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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

この世から解放される(3)

 パウロはガラテヤ人への手紙の終わりで、この点を非常にはっきりと述べています、「しかし、わたしには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架以外に、誇るようなことが断じてあってはなりません。その方を通して、この世はわたしに対して十字架につけられ、わたしもこの世に対して十字架につけられてしまったのです」(六・十四)

この節が特別にあなたの注意を引きつけることは、何でしょうか? この世に関して、それは十字架の働きの二つの面について語っています。<…>神がキリストの完成された働きの啓示をもってあなたとわたしに臨まれる時、神はわたしたちに、わたしたち自身が十字架の上にいることを見せてくださるだけでなく、わたしたちのこの世も十字架の上にあることを見せてくださるのです。もしあなたとわたしが十字架の裁きから逃れることができないのであれば、この世も十字架の裁きから逃れることはできないのです。わたしはこの点を真に見ているでしょうか?<…>

わたしがこの点を見るなら、自分の愛しているこの世を退けようと試みたりはしないでしょう。わたしは、十字架がすでにこの世を退けたことを見ます。わたしは、自分にからみつくこの世から逃れようと試みたりはしません。わたしは、十字架によってすでに逃れたことを見るのです。

 この世から救い出される道は、クリスチャン生活の中の他の多くの事柄と同様に、わたしたちの多くにとって驚くべきことです。なぜならそれは、すべての人の天然の観念と相対するからです。人は、自分が危険であると考える場所から自分自身を遠ざけることによって、この世の問題を解決しようとします。しかし、体を遠ざけても、霊的に遠ざかることにはなりません。その反対もそうです。体がこの世と接触しても、必ずしも霊的にこの世に捕らえられるわけではありません。

この世へと霊的に縛られることは、霊的に盲目であることの結果です。そして、救い出されることは、わたしたちの目が開かれたことの結果です。わたしたちと この世との接触が外面的にいかに密接なものであったとしても、わたしたちがこの世の性質を真に見る時、わたしたちはその力から解放されることができます。 この世の本質的な特徴は、サタンに属するものです。サタンは神の敵です。わたしたちがこれを見ることが、すなわち救いを得ることです。

 あなたにお尋ねします。あなたの職業は何でしょうか? 商人でしょうか? 医者でしょうか? これらの職業から離れないでください。 次の言葉を書き留めておいてください。「売買は死の判決の下にあります。医者の仕事は死の判決の下にあります」。もしあなたが真実にそのことを行うなら、 この後、あなたの生活は変わるでしょう。神と敵対して裁きの下にあるこの世の中で、あなたは神を真に愛し、神を畏れる人としてどのように生活すべきかを、 あなたは知ることができるでしょう。


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