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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

幸いなことよ、主に身を避ける者は


人の歩みは主によって確かにされる。
主はその人の道を喜ばれる。
その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。
主がその手をささえておられるからだ。

<…>
正しい者の口は知恵を語り、
その舌は公義を告げる。
心に神のみおしえがあり、
彼の歩みはよろけない。

悪者は正しい者を待ち伏せ、
彼を殺そうとする。
主は、彼をその者の手の中に捨ておかず、
彼がさばかれるとき、彼を罪に定めない。

主を待ち望め。その道を守れ。
そうすれば、主はあなたを高く上げて、
地を受け継がせてくださる。
あなたは悪者が断ち切られるのを見よう。

私は悪者の横暴を見た。
彼は、おい茂る野生の木のようにはびこっていた。
だが、彼は過ぎ去った。見よ。彼はもういない。
私は彼を探し求めたが見つからなかった。

<…>
正しい者の救いは、主から来る。
苦難のときの彼らのとりでは主である。
主は彼らを助け、彼らを解き放たれる。
主は、悪者どもから彼らを解き放ち、
彼らを救われる。
彼らが主に身を避けるからだ。

(詩篇第37編より)
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ひとこと

神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)

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