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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

偽りの教えの例――異端グノーシス主義の構造(7)

兄弟たちよ、時は縮まっています。キリストの御名のゆえに私たちクリスチャンが激しい試みを受ける日はますます迫って来ているように感じられます。

なぜ私がグノーシス主義の教えを分析しているのかについてはすでに幾度も触れましたが、もう一度、繰り返します。それは、この古来の異端の中に、現代キリ スト教界を席巻している偽りの教え、やがて世界規模で到来しようとしている偽りの霊の教えをはっきりと見て取れるからです。それは神の義を否定して、人間 の義を主張し、創造主に逆らって、人間を神としようとする偽りの教えです。グノーシスの教えが、アダム、カイン、エサウ、ソドムとゴモラの住人、イスカリ オテのユダなどを次々と「復権」し、生まれながらの罪人を高く掲げ、本来、十字架の死にしか値しない生まれながらの罪人を「神」とするように、今日、クリ スチャンを名乗っている多くの人々は、「弱者に優しい砂糖まぶしの福音」に欺かれて、生まれながらの人を罪に定める十字架を拒否して、神の御前に真摯な悔 い改めを拒み、かえって罪人に対する愛や憐みばかりを叫び求めて、神の義を退けてまで、自己の義により頼もうとしているのです。

自己を神以上に高く掲げるようになった人々は、御子の十字架を否定することによって、神ご自身を敵としているだけでなく、自分自身を神とすることにより、 己に逆らう者すべても敵とせざるを得ません。彼らは自分自身を罪に定める御子の十字架を憎むのみならず、十字架を信じている全ての兄弟姉妹をも憎み、否定 しないではおれないのです。すでに今の時点で、神の目に義とされた、御心にかなった兄弟姉妹に激しい憎しみを燃やして、十字架を信じるクリスチャンを絶え 間なく虚偽により告発している「自称クリスチャン」がいますが、彼らによる兄弟たちへの度を越した迫害は、彼らの内には神を愛する愛もなければ、兄弟姉妹 を愛する愛もないことをはっきりと示しており、彼らの憎しみに満ちた主張は、それがまさに外の暗闇に追い出された者たちの「嫉妬」のゆえの「号泣」や「叫 び」や「歯ぎしり」に他ならないことを示しています。しかし、まことのクリスチャンに対するこのような憎しみは、時と共にさらに大規模化し、ついには反キ リストによる迫害へと至ることでしょう。

来るべき時代には、今は一部の人々のものに過ぎないこの「歯ぎしり」が、人類全体の「歯ぎしり」に変わります。己が罪を認めようとしない生まれながらの人 類は、まさに地球規模で、神の義に挑戦するための塔を築き上げようとするでしょう。それは「弱者救済」、「人類救済」、「人類の幸福と公共の福祉のため」 という名目で建てられるでしょう。そして、彼らの打ちたてようとしている人類の義に反対する全ての者たちは罪定めされ、居場所を奪われ、処罰されるでしょ う。

これを大袈裟な表現、もしくは悲観的過ぎる見方だと考える人はそう考えて下さって結構です。しかし、歴史を振り返るなら、まことのクリスチャンに対する迫 害は幾度も繰り返されてきた事実であり、私たちが今どのような時代に直面しているのかを思えば、迫害を他人事と考えることはできません。クリスチャンには そろそろ殉教の覚悟が必要です。ですから今日はグノーシス主義の分析という文脈の中ですが、来るべき時代に備えるために、主の御名を人前で拒まず、自分の 命を否んでも、主に従う決意を固めた兄弟姉妹たちを励ます目的で、ローマ帝国時代のクリスチャンの殉教の有様について触れます。

以下に引用する本の著者はグノーシス主義の擁護者であり、いわゆる正統なクリスチャンには懐疑的な立場を取っています。それゆえに、彼女の記述には我々の 信仰的立場に合致しない部分が含まれています。にも関わらず、この著書の中で触れられているクリスチャンの殉教のシーンは、それだけでグノーシス主義の教 えが色あせて見えるほどに、とりわけ強い説得力を持って、生き生きと読者に語りかけます。ですから、彼女の文章をそのまま引用します。グノーシス主義者が 殉教に対してどのような態度を取ったかは、次の記事で触れます。

