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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

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アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団村上密牧師による鳴尾教会人事への不当な介入問題 まとめ

~異端の教えを無批判に取り入れ、無実の教会を迫害し、
正義の仮面を被りながら、カルト被害者救済活動を暴走させる
アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団と村上密牧師の危険~


当ブログでは、2001-2002年にかけて鳴尾教会で起きた混乱に関する資料を一連の記事(同記事末尾を参照)で示したが、この発表により、大きな暗闇が一つ打破されたものと確信している。

これまで鳴尾教会に関しては、事件からこれほどの年月が経っても、なお、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団及び村上密サイドが、彼らにとってのみ都合の良い偏った虚偽の情報をさかんにネット上に流布して来た。 
そして、この事件の当事者でもなく、当時の教会の様子を知りもしない信者らが、その嘘の情報に見境なく飛びつき、一緒になって事件を膨らませて、関係者を中傷し、事実と異なる空想物語を言い広めて来た。
 
しかしながら、当ブログの記事で示した事実は、村上密氏がこれまで鳴尾教会について言い広めて来た情報が、完全に嘘であることを証明している。注意点としては以下のことが挙げられる。

1. 当ブログ記事で示した内容は、当時の教会の実情をよく知る当事者の証言に基づいており、なおかつ、教団側によって公に認められて信徒に配布された資料を根拠としているため、当事者でない者が、確たる証拠もなしに、この事実関係を否定するのは不可能である。
 
2.これらの資料を通して、改めて明らかとなる事実は、鳴尾教会を混乱に陥れた原因は、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団に属する指導者ら(津村昭二郎氏、村上密氏)の不当かつ無責任な対応(つまり、教会内人事の私物化)にあったという事実である。

鳴尾教会の事件を振り返るとき、何よりも明白となるのは、以下の一連の記事で詳述している通り、同教会に混乱を引き起こした何よりの原因は、当時の鳴尾教会の主監者であった津村昭二郎氏の義理の息子である立場を利用して、本来は権限を有していなかったにも関わらず、教団や教会に定められた正式な手続きに則らず、信徒の了承も得ずに、密室の暗闇で教会に不当な介入を繰り返し、教会内人事を私物化して来たアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の村上密牧師の不誠実で信用ならない行動である。

さらに、同教会に尋常ならぬこだわりを抱いて引退を拒み、そのために自らの後継として派遣された伝道師を、過酷な労働条件で酷使した挙句、不当な汚名を着せてまで、いわれなく追放した当時の鳴尾教会の主監者(アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団所属)であり村上密氏の義理の父であった津村昭二郎牧師の行動の卑劣さである。

こうした行動を信徒に隠れて暗闇で行う人々が、果たして聖霊に導かれる正統なクリスチャンの指導者であると言えるのか、人として信頼に値する人物であると言えるのか、その疑問に対する答えは明白であると思う。

3.にも関わらず、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、鳴尾教会に混乱が起きた2001-2002年当初から、村上氏と津村氏らによって教団内・教会内手続きに従わずに行われた鳴尾教会内人事の私物化という問題点を何ら追究しないまま、こうした指導者らの無責任な対応をかばい立てし、ごまかすために、ただ津村氏の自主的な引退により、事件をうやむやなままに幕引きをはかった。

4.さらに、これに終わらず、教団側はその後も、鳴尾教会に起きた混乱の責任が、あたかも教団自らが派遣した後任の牧師夫妻や、信徒の側にあるかのように見せかける虚偽の情報を拡散することで、自らの責任をごまかそうとして来た。

その際、その嘘を正当化するために、教団側(津村氏+村上氏)は、かつて津村氏が鳴尾の後継者として派遣されたA・B伝道師夫妻に濡れ衣を着せて、鳴尾教会から追放をはかったのと同様に、鳴尾の後任である山田牧師牧師夫妻に「異端者」の濡れ衣を着せることで、鳴尾教会に起きた混乱を後任の牧師に責任転嫁し、自らの無責任な対処を正当化しようとはかった。

