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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

ショッピングモールへ

昨日、初めて地域のショッピングモールへ出かけました。この地域に慣れない私は、どこへ行けば手に入るのか分かりませ ん。ネットで検索すると、なんと、最寄り駅の近くに大きなショッピングモールがあることを発見! バイクで15分程度の距離です。道に迷い、スピード違反 の取締りをしている警官に道を尋ねたりしながら、何とかたどり着きました。しかも、破格の買い物ができました。ウールとカシミヤのコートがセールであり得 ないような値段(9割引)になっていました。単身者も、家族連れも、一日のんびりとくつろげる場所のようです。

愛する主よ、私たちの兄弟姉妹を職場にあってお守り下さい。また、これから勤務に着こうとしている全ての人々をお守り下さい。私たちの日々の糧を、必要の全てを守って下さる主を信じ、あなたに感謝を捧げます。

<2016年 追記>

横浜に来る前、岡山の地でも、私は暇さえあれば、近くの大型ショッピングモールへ出かけていた。昔から、大型ショッピングモールは私の棲息の地と言っても良いほどで、買い物のためだけではなく、休息のため、散策のため、思いを巡らすために役立ってくれた。

この地にやって来たとき、近くのショッピングモールはまだ建設されたばかりであった。まるで私のために、神様が備えて下さったかのようだと感じたことを覚えている。今でも、車で毎日のようにそこへ出かけるので、食べ物から、着る物から、色んな買い物に役立ってくれている。

このように便利な場所にいるわけだが、それでも、家が手狭になって来たので、新たな場所へ行きたいという願いが最近、心に起きて来た。おそらく、横浜を離れることはなかろう。

横浜は貿易の町である。「全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を・・・」とあるように、世界に目を向けて、世界に影響を及ぼすような何かをしたいのである。もちろん、あくまで、私のケーニヒスベルクを拠点としながら。

哲学者カントが自分のケーニヒスベルクに全世界を集めたというならば、ましてキリスト者はそれが出来るはずである。ちなみに、東プロイセンの主都だったケーニヒスベルクは今はなく、美しい町だったようだが、その面影も今は全く残ってはいない。だから、カントのケーニヒスベルクは今や幻なのである。

筆者のケーニヒスベルクも幻である。それは筆者がこの地では寄留者に過ぎないからであって、筆者は天に見えない拠点を置いて、そこにすべてを集めようとしているからである。だが、その拠点は、それはそれは美しい都である。

筆者はこの天の都を拠点として、そこにかなり色々なものを呼んで来た。だが、神の命を通して、どれだけ多くのことができるのか、天の支配がどれほど地に及ぶものなのか、もっともっと確かめてみたいと思うのだ。
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ひとこと

神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)

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