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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

偽りの教えの例――弱者解放の福音の誤りとグノーシス主義(10)

「疎外されし者たち」の復讐の哲学――解放神学

解放神学とは何なのか。結論から述べるならば、それは神と社会から疎外された人々による、自分を疎外した者たちへの嫉妬と怨念に基づく反逆と復讐の理論である。

南米のゲリラ闘争、黒人解放運動、女性解放運動、韓国の反政府運動…、以上にあげた解放神学の四つのタイプを見れば、私たちはそれらがいずれも、社会が大きな政治的混乱に見舞われた時代に、闘争の只中から生まれて来たものであることが分かる。

社会の歪みが激しくなり、多くの人々が社会の中で自己実現の機会を失ったような時代に、解放神学は、疎外され、行き場を失った人々に居場所を確保し、彼ら の日々のパンの問題を早急に解決するという約束のもと、抑圧された人々の救世主のように登場して、支持を集めたのであった。

だが、解放の神学は、その構図を見るならば、それが当時流行していた政治思想(マルクス主義)の影響を強く受けて生まれたものであることがすぐに分かる。 この神学は、抑圧された社会的弱者の解放という美名のもとに、伝統的なキリスト教を敵対視して、それに激しく戦いを挑み、暴力革命を通して、かつての「支 配者―被支配者」の関係を覆すことを目的にしていた。それは「政治化された神学」であり、いわば、宗教の仮面をつけた革命的なイデオロギーであった。

だが、解放神学に対する批判は、それが単に無神論的共産主義が宗教の仮面をつけて登場して来た政治化された偽りの神学であった、というだけにとどまらな い。私たちは、この解放神学なるものの中身を深く見ていく時に、弱者解放という、アダムの耳に優しい、魅力的な響きを持った、この偽りの神学の根底にも、 やはり、グノーシス主義がひそんでいたこと、解放神学の中には、グノーシス主義の場合と同じように、いつの時代のどのような場所でも、繰り返し発生しかね ない人類の根本問題が含まれていること、そして、生まれながらの人類の欲求が、いかに神の福音に本質的に対立するものであるかを見るのである。
 

 

解放神学の発生の土壌


以前に記事で触れたことだが、グノーシス主義は、社会が絶望的な矛盾や混乱を見せ、多くの人々が社会の中で疎外を感じている時代にこそ、人々を魅了して来たが、それは解放神学にもまさに共通する点である。

繰り返しになるが、ハンス・ヨナス氏はグノーシス主義が広まった当時のローマ帝国時代の人々の一般的な精神状態についてこう述べた、「…当時、多くの人々が現世に深い疎外感を抱き、政治的・社会的実存のしがらみからの逃避として奇蹟的救済を切望していた。」(『ナグ・ハマディ写本』、p.31) 

荒井献氏も、グノーシス主義の成立した時代の状況についてこう述べた、「…古代末期に限って見れば、これは、ローマ帝国の圧倒的支配下にあって、政治的・経済的・社会的に宇宙内の世界のいずれの領域にも自己を同一化できる場を奪われた属州(具体的には、ユダヤ――とくにサマリア地方――、シリア、エジプトなど)民の間に成立した。(『トマスによる福音書』、p.103)

ヨナス氏は言う、グノーシス主義の世界観とは何か、それは「自己超越の試みと結びついた、この世に対する悲観主義の哲学である。」(『ナグ・ハマディ写本』、p.31)。荒井氏は書いている。「それでは、グノーシス主義とは何か。それは、端的にいえば、人間の本来的自己と、宇宙を否定的に越えた究極的存在(至高者)とが、本質的に同一であるという「認識」(ギリシア語の「グノーシス」)を救済とみなす宗教思想のことである。

従ってこれには、人間の「現存在」<…>に対する拒否的な姿勢が前提されている。このようないわゆる「反宇宙的現存在への姿勢」は、「自己」の属する現実世界が、世界を包括する宇宙全体をも含めて、宇宙の支配者、その形成者によって疎外されているという極端なペシミズムの起こる時代と地域に、いつ、どこででも成立しうるものである。」(『トマスによる福音書』、pp.102-103)


このことから分かるのは、グノーシス主義とは、社会から疎外されたニンゲンが、自分を疎外した社会(神、この世、また、この世の全ての支配の秩序と、そこ から疎外された自分自身を含む)を否定的に超えようとする試みであり、それは何よりも、疎外されたニンゲンによる、自分を疎外した神と社会に対する(隠さ れた)憤りと怨念に基づく、反逆と復讐の哲学であるということである。

