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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

世の光として(1)

 イエスは、反発を恐れることなく言うことができました、「わたしは世の光である」(ヨハネ八・十二)。わたしたちにとって、この主の言葉は少しも驚くものではありません。

しかし、驚くべきなのは、主が弟子たちに向かって、さらにわたしたちに向かって暗示するように、次の言葉を語られたことです、「あなたがたは世の光である」(マタイ五・十四)。主はわたしたちに光になれと勧めているのではなく、わたしたちが世の光であると言っているのです。

わたしたちが自分の光を人の前にもたらして、人々に見えるようにしていようと、あるいは人からその光を隠していようと、わたしたちはみなこの世の光なのです。わたしたちの中に植え付けられた神の命は、それ自身はその周りを囲むこの世と完全に異なっていますが、それは神が設計された光の源であり、この光は対比によってこの世に備わっている暗やみを明らかにし、この世の人々を照らし、人々にこの世の真の特徴を見せるのです。

このゆえに、イエスは続けて言います、「同じように、あなたがたの光を人々の前に輝かせなさい。それは、彼らがあなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父に栄光を帰すためである」(マタイ五・十六)

この言葉からはっきりと見ることができますが、今日もしわたしたちがこの世からわたしたち自身を隔離し、この世から唯一の光を取り去ってしまうなら、これは神に栄光を帰すことにはならないのです。それは、わたしたちと人類に対する神の目的を妨げることにすぎません。
(ウォッチマン・ニー全集 第二期、第三九巻、p.150)
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