イエスの弟子たちは、彼が裏切られ逮捕されたという衝撃的な出来事を自ら体験し、また、彼の裁判と拷問と最 後の苦悩に関する話を聞いた。彼らにとっては、これ以上に焦眉の問題はあり得なかったのである。そのとき以来、とくに、彼らのなかでももっとも卓越したペ テロとヤコブが逮捕され処刑されて以来、すべてのキリスト教徒は、運動に関わることが危険に身を晒すことだということを知っていた。

キリスト教徒に対してはなはだしい侮蔑を共に抱いた宮廷付き歴史家タキトゥスとスエトニウス(一一五年頃)は、このグループが公の迫害の主たる標的であったと述べている。ネロの生涯を語るくだりで、スエトニウスは、皇帝の行った業を列挙する文脈で、「キリスト教徒、この悪意ある新しい迷信に傾いた人々の一集団に罪罰が課せられた」と報告している。タキトゥスは、ローマの大火について、彼の所見を次のように付け加えている。

 そこでまず、信仰を告白していた者が審問され、ついで、彼らの申し立てに基づいて、実におびただしい民衆が、放火罪もさることながら、彼らの人類に対する敵視のゆえに、罪に定められた。そして、彼らの死刑には侮辱が加えられた。(すなわち)彼らは獣の皮をかぶせられ、犬に食い裂かれて死んだ。あるいは、十字架につけられ、陽の沈んだ後、夜を照らす灯火代わりに燃やされたのである。ネロは、この見世物のために、彼の庭園を開放した。……

(『ナグ・ハマディ写本――初期キリスト教の正統と異端』、エレーヌ・ペイゲルス著、荒井献他訳、白水社、p.142 本記事の以下の引用は全て同書から。太字、下線による強調は筆者。文中の脚注は紙面の都合で割愛した。)


 皇帝ネロが自分の作った無価値な詩を完成させるために、ローマの街に放火し、その罪をクリスチャンに着せたという逸話は有名です。しかし、驚くべきこと に、タキトゥスはローマのクリスチャンが告発された最大の理由は、放火罪という濡れ衣を着せられたこと以上に、クリスチャンの「人類に対する敵視」が原因 だったというのです! すなわち、生まれながらの人類を一人残らず罪に定める神の御子イエス・キリストの十字架を信じていることが、クリスチャンの「人類 に対する侮蔑」、「敵視」とみなされて、その信仰の「反人間性」ゆえに、キリスト教徒は罪に定められたのだというのです! ここに、私たちは生まれながら の人類が全体としていかに十字架を激しく憎み、自分たちを罪に定める神のご計画に敵対して屹立するものであるか、その有様を見ることができます。

 キリスト教徒に対する迫害は、兄弟姉妹の内に連鎖するようにして、ローマのクリスチャンに対する告発を次々と呼び起こし、やがて世界的広がりを見せていきます。

 キリスト教に(紀元後一五〇―一五五年頃)改宗した哲学者ユスティノスは、アントニヌス・ピウス帝とその 息子、後の皇帝マルクス・アウレリウスに、後者に対しては哲学の同僚にして「学問の愛好者」と呼びかけながら、大胆にも手紙を書き送り、そのなかで、キリ スト教徒が帝国の法廷で受けている不当行為に対して抗議している。ユスティノスは、ローマで起こった最近の事件について述べている。

――ある女性がぶどう酒に良いしれ、夫と従僕らとともにさまざまな形態の性行為に耽っていたが、その後、彼女の師プトレマイオスの影響でキリスト教に改宗 し、その結果、このような行為に加わることを拒んだ。彼女の友人たちは、なんらかの和解を希って、離婚しないよう彼女を説得した。しかし彼女は、エジプト のアレクサンドリアへ旅行の途上、夫が今まで以上にひどい振舞いをしたことを知り、離婚の訴訟を起こし、彼のもとを去った。