5.しかも、このような虚偽の情報を流布するにあたり、村上密氏は、自分のブログや教団の公式ホームページ等、教団の正式なツールを通じて物事を公にして議論を進めようとはせず、むしろ、杉本徳久氏のブログ「随想 吉祥寺の森から」に代表されるような、教団には何ら関係なく、従って、当然、教会内人事に口をさしはさむ権限も持っていない個人のブログ等を積極的に活用して、鳴尾教会を貶めるためのネガティヴ・キャンペーンを行なった。

村上氏がこれまで、自らにとって不都合とみなした政敵を貶め、印象を操作して貶めるためのネガティブ・キャンペーン(人物破壊工作)の多くを、自身のブログのみならず、教団とは何の関係もない一個人のブログ「随想 吉祥寺の森から」などを積極的に利用して、発表させて来たことは周知の事実である。

村上氏がこうして教団と無関係の個人を利用して自らの意見を代弁させた理由としては、万一、村上氏や教団側の投げかけた疑惑に十分な根拠がないことが明らかにされて、後日、相手方から名誉棄損の訴訟が提起されるなどの形で、責任を問われた際に、同氏や教団関係者らが直接、矢面に立たされることなく、責任を逃れる目的があったものと見られる。

村上氏はカルト化の疑いを投げかけた教会には幾度も自分から裁判をしかけておきながら、自分自身は裁判等で責任を追及されたくないばかりに、教団とは何の関係もない個人に全責任を身代わりにかぶらせる形で、一般人の信徒に自分の意見を代弁させては、教団側にとって都合の良い偏って捏造された情報をさかんに発表させて来たのである。

こうして、自らの見解を公式に発表してきちんと自分の述べた言葉の責任を取ろうともせず、教団と無関係な個人や支持者を身代わりに矢面に立たせることで、何の裏付けも取れていない不確かな虚偽の情報を一方的に流布し、クリスチャン同士の疑心暗鬼と対立をしきりに助長し、この争いを高みの見物しながら、「カルトとの闘い」を空想(妄想)によって膨らませてスキャンダルの火を煽り、クリスチャン同士の対立を煽ってそれによって自分の利益を得て来た村上氏が、いかに信用ならない人物であり、同氏の唱える「カルトとの闘い」も、信憑性のない荒唐無稽なものであるかは、誰の目にも明白であろう。

6.むしろ、こうした一連の事件を振り返るとき、村上氏の唱える「カルトとの闘い」とは、村上氏が不都合な政敵を追い落とすための口実に過ぎないことが見えて来る。鳴尾の事件を見ても分かるように、同氏はすでに十年以上の長きに渡り、自らにとって都合の悪い信徒に対して、常に「異端の疑惑」をでっちあげては、相手を誹謗中傷することで、信用の失墜をはかり、圧迫して追放を試みることを繰り返して来ている。つまり、「異端疑惑」は、村上氏と津村氏が自らに不都合な政敵を追放するために用いる常套手段なのである。

こうした一連の事実を見るならば、本来は教会を正しく導かねばならないはずのアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団が、当時から、どれほど津村氏や村上氏の身勝手な行動をいさめることもなく、むしろ、その言いなりとなって、彼らと一緒に危険な活動に従事し、卑劣かつ無責任に自らの不適切な対応をごまかしながら、弱い立場にある牧師や伝道師や信徒、ひいては教会そのものにまで身代わりに濡れ衣を着せて、教会関係者に事実無根の中傷を浴びせていたずらに苦しめながら、責任転嫁をはかって来たかがよく分かる。
 
同教団は、本当は自らの無責任な対応が引き金となって鳴尾教会に混乱が起きたにも関わらず、事態を収拾しようともせず、その混乱の責任の所在を、ずっと一方的に教会に転嫁し、教会を攻撃し続けることにより、知らぬふりを決め込み、混乱をより悪化させて来たのである。