それはキリストの十字架によらず、血潮によらず、ニンゲンが自らの力(知識による覚醒)によって、自分を疎外したこの世と、この世を創造した神を否定的に 超越し、自ら神のようになることを最終目的としている点で、生まれながらのニンゲンの絶望的な自己肯定の試みであり、決して成功に至る見込みはない。

私たちは解放神学の登場して来た時代背景を見る時、そこには、グノーシスの発生の土壌となった社会状況と極めて類似した状況があったことが分かる。

解放神学が生まれたのは、第二次世界大戦後、ヨーロッパおよび北アメリカが著しい経済生長を遂げて、未曾有の豊かさに到達する一方で、第三世界の諸国が、 依然として、かつてのくびきから脱せず、貧しさのうちに取り残され、両者の対比が、人々の目に無視できないほどに明らかになった時代のことであった。世界 的な規模で、貧富の差、支配者と被支配者との間に横たわる溝がますます超えがたいものと見えるにつれて、豊かさから取り残され、発達から置き去りにされ、 疎外された国々や、地域、人々の間で、搾取や抑圧からの自由を求める激しい政治的闘いが起こった。


そのような政治闘争の中で、伝統的なキリスト教は世俗化に埋没し、現実の諸問題に対してはただ沈黙を守るだ けであった。そのような弱体化した伝統的なキリスト教の無為を激しく批判し、キリスト教神学は、現実の諸問題に対して解決を与えるものでなければならない と強く主張して登場して来たのが解放神学であった。

「解放神学は戦後、キリスト教と西欧、特にアメリカが、なすべきことをなさなかったということに対して反省を促すために、南米、黒人、女性、アジア、特に フィリピン、韓国における抑圧された者たちが、西欧キリスト教世界と精神的従属関係を断ち切って独立しようとするのみならず、主観と客観、精神と肉体の主 体と客体の従属関係を逆転させようとするところから生じて来たものである。」(『解放神学 虚と実』、大石昭夫氏、「解放神学の基本構造」、p.48)


さて、解放神学の発生の経緯を見てみよう。ことのきっかけは、カトリックの第二バチカン公会議(1962-65)において、教会は虐げられた人々の解放・ 救済にむけて、現実的な活動を行なわなければならないという路線が採択されたことにあった。さらに、それに拍車をかけたのが、1968年、コロンビアのメ デジンで開かれた第二回中南米司教会議であり、そこでは、「抑圧された大衆を解放するためには社会構造の変革が必要であり、教会は祈るだけでなく現実的な行動を通して虐げられた人々を救うべきである」(p.33)、との宣言がなされた。

それから3年後、この宣言を根拠にして、ペルーでグスタボ・グティエレス神父が『解放神学』(1971年)を刊行し、それをきっかけにして、解放神学はカ トリック信徒が90%以上に及ぶといわれる中南米全域に渡って広がりを見せた。さらに、解放神学は同様に貧富の差を抱えるアフリカ、インド、フィリピンな どのカトリック系旧植民地にも支持され、形を変えて、民族の解放、女性解放、民主化運動、反戦思想などとも結びつき、欧米を始めとしてキリスト教徒の多い 韓国などにも大きな影響を及ぼしていった。

解放神学を批判したバチカンの教理聖省長官ラッツィンガー枢機卿は、解放神学が登場するに至った社会的背景についてこう述べる、「ヨー ロッパと北アメリカがそれまでに経験したことのない豊かさに達した時に、貧困と抑圧とから来る倫理的な挑戦は、もはや無視することができなくなった。その 挑戦は、既存の伝統のなかには見出しえない新しい答えを明らかに要求していた。状況が変化した神学および哲学は、キリスト教のなかにその答えをはっきりと 求めるように促し、そのキリスト教は、外見上は科学的に基礎付けられた、マルクス主義哲学に由来する希望というモデルに身を任せるものであっ た。」(p.60)

解放神学は一見するとキリスト教の装いをしていたものの、それは初めから、既存のキリスト教に対する強力なアンチテーゼとして登場し、存在そのものが、キ リスト教そのものに対する挑戦であった。さらに、これがマルクス主義に強く影響を受けた、神学を装った革命的イデオロギーに過ぎなかったことは、この著書 の中で、幾度も触れられており、ここでは詳しく論じない。

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神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)

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