憤慨した夫は彼女を法廷に告発して、「彼女はキリスト教徒である、と証言した」。彼女が裁判を遅らせる嘆願を勝ち取ると、夫は彼女のキリスト教の師を攻撃 した。裁判官ウルビクスは告訴を聞き、プトレマイオスにただ一つの質問をした。――彼がキリスト教徒であるか、と。彼がそうであると認めると、ウルビクス は彼に対して、即座に死刑を宣告した。この命令を聞いて、法廷にいたルキアスという男が判事に抗議した。

「この判決は何の役に立つのでしょうか。なぜあなたはこの人を、姦夫でも、姦通者でも、強盗でもなく、まったく何の罪も認 められないのに、彼がキリスト教徒という名で呼ばれていると告白したことだけで、処罰したのですか。ウルビクスよ、あなたの下したこの判決は、皇帝ピウス にも、哲学者にして皇帝の子息(マルクス・アウレリウス)にも、神聖なる元老院にもそぐわないものであります。」

これに対してウルビクスは、「おまえもキリスト教徒の一人と思われる」とだけ答えた。ルキアスが「まさにその通りです」と言うと、ウルビクスは、彼――と傍聴者のなかのもう一人の抗弁者に――プトレマイオスに従って死につくように宣告した。(pp.145-146)

ユスティノスはかつてはプラトン派の哲学者でしたが、公衆の面前で拷問に耐え、処刑されるキリスト教徒の勇 気を目撃したことをきっかけに、彼らが神の霊に満たされていることを信じ、クリスチャンとなったのでした。彼はローマでクリスチャンに対して起こっている 迫害を見て、自分もクリスチャンであることを理由に、やがて政敵に粛清されるに違いないと確信します。

ユスティノスはこの話を詳細に述べ、だれでも、キリスト教徒に対する個人的な恨みを晴らすために、キリスト教という罪名を利用することがで きる、と指摘している。「それゆえに、私も陰謀をたくらまれ、十字架刑に処せられると思われる」――たぶん、仕事上の競争者の一人、クレスケンスという犬 儒(キュニコス)派の哲学者によって、と彼は付け加えている。

ユスティノスの予想は正しかった。彼自身の逮捕と裁判と紀元後一六五年の有罪宣告へとつながる告発は、明らかにクレスケンスによってなされたのである。マ ルクス・アウレリウス(この頃には皇帝として父の跡を継いでいた)の個人的な友人ルスティクスが、裁判を執り行なった。彼はユスティノスの処刑とともに、 彼の弟子たち全員の処刑を命じた。彼らの罪状は彼からキリスト教哲学を学んだことにあったのである。彼らの裁判の記録には、ルスティクスがユスティノスに 次のように訊問したことが示されている。

「おまえたちはどこで会合するのか。」……「おたがいに好きなところで、あるいは都合のよい機会に、どこででも」とユス ティノスは答えた。「いずれにしてもあなたは、私たちが全員同一の場所で会合できると思いますか。そうではありません。キリスト教の神は、場所によって制 限されることなく、目に見えず、もろもろの天と地を充たし、あらゆるところで信徒に礼拝され、誉め称えられているのですから。」

 総督ルスティクスは言った、「どこでおまえたちは会合するのか。私に明かしなさい。どこにおまえたちは弟子たちを集めるのか」と。
 ユスティノスは答えた、「私は、ティミオティノスの息子マルティノスという者の浴場の上に住んでおりました。そして、私がローマに滞在した全期間に(こ れで二度目ですが)、ここ以外のいかなる集合場所も知りません。望む者はだれでも、私のすみかを訪れることができ、私はその者に真理の言葉を授けるであり ましょう」と。

総督ルスティクスが言った、「それではおまえは、キリスト教徒であることを認めるのか」と。「さようです」とユスティノスは答えた。<略>

「さて」と総督は言った、「争点の核心、必要にして差し迫った要件に移ろうではないか。神々にいけにえを献げることに同意しなさい」。
「いかなる健全な精神も」とユスティノスは言った、「敬神から瀆神に変わることはありません」。
総督は言った、「服従しなければ、おまえたちは情容赦なく処罰されるであろう」と。