恐ろしいのは、こうして村上密氏が、津村氏の助力を得て、鳴尾教会の人事に暗闇の密室で幾度も介入し、教会を思うがままに動かそうと試みて来たように、今やアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団全体が、同氏らの私物のように動かされている事実である。
 
さらに恐ろしく危険なのは、記事「「カルト監視機構」という名の秘密警察の設立について」の中でも指摘した通り、こうして他教会の人事に不法に介入して教会を私物化し、不都合な人間に対しては、でっちあげの嫌疑をかけて教会から追放し、自らに不利な情報は隠蔽し、捏造された情報を流布することによって、自分の責任をごまかし続けて来た村上氏が、まるで正義の味方のような仮面を被って、、「弱者救済」の美名の下、「カルト被害者救済活動」を推進し、教団全体を「カルトとの闘い」に巻き込むことにより教団に属する全ての教会を思うがままに取り締まる権限を得ようとしているだけでなく、「カルト監視機構」の設立を訴えて、教団の枠組みを超えて、プロテスタントの全ての教団教派に属する他教会の人事にまで積極的に介入しようと試みていることである。
  
このように全く信頼できない行動を繰り返す指導者がリーダーとなって、「カルトとの闘い」を口実に、全プロテスタント教界の教会に干渉することのできる機関を設立し、実権を掌握することが、どれほどキリスト教界全体にとって重大かつ恐ろしい危険であるか、改めて指摘するまでもない。
 
ちなみに、村上密氏の活動については、カルト被害者の側からも疑念の声が上がっており、ORCを守る有志の会からは、同氏に対して、すでに2009年の時点で「本当に専門家なのだろうか?」との深刻な疑念が投げかける声明が発表されている。



カルト被害者の側からも村上密氏の活動には疑念の声が上がっている。
ORCを守る有志の会のホームページから)



偽預言者をゲストに招く教会」の記事でも指摘した通り、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、これまで様々な過激な霊的ムーブメントを聖書に照らし合わせて検証することもなしに、無分別に取り入れ来たため、偽りの霊によって欺かれた指導者や信徒らによって至るところで混乱が引き起こされており、その評判は以前から芳しくなかった。
 
上の記事で示した通り、村上密氏自身も、一方ではカルトへの警戒を呼びかけながら、カルト化の疑いのある指導者を堂々と自らの教会へ招き、被害を受けた信徒の目の前でメッセージをさせるという悪質な二重性のある牧会を行なっていた。こうして、カルト化の危険を訴える村上密氏自身のミニストリーが、決して聖書に忠実な教えだけを吟味して取り入れるものでは全くなく、疑わしい教えを積極的に取り入れるものであったことが、カルト被害者自身の証言により明らかにされている。

このように、聖書に対する忠実さを捨てて、二重性と偽りに満ちた異端の教えを積極的に受け入れることを公式見解としているアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団では、必然的に、偽りの教えに惑わされた信徒たちが、至るところで様々な混乱を引き起こして来たが、その典型例は、「キリスト教界に広がる疫病としての「霊の戦い」」にも記した通りである。

さらに、記事「カルト被害者救済活動の暴走~アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による魔女狩りとしての鳴尾教会への恫喝訴訟とAG信徒による他教会の乗っ取り~」にも記したように、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の信徒が、偽って教職者を名乗り、他教会で長きに渡りメッセージを語り、他教会を乗っ取り、気に入らない信徒に異端者の濡れ衣を着せたり、呪いや滅びの予言を語るという全く呆れ果てるほどに言語道断な事件をさえ起きるに至っている。

こうした事件に共通するのが、偽りの霊に欺かれたアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の信徒が、自分は正しいことをしていると確信しながら、何の根拠もなく、聖書を悪用して誤ったメッセージを語り、信徒らをいたずらに罪に定めたり、教会や信徒に呪いや破滅を宣告したりして、信徒の交わりを私物化して混乱に陥れたという事実であり、これらの事件は、カルト被害者救済活動の支持者が、自分自身を正義のようにみなしながら、活動を暴走させて行き、無実の信徒らへの迫害に至った経緯と極めてよく似ている。アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、すでにそれ自体が偽りの霊の活動の温床となっていると言って差し支えない。

