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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

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静まって神の時を待て

神を待ち望むことには、忍耐がいる。

神の備えて下さる解決は、人間の目に遅いように見える時がある。

だが、本当はそうではない。

遅いのは神でなく、人間の方である。

待つことができず、常に性急に動こうとする人間の理解が、
あまりにも遅くて、神のスピードに着いていけないだけなのだ。

だが、そのように忍耐が要求される時には、
主を喜びなさい。

主を喜び、賛美することは、激しい葛藤の中で、敵の圧迫を打ち破り、
戦いをすみやかに収束させる上で、有益である。

キリストの勝利を早急に引き寄せるためにも、有益である。

どんなに死の圧迫が自分を取り囲んでいるように見えても、
キリストの勝利は揺るがないものである。

だから、信者よ、賛美しなさい。
死の陰の谷を歩いているように見える時にも。

信仰の目で、緑の草原と、憩いの水際を見て、
主を喜びなさい。

神こそ、我らにとっての答えであり、解決である。

そして、神は常にあなたと共におられ、
あなたを見捨てず、
あなたのすべての必要に対して、答えとなって下さるからだ。

ただ何かあれやこれやの望みがかない、
状況が変わって自分に有利になることだけが解決なのではない。

神ご自身が、私たちにとっての永遠の解決であり、救いなのである。

だから、神を喜びなさい。

この救いをすでに私たちが得ており、
神が私たちと共にいて下さることこそ、私たちの勝利であることを、
何かの答えが出て、状況が変わるよりも前に、
全地の前で生きとし生ける者すべての前で大胆に告白しなさい。

それによって、暗闇を後退させることができる。
暗闇の軍勢にとっては、聖徒らの喜びのときの声ほど、
恐れの源となり、聞きたくないものはないのだ。

だから、神のみどり子よ、乳飲み子よ、
勇士のように胸を張って、大胆に構えなさい。
心を静めて、主を待ちなさい。

そして、主が働かれるために道を整えよ。

遅くなっても待っておれ。それは必ず来る。
神はあなたたちを忘れておられない。

だから、あなたたちが最も弱く追い詰められた瞬間に、
大胆に喜んで神を賛美せよ。
御名の権威を大胆に宣言せよ!
神の大能の御力と、はかりしれない御愛を
全地の前で高らかに誉めたたえよ!
  

冬の風情
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ひとこと

神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)

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