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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

隠れたところに住まわれる神

神は何と矛盾に満ちた存在でしょう!

神は栄光をお受けになるのを好まれる方です。
神が何かをなさる時、全世界に向かって、
誇らしげに、堂々とご自身をあらわされます。
神が行った奇跡は、どれもこれも、
歴史的に語り継がれる、偉大な事件ばかりでした。

クリスチャンの口が、ことごとく主を賛美することを、
神は喜ばれます。
被造物に至るまで、生きとし生けるもの全ては、
神を誉めたたえているのです。

けれども、不思議なことは、それでもやっぱり、
神は「隠れたところに」お住まいになることです。
世間が大々的に注目するところに、
神はご自身をあらわされません。
人々が騒いで落ち着かないところに、神は現れてくださいません。

だから、神を求める人は、戸を閉じて、静かなところに行き、
誰も見ていないところで祈らなければなりません。
人に見捨てられ、失敗に途方に暮れ、
孤独や困難に涙し、自分の無力に絶望しながら、
「それでも、私は主を信じます」と告白する時、
そのような瞬間、
自分の祈りが確かに聞かれているという感覚を
人はあまり持つことはないでしょう。

あたかも、神にさえ、見捨てられているかのような沈黙があるでしょう。
しかし、そんな時こそ、神はじっとあなたに目を留めて、
その祈りを聞いておられると思うのです。

不思議なことに、私の心は信じることができます、
主はそのような試練の時の私の祈りを、
とても貴重なものとして受け取られ、
喜んでくださると信じることができるのです。

だから、私はハレルヤと言うことができるのです。

神は何と不思議なお方でしょう。
御声を出せば、全世界がうちふるえるほど力強いのに、
たった一輪の花をさえ、無駄に吹き飛ばすことがなく、
私のように傷つきやすく、臆病で、弱い生命を、
細やかな感性を持って世話して下さるのです。

このお方に、幼子が大人の手にすがるように、
私はすがりながら、生きていきたいのです。
私は信じたいのです、このお方の
私への変わらない愛の深さと、偽りのない誠実さを。

主の御名を誉めたたえます。
主の真実を誉めたたえます。

順境にあろうと、逆境にあろうと、
神様がこの先、どんな道を私の人生に敷いて下さっているのか、
ただ楽しみです。

それは、主よ、私があなたを信じているからです。
御心が地に成りますように。
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ひとこと

神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)

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