7.鳴尾教会は、このような無法状態・無責任状態に陥った恐ろしい教団から、正式に離脱を決定したが、その際、教団側(村上氏+津村氏サイド)は、これに復讐心を燃やし、あたかもそれが牧師夫妻による不法な「教会の乗っ取り」であったかのように主張して、鳴尾教会の教団からの離脱の決定を撤回させようと、教会に恫喝訴訟をしかけるなどして、あらゆる方法で制裁を加えた。

8.しかしながら、村上サイドの主張は裁判によっても認められることはなく、教団側はこれらの争いにことごとく敗れ、鳴尾教会は無事に教団から離脱して、新たな出発を遂げた

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団側からの長年に及ぶ執念深く陰湿な言いがかりに対して、無実の小さな教会が勇気をもって戦い抜いた経緯は、「鳴尾キリスト福音教会から皆様へ」のブログに詳しい。また、当ブログでも末尾に示すように幾度も触れて来た通りである。

こうして、晴れてアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団と関係を断ち、単立教会として新たな出発を遂げた鳴尾キリスト福音教会の喜び溢れる様子は同教会の新しいホームページからもよく伝わって来る。



 
アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団からのスラップ訴訟に負けず、
礼拝堂も見違えるように美しくなった鳴尾キリスト福音教会


   
9.アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、鳴尾教会の事件に関しては、裁判においても全面敗北しているにも関わらず、今日に至るまで、なお過ちを認めることなく、あらぬ疑いをかけて誹謗した鳴尾教会関係者への謝罪も行っていない。それどころか、村上密牧師は未だにブログ等で、同教会に対する事実無根の非難を続けている有様である。
 
このように、すでに事実を事実として認めることさえできなくなって、現実から乖離した空想の世界を築き上げて「カルトとの闘い」に没頭し、自らを正義のヒーローのようにみなして、自分に敵対するすべての信徒を「悪者」と決めつけて、虚偽を言い広めて恥じることもなく、他の信徒の平和な信仰生活をどこまでも執拗に妨害してやまない恐るべき教団とのその指導者が、本当に聖書に基づくキリストの平和な福音に立脚していると言えるのか、信仰を持っている人々のみならず、信仰を持たない人の目にも、極めて疑わしく感じられて当然である。

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、フランスではすでに準カルトと認定されている。当ブログでも示したように、同教団が暗闇で行って来た一連の信頼できない活動を見れば、我が国でも、この教団がカルト団体とのそしりを免れることは決してできないものと思う。

同教団からは、随分前から、信徒の深刻な離脱が起きていると聞く。過激な霊的ムーブメントを無分別に取り入れては積極的に後押しして来たために、もともとプロテスタント内では評判が芳しくなかった教団であるが、村上密牧師の登場以後、同氏が率先して全プロテスタントの教会を敵に回しながら今日に至るまで推し進めて来たカルト被害者救済活動の暴走の様子を見て、良心的な信徒の心はさらに離れたのだろう。

たとえキリスト教界が幾多の問題を抱え、カルト化という現象が実際に起きているにせよ、これを是正する方法は、当ブログで幾度も述べて来たように、クリスチャンが聖書に立ち戻ることにしかない。人間的な思惑に基づいて、聖書に従わずに、どんなに人間の正義を振りかざして「カルトとの闘い」を推し進めても、それは泥沼の闘争にしか至らないのであり、かえって残酷で不公平な私刑を助長し、神と教会とクリスチャンに敵対する危険な運動に変わって行くだけである。

