシス文献、『ヨハネのアポクリュフォン』と『エジプト人の福音書』においては、 カインは世界を支配する天使として登場し、『エジプト人の福音書』では、ソドムとゴモラの人々が正当なる反逆者として誉めたたえられています(『原典 ユダの福音書』、pp.157-158参照。なお、ナグ・ハマディ文書については旧ブログで触れているため説明を省きます)。

このことはそもそもグノーシス主義が人類の罪を否定し、神に背いて堕落したアダムの種族(生まれながらの人間、人類)を高く掲げることによって、創造主よりも人間を上位に位置づけようとする思想であることをはっきりと物語っています。

この教えにおいては、この世界を創造した神はデーミウルゴスやヤルダバオート、サクラ(愚か者)などと呼ばれ、狭量で悪意に満ちた神であるとされ、この世 にあって、人はこの横暴な神の支配下で、肉体の牢獄の中に閉じ込められているとされます。そこで、創造神への尽きせぬ憎悪と敵意によって、グノーシス主義 者の一部は、カインや、ソドムとゴモラの住人など、神に逆らった人々をかえって「真実を見た人」、「救済に必要な秘密を理解した人々」として誉めたたえ、 神と罪人との関係を逆転するのです。

バート・D・アーマンはカイン派についてこう書いています。

「エイレナイオスによれば、カイン派は、道徳的に極端なまでに、旧約聖書の神に逆らっていた。神が命じるこ とは何にでも反対したし、神が禁ずることは何にでも賛成した。安息日を守り、豚肉を食べず、姦淫をしないように神が命じると、この神から自由であることを 示すために、カイン派は安息日を無視し、豚肉を食べ、姦淫した。(『ユダの福音書』、p.112-113)

このことは私たちに次の御言葉を思い出させます。創造主と争うことがいかに愚かであるか、聖書ははっきりと告げています。

「あなたがたは転倒して考えている。陶器師は粘土と同じものに思われるだろうか。造られた物はそれを造った者について、『彼はわたしを造らなかった』と言い、形造られた物は形造った者について、『彼は知恵がない』と言うことができようか。 」(イザヤ29:16)

「陶器が陶器師と争うように、おのれを造った者と争う者はわざわいだ。 」(イザヤ45:9)



2.グノーシス主義における神の御子キリストの否定

グノーシスの教えは、ただ唯一の創造主を否定し、創造主を劣った神とするだけでなく、そこからさらに進んで、イエスも神の独り子ではないのであり、創造主 よりもさらに上位に位置する真の「至高者」(この至高者は、グノーシス主義においては一般的に「父」、「母」、「子」の”三位一体”で構成されることが多 い)から遣わされた使者であるとします。この点で、キリストの名を用いながらも、この偽りの教えは事実上、神の御子としてのイエス・キリストを否定してい るのです。従って、グノーシス主義におけるキリストはクリスチャンが信じているキリストと同一ではありません。アーマン氏はこう書いています。

一部のグノーシス主義者はイエス・キリストが、天の国から遣わされたアイオーンだと教えている。生身の人間 ではなく、人間の肉体をもった「姿」で天から来た存在なのだ。イエス・キリストは、内に神性の輝きを宿した人々(グノーシス主義者)に、救済に必要な秘め られた真実を教える、肉体の姿をまとった幻なのだ。(『ユダの福音書』、p.110)

こうして、グノーシス主義の教えにおいては、キリストの出自が全く歪められているだけでなく、キリストの十字架の死や復活が語られている場合でも、その意 味は歪曲されており、御言葉とは全く異なるものとなっています。一言で言うならば、グノーシス主義の福音書は、聖書を換骨奪胎し、捏造して作られた創作神 話であり、真の福音とは真っ向から対立するものです。その本質は、創造主に対する反逆の思想神の御子としてのキリストを否定し、御子の十字架の贖いを否定する思想であり、神に逆らい、生まれながらの罪人アダムを高く掲げ、被造物に過ぎない人類を神以上の存在とする思想なのです。
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ひとこと

神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)

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