彼らが、「意のままにして下さい。私たちはキリスト教徒であります。偶像にいけにえを献げはいたしません」と答えたとき、ルスティクスは宣告を下した。 「神々にいけにえを献げることを拒否し、皇帝の勅令に従うことを拒否する者どもは、法律に従ってむち打たれ、斬首さるべし。」(pp.146-148)


 しかし、このような残酷な処刑は執行する人々の側にもためらいを引き起こしました。そこで役人たちは信仰を棄てるようにクリスチャンに勧めます。

不従順のかどで処刑を宣告するといういやな仕事を課せられたローマの役人たちは、被告人に自らの命を救うように、しばしば説得を試みた。その当時の記録(一六五年頃)によると、小アジアのスミルナの年老いた司教ポリュカルポスが、官憲によって逮捕された後に、

総督は彼に、信仰を否定させようと試み、「自分の年を考えてみるがよい」と申しました。そのほか、こういう場合に言うこと になっている同様のことを並べたて、「皇帝陛下の守護神(ゲニウス)にかけて誓うがよい。信仰を否定せよ。『無神論者は滅びろ』と言うがよい」と申すので す。ポリュカルポス様は冷静な表情で、競技場に集まっていた無法な異教徒どもの群れすべてを見渡し、……「無神論者どもは滅びるがよい」とおっしゃられた のです。

総督はなおも固執し、「誓え。誓ったら釈放してやろう。キリストを呪うがよい」と申します。しかし、ポリュカルポス様は答えておっしゃられました。「八十 六年間もキリスト様にお仕えして参ったが、ただの一度たりとも、キリスト様は私に不正を加え給うようなことはなさらなかった。……貴下がいたずらに、今言 われたように、私が皇帝の守護神にかけて誓うことがあると期待しておいでになるとすれば、また貴下が、私が何者であるかを御存知ないかのようなふりをな さっておられるのならば、お聞きいただきたい。私は貴下にはっきり告げよう。私はキリスト教徒なのだ。」


ポリュカルポスは、公共の闘技場で焼き殺された。(p.148-149)

 このようにして、多くのクリスチャンは信仰を捨てるならば恩赦を受けて生きながらえることができると提案されたにも関わらず、自主的にそれを拒んで、殉教を選び取っていきます。

北アフリカに由来する記録(一八〇年頃)には、地方総督サトゥルニノスが、キリスト教徒として起訴された九人の男性と三人の女性を前にして、彼らの命を救ってやろうとしている様子が描かれている。彼は言う。

「おまえたちが正気に戻るならば、わが皇帝陛下の寛恕を得ることができる。……われわれも信心深い国民であり、わが宗教は 単純なものである。われわれは、わが皇帝陛下の守護神にかけて誓い、陛下の健康のために祈りを献げるのである。――おまえたちも、そのようにすべきであ る。」

彼らの毅然とした決意に直面して、サトゥルニノスは、「再考の余地はないのか」と尋ねた。被告人の一人スペラトゥスは、「そのようなことについては再考の 余地はありません」と答えた。それにもかかわらず地方総督は「考え直せ」と述べて、三十日間の執行猶予を命じた。しかしながら、三十日後に、被告人を尋問 した後で、サトゥルニノスは余儀なく次のような命令を下した。

 スペラトゥス、ナザルス、キティヌス、ドナタ、ヴェスティア、セクンダ、その他の者どもは、キリスト教徒の祭儀に従って 生きてきたことを告白した。また、ローマの慣習に戻る機会を与えられたにもかかわらず、かたくなにキリスト教に固執した。それゆえに、これらの者どもに斬 首刑を宣告する。

スペラトゥスは、「私たちは神さまに感謝します」と述べ、ナザルスは、「今日私たちは天国で殉教者に加わります。神さまに感謝します」と述べた。(pp.149-150)

 <つづく>

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