キリスト教界で繰り広げられるどんな運動も、それが本当に聖書に立脚しているのかどうか、慎重に吟味せずに取り入れるのは極めて危険である。「神と教会に敵対するクーデターとしての「弱者救済」の思想の危険性」の記事にも記した通り、信仰によらず、人間の思惑に基づいて行われる弱者救済活動は、常に聖書に反する人類の自己救済の運動として、神と教会とクリスチャンに敵対するものとなる危険をはらんでいる。

それを考慮するならば、弱者救済といううわべだけの美名に欺かれて村上密氏やアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の活動を支持することがどんなに危険であるかが分かるだろう。
  
にも関わらず、このように信用できない危険な指導者に無分別に従い、指導者も信徒も一丸となって非聖書的な活動に没頭し、他教会の内政に不法に干渉し、信徒の平和な信仰生活を脅かすことを「信仰生活」と勘違いしているような恐ろしい教団からは、鳴尾教会でなくとも、これを疑問視・危険視して、教団を離れる信徒が続出するのが当然の結果である。

神への信頼とキリスト教徒としての信用を失った教団に所属していることが、クリスチャンの平和な伝道活動にとって有利に働くことは決してない。もしクリスチャンが 聖書に忠実に生きたいと願うならば、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団とその信者には、何があっても関わらないことが得策であると言える。      
  
10.村上密氏は、「宗教トラブルセンター」や「カルト被害者救済活動」などの看板を掲げて、他教会のカルト化を監視し、糾弾し、取り締まる前に、まずは自教団の深刻なカルト化という事実に目を向け、自分というカルトをこそ監視し、取り締まるべきである。
 


 ~アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による鳴尾教会に対する不当な介入と
 村上密牧師率いる「カルト被害者救済活動」の危険性に関するまとめ~

(随時追加予定)
 

 ★アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の指導者が鳴尾教会に引き起こした混乱について
(村上密氏による鳴尾教会人事への不当な介入と津村氏による鳴尾後継者の不当な追放)
  
アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動➀ ~村上密牧師による鳴尾教会人事への不当な介入~ 

 アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動③ ~村上密牧師による鳴尾教会人事への不当な介入~ 

 アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動④ ~村上密牧師による鳴尾教会人事への不当な介入~ 伝道師の書簡(前編)

 アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動⑤ ~村上密牧師による鳴尾教会への不当な介入~ 伝道師の書簡(後編) 
 

★上記の事件に関して教団から鳴尾信徒に公に配布された資料
(津村昭二郎牧師と村上密牧師によって密室でいわれなき嫌疑をかけられて鳴尾を不当に追われた伝道師が教団に宛てた苦情の書簡と津村氏による弁明 ※一部個人情報を伏せ、筆者による注釈を赤字で余白に加えた。)

 村上密牧師と津村昭二郎牧師による鳴尾教会人事の私物化問題について(教団配布文書PDF)


★村上密氏によるカルト監視機構の発案の基盤となっている非聖書的思想の危険性について

カルト監視機構」という名の秘密警察の設立について

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動⑥ ~悪魔の見果てぬ夢としての「カルト監視機構~

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動⑦ ~村上密牧師による自己流の「異端審問」~
 

★村上密牧師が教団と無関係の個人である杉本徳久氏と結託して暗闇でネット工作員を動員し、当ブログに対して長年に渡り加えて来た妨害工作について

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動② ~村上密牧師が杉本徳久氏と共に暗闇で主導する「サイバーカルト監視機構」(前編)~

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動② ~村上密牧師が杉本徳久氏と共に暗闇で主導する「サイバーカルト監視機構」(中編)~

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の非聖書的で危険な活動② ~村上密牧師が杉本徳久氏と共に暗闇で主導する「サイバーカルト監視機構」(後編)~
   

★村上密氏と杉本徳久氏の活動が、信者ではなく、この世の不信者らの目線に立っており、聖書に基づかないこの世の思想を無罪放免しながら、キリスト教を貶め、クリスチャンだけを断罪する構図となっていることの危険性について

