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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

主のいつくしみはわが慰め

 「あしたに、あなたのいつくしみを聞かせてください。
 わたしはあなたに信頼します。
 わが歩むべき道を教えてください。
 わが魂はあなたを仰ぎ見ます。」(詩篇 143:8)


いつくしみ深い主よ、あなたの私への愛、憐れみがどれほどのものであるか、私を通して、どうか世にお示し下さいますように。わが歩むべき道を示して下さるのは、あなたであることを、明らかに証明して下さいますように。私は混乱の最中にあっても、不安の只中にあっても、あなたを仰ぎ見ます。あなたがわが主であることを信じています、どうかわが歩みの中に、ご自身を顕して下さい…。

<2016年>

今日はどうしても生クリームを使ったケーキを買いたいと思っていた。昨日、ある店にそれらしきものを買おうと思って立ち寄ったのだが、どうにも、筆者から見ると値段が手頃でないと思われた。そのようなものは、セール時には半額以下で手に入るではないか。

主が着いていて下さったら、どんなものでも、手に入るはずだ。そんな楽観とも言える思いだけを頼りに、今日は雨の中、買い出しに行った。すると、ケーキのコーナーを二巡ほどしたところで、一巡目にはまだ多少の割引だったものが、半額になっているではないか。

やはり主は着いておられるのだと確信しつつ感謝した。今日は雨はやまないが、別のところで、神の憐れみを見た。筆者の生活はいつもこんな風である。

あらゆることの中に、筆者は神のいつくしみを待ち望んでいる。どんなに些細なことの中にも、神が共にいて下さり、信者を憐れんで下り、いつも信者の心と生活を豊かに満たしたいと望んでおられるのだと信じながら、その証拠を探しつつ、神を見上げるのである。
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ひとこと

神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)

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