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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

信仰(2)

や がて、主によって人生の総清算を迫られる時がやって来て、私が砂の上に建てた全ての財産は失われた。私は手ぶらで関西の地を去った。その後、死の谷と言っ て良いほどの人生の絶望の暗闇を通り過ぎ、主にあって、立ち直り、新しい望みを抱いて、関東にやって来た時、再び同じ会社に勤務することになろうとは、予 想していなかった。

だが、不思議な縁である。色々な紆余曲折を経て、私が採用されたのは、結局、兄弟と共にそばを通り過ぎたその会社であった。だが、この会社の問題点は、人 遣いの荒さだ。通勤の交通費はむろん支払われず、日曜出勤の出来ない私には、社会保険への加入もできず、フルタイムでの勤務の願いもかなわない。つまり、 今後、必要最低限の収入さえ確保できる見込みがないということだ。その上、入社後、2ヶ月が経とうとしているのに、いまだに試験が続いており、聞いていな かったノルマが新たに課され、それを果たせなければ、研修生の試用期間は終わらないばかりか、クライアント側からの評価が得られなければ、クビになるかも 分からないと言われ…。

これは研修生を間引きするための研修なのではないかと、同期生たちも不安を感じているようだった。そこで、私は数週間ほど前から、まさかの場合のために、 転職先を探した。運よく、ある会社から内定をもらい、兄弟姉妹たちと会った際には、きっと今月いっぱいで、今の仕事は終わりだろうと話していた。

だが、それにも関わらず、心の中に一抹の疑問が残った。疑問が消えなかったので、私は内定をもらった会社に、一週間、返事を待ってもらえるよう申し出た。それはただ決断を先送りするために、取ってつけた理由に過ぎず、一週間という期限にも、深い意味は なかった。私は疲れ切っていたので、何事も、深く考える余裕がなかった。睡眠時間さえ、満足に取れない中で、どんな理性的判断ができよう…。私は全てを主 の采配に委ね、主を信じるしかないと思った。今の状況の中に、主はどのように働かれるのか…。
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ひとこと

神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)

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