~カルト被害者救済活動の暴走~ この世を無罪放免しながらキリスト教徒を断罪する村上密氏と杉本徳久氏の活動の危険➀

~カルト被害者救済活動の暴走~ この世を無罪放免しながらキリスト教徒を断罪する村上密氏と杉本徳久氏の活動の危険②


★杉本徳久氏が同氏にとって不都合な記事を削除しない限り、違法な報復行為に及ぶと当ブログ管理人を脅迫して来たメール

2010年10月5日付   杉本氏が唐沢氏に提訴の報告を求めヴィオロンの記事を罵倒したメール
2010年10月17日付 杉本氏が唐沢氏の提訴予告について進行状況を報告せよと恫喝したメール
2010年11月20日付 杉本徳久氏が唐沢氏の提訴予告について謝罪を要求した恫喝メール
2010年12月8日付   杉本徳久氏がヴィオロン、唐沢氏、山谷少佐に提訴を催促した恫喝メール
2010年12月15日付 杉本氏がヴィオロン、唐沢氏、山谷少佐に記事削除を求めた恫喝メール
2011年12月6日付   杉本氏がヴィオロンの個人情報を特定して恫喝して来たメール
2011年11月28日付   杉本徳久氏が、唐沢氏とヴィオロンに送りつけた恫喝メール
2012年1月1日付    杉本徳久氏がヴィオロンの個人情報を晒すブログ記事を示した恫喝メール
2012年1月22日付 杉本徳久氏がヴィオロンに実力行使に出ると恫喝したメール
2012年3月8日付  杉本徳久氏がヴィオロンに期限を切ってブログ削除を要求した恫喝メール
2012年3月9日付  杉本徳久氏からヴィオロンの返答に対する罵倒と恫喝のメール
2012年3月10日付   杉本徳久氏がヴィオロンに自分を提訴せよと恫喝して来たメール

2016年4月25日付 杉本徳久氏がメールフォームから投稿した恫喝メール
2016年4月30日付 杉本徳久氏がヴィオロンへの提訴をほのめかした恫喝メール
2016年5月2日付   杉本徳久氏がヴィオロンを提訴してやると恫喝したメール
    
      
★鳴尾教会が正当な手続きによってアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団から離脱した際、教団が、これを「牧師による教会の乗っ取り」であるかのように主張して、鳴尾教会に加えた恫喝訴訟を含む制裁について(同教団はこの争いに全面的に敗北した)

文化庁第160回宗教法人審議会議事録 ~日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による鳴尾キリスト福音教会の教団離脱手続きに対する異議申し立て棄却の記録~
 
文化庁第163回宗教法人審議会議事録 ~「日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団」による「鳴尾キリスト福音教会」の単立化手続きに対する異議申し立て棄却の記録~

宗務時報No.115 ~日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による鳴尾キリスト福音教会の教団離脱手続きに対する異議申し立て棄却の記録~
  

★アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の信徒が、身元を隠して他教会に潜入し、他教会を乗っ取った事件について

カルト被害者救済活動の暴走~アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による魔女狩りとしての鳴尾教会への恫喝訴訟とAG信徒による他教会の乗っ取り~


 ★アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団及び村上密氏の推進して来たカルト被害者救済活動の非聖書性とこの活動の暴走について

 罪と罰 カルト被害者救済活動はなぜ聖書に反するのか。
――杉本徳久氏によるクリスチャンへの聖書と法に基づかない虚偽の告発と
 カルト被害者救済活動が持つ反聖書的な意義についての考察――


 
カルト被害者救済活動はなぜ誤っているのか① 
カルト被害者救済活動はなぜ誤っているのか② 
カルト被害者救済活動はなぜ誤っているのか③ 
カルト被害者救済活動はなぜ誤っているのか④ 

  
★弱者救済の思想はなぜ危険なのか 
 
神と教会に敵対するクーデターとしての「弱者救済」の思想の危険性 ~アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団による「弱者救済活動」はなぜ危険なのか~

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ひとこと

神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)

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