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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

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冬の海へ…


 
キリストの思いを持って生きる、そのことを追求している。
人の思いが神に喜ばれるためには、キリストの思いが必要である。

人の心に去来する様々な恐れや不安が取り去られ、
御霊の平安が心を占めるように。

心が押し広げられ、重荷が取り去られて軽くなり、柔らかくされ、
弱った箇所には命が流し込まれ、
神の御心がどこにあるのか、何が神の喜ばれる事柄であるのか、
御霊によって、御心に照準を合わせることができるように。

主を誉めよ、我が魂よ。
生きる限り、主を誉め讃えよ。
感謝と賛美が魂からあふれ出て、乾いた地に慈雨のように染み込み、
緑の草地を生えさせるように、
どんな状況下でも、主への賛美が、人の魂を潤し、元気づけ、
新たな力を与えて、歩いて行くことができるように。

人の心が恋い慕うものが、常に神の御言葉でありますように。

「わたしは生きるかぎり、主にむかって歌い、
ながらえる間はわが神をほめ歌おう。
どうか、わたしの思いが主に喜ばれるように。
わたしは主によって喜ぶ。」(詩篇104:33-34)
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ひとこと

神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)

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