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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

信仰(5)

信 仰には、キリストの十字架以外に、理由はない。もしも、私はかれこれの正しく立派な行いをし、隣人を愛し、山上の垂訓に従い、御言葉に忠実であったから、 だから、主にその報いを大胆に求めることができるのだ、と言う人がいたとしたら、そのようなものは信仰ではないと私は言うだろう。

私は主に何かを求める時に、自分自身の行いを見ない。それは開き直るためでなく、無神経になるためでなく、罪を犯すことを正当化するためでもない。罪深 く、罰点だらけの私でも、ただキリストの十字架を通して、御言葉を通して、主の憐れみを乞う権利を与えられていることを信じているからだ。どんなに私が弱 く、みっともなく、愚かであり、失敗をし続け、最も近しい友からさえ、愛想を尽かされたとしても、私が主の御助けを心から叫び求める時に、主は速やかに応 えて下さることを信じている。

どうして信じられるのか、と問われても、理由はない。私のゆえでなく、ただキリストのゆえである、としか答えられない。私の内におられる方が、私に信仰をお与え下さっているがゆえに、神の実在をリアルに信じ、神によりすがることができるのだ。

さて、話の続きに入ろう。かの話し合いの日、私の失言のような言葉をきっかけにして、上司との話は思わぬ方向へ向かって走って行った。上司はどういうわけか、その後、遠大な彼の理想的計画を語り始めた、

「この職場での私の夢を一つ申し上げましょう。私の理想は、OJTの卒業基準を廃止することなのですよ…」

その時、まだ怒りが完全に冷めやらなかった私は、彼がそんな夢物語のような話を持ち出した真意をはかりかねて、苦笑した、「そんな日が、果たして、来るんでしょうか?」 

しかし、彼は語り続けた。そもそも、人の会話というものは、百人百様であるのが当然である。もしもオペレータの会話を評価できる基準があるとしたら、それ は顧客の満足だけである。オペレータの会話は、そもそも、会社の上部が数値化して、評価できるようなものではない。我々は、もともと数値ではかれないもの を数値化し、評価しようとしている、そこに苦しさがあり、矛盾があるのだ…。

OJTの卒業基準の廃止。それはつまり、研修生のノルマの廃止、試験の廃止のことである。つまり、クライアントが、採用された契約社員を研修期間中の試験 において評価し、評価基準に満たない研修生をふるい落とし、クビにする、そのふるいわけの制度そのものの廃止のことである。
一体、その物語は、その場をおさめるために、上司が即席で思いついたものであったのか、それとも、ずっと以前からの彼の夢であったのか、それはよく分から ない。だが、とにかく、センター内で会社のトップに近い人間である彼が、採用された契約社員に対する試験そのものの廃止を夢見ていると口にしたのだ。私は 驚かずにいられなかった。研修中に、契約社員が誰もクビにされることのない会社を作ること、それが、彼の夢だというのだ…。

上司が続けた言葉はさらに私を驚かせた、
「ビオラさん、私はあなたに提案します、ここでもう少し働いて、OJTを卒業されてはどうですか。それと平行して、新しい仕事をお探しなさい。退職はそれ からでも、遅くはありません。もう一日だけ、よく考えて下さい。とにかく、今日言い出して、今日辞めるなんて、そんなのはいけません…」

私は自分の耳を疑った。彼はこの会社を踏み台にして、新しい仕事を探せと私に勧めているのだ。上司である彼が、部下に対してこれほどまでにへりくだるとは、誰が予想できただろうか。しかし、私は未だ不信感をぬぐい切れず、他社の内定のことは伏せたまま、こう反駁した。

「そうは言っても、この会社に勤務してノルマに追われる毎日では、私は疲れ切って何もできません、転職活動なんかしている暇はないでしょう…」

彼はぴしゃりと言い返した。
「いいえ、時間は自分で作るものですよ。私も、以前の会社を退職せずに、今の仕事を探しました」

私は唖然とするほど驚いた。時間がないという言葉は要するに言い訳に過ぎないと、人は自分の本当の願いをかなえるためならば、どんな苦労を耐え抜いてで も、暇を作り出すものだ、彼はそう言っているのだ。私はその言葉を大学時代、どれほどの先生たちから聞かされて来ただろう。彼は今、師匠が私に対して言っ たように、最善の上にも最善を私に期待している。どこからそんな期待が生まれるのか…。

私は尋ねた。
「ちなみに、あなたの今の通勤時間はどのくらいですか?」
「一時間半です」

今の私の通勤時間とほとんど変わらない。彼の説明は私をもっと驚かせた。彼の住まいは私の住まいの隣の市にあり、彼は以前に、私と同じ駅の付近に住んでいたこともあったそうだ。
「まあ、そんなことはどうでもいい話ですがね…」
上司は自嘲するような口調でそうつけ加えたが、私は心の中で、一体、この偶然は何なのだろうかと怪しんだ。
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ひとこと

神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)

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