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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

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信仰(6)

だが、私の中では、それでもまだ会社に対する不信感は拭い切れなかった。

「一体、なぜそうまでして私を引き止めるんですか? 私が辞めたら、研修生の間に動揺が広がることを恐れているからではありませんか?」
この質問に対しては、上司は自信たっぷりの様子で次のように答えた。
「理由は簡単ですよ。あなたは会社にとって『売り上げ』だからです」

この答えに、私があからさまに幻滅の表情を浮かべてうつむいたのを、彼は見逃さなかった。
「私たちの会社にとっては、お客様は二人いるのです。一人はクライアント。もう一人は契約社員です。あなたたちはクライアントにとってはコストです。しか し我々にとっては貴重な売り上げなのです。あなたたち一人ひとりが、我々の会社に、利益をもたらす大切なお客様なのです。ですから、私たちはあなたたちの 誰一人として、簡単に失うことはできません」

今まで研修生のクビを次々と切る側に回っていた上司が、よくも短い時間でこれほど堂々と立場を翻すことができるものだと、私は内心で呆れながらも、それは表向きの理由に過ぎないことを、心では承知していた。彼は続けた、

「ビオラさん、あなたは最初は怒っていたけれど、今はもう怒っていませんね…。いいですか、もう一日だけ、よく考えて下さい。そして、明日、お返事を下さ い。もしもあなたにこの会社で続けて働くことに同意していただけるならば、私はあなたが日曜出勤できなくても、この会社でフルタイムで勤務できるように、 クライアントに交渉してみましょう。今の時点で、100%それが通るとの保証はできません。けれども、必ず交渉することを約束します…」

私はこの話の展開に、内心でただただ驚き呆れていた。営業成績を上げるために、土日勤務が当たり前となっているこの会社で、しかも研修生の分際の私につい て、このような提案をクライアントに上げることがどれほど難しいか、分かっている。おそらく、信仰を理由にそのようなことを願い出るのは、さらに前例のな いことであろう。無理きわまりない配慮を、あえて上司はやってくれようと言うのだ。そこまで言われて、どうして退職を固辞することができようか? 

しかし、私の怒りはまだ完全にはおさまっていなかった。研修生をすでに3人も辞めさせた上部が、今度は、会社の売り上げのために、私に会社に残れと言う。その申し出にその場で即答するのは癪だったので、私はただもう一日よく考えてみるとだけ返事して、話を終わらせた。

気づくと、勤務時間はもうだいぶ前に終わり、センター内は閑散としていた。研修生たちはもうとうに引き上げている。上司は穏やかに言った、
「じゃあ、ビオラさん、ちゃんと打刻をして、帰って下さい」

「ええ。ありがとうございました」
上司の言葉に心を打たれたとは見抜かれたくなかったので、私はあえて硬い表情を崩さずにそう言って、立ち上がった。

立ち去ろうとした際、上司が統計データを両手にしたまま、言った、
「ビオラさん、あなたは決して営業成績も悪い方ではないのに、どうして…」
彼の言葉は途中で震えて途切れた。

不思議な感動が心を満たし、気づくと私も泣いていた。その日、帰りの電車は事故のためストップし、倍の時間をかけて、私は家に帰り着いた。私は思った、た とえ交通費が支払われなかろうとも、たとえ試験に落ちて試用期間が長引こうとも、たとえ不当なノルマが課されようとも、今ここで、この人の誠実さを裏切 り、この人の真心からの提案を蹴ってまで、他社に移ることは私にはできない。私は人でなしにはなれない。たとえこれが後になって、芝居であり、演技である ことが判明し、私の期待が全て裏切られて終わるとしても、私には今、この上司の言葉が真実であると感じられる限り、それに応えないでいることはできない。 もしそのようなことをするならば、私は自分が非難している相手と、全く同じレベルにまで落ちてしまうだろう。

たとえ一瞬であれ、人が見せた真心からの誠実さに、どうして背を向けることができようか。たとえこの決断が間違ったものであることが判明したとしても、そ れには主が責任を取られるだろう。私には今、自分にとって不利であっても、精一杯、真実であり、正しいと感じられるものを選び取ることしかできない。そし て、主はその選択を決して、拒まれないだろうと思う…。

<2016年>

このような話をかつて書いていたとは、記事を読み返すまで、すっかり忘れていた。

これは筆者の当時のお人よしさや、情のもろさ、浅はかさがよく表れている記事である。

これは筆者が勤めた中でも、ワースト1か2を争う劣悪な労働条件の職場であった。だが、今に至るまで、これ以上ひどいと思われる職場も、筆者は経験して来た。

この出来事からすでに7年間の月日が経過した今となって言えることは、このような職場に希望などあろうはずがない、ということと、労働環境が良かろうと悪かろうと、この世が提供する仕事はしょせんみなこれと本質的に同じかほとんど変わらないのが現状だ、ということである。
 
そうしたすべての経験から学んだこととして、現在であれば、筆者はこのような「泣き落とし戦術」にははまらない、と言える。もっとも、上記のような事件が「戦略」によるものであったのかどうかは分からないが、少なくとも、仮に一人の上司に善意があった程度のことでは、職場全体は決して変わらない、ということを今の筆者はよく知っている。

なぜなら、現在とは、歴史の積み重ねの上に成り立つものでしかなく、過去にあくどいことばかりやって来た会社が、突然、未来に向けて良くなる、ということは絶対にないからである。

この職場もそうであるが、ダメなものはどんなに進めようとしてもダメなのである。ダメなものとは何かと言えば、嘘、不正、搾取などが横行し、弱い者が踏みにじられ、人が生きるための最低限度の条件さえ満たしていないような劣悪な労働条件がまかり通っている会社ということである。

たとえば、交通費が支払われないとか、社会保険に加入できないとか、研修中に半分以上の新人が辞めていくか、辞めさせられるとか、顧客との録音された会話テープを品質管理が聞き起こして徹底的にダメ出しを続けるとか、過酷な試験があって、それをパスしないと本採用されないとか、その職場が出来てから十年と経っていないはずなのに、すでに百期生が登場しているとか、毎月、毎週のように、ずっと募集をかけ続けているとか、雇用契約書を作ってくれないとか、突然、契約の短縮を迫られるとか、そういった非常識な条件の職場は、労働者がどんなに頑張ったところで、しょせん続かないのである。

そういう場所からは、人情にほだされることなく、栄誉につられることなく、早々に見切りをつけて、立ち去るべきである。明日の不安に駆られて残ろうとすべきではないし、上司と話し合いなどせず、誰にも不満をぶつけることもせず、同僚にも本音を打ち明けず、黙って早々に立ち去るのが最善である。

だが、そのような職場は、労働者を疲労困憊させることで、転職を困難にし、抜け出せないようにしているのである。また、定期的に「ガス抜き」を行うためのいくつかの策も用意している。

上記の会社では、後になって、リストラ専門部隊なるものが、本社に存在することが分かった。その話を聞くまでは、筆者はたとえば「追い出し部屋」のようなものの存在について聞いても、半信半疑で、他人事のようにしか考えていなかったが、本当に優秀な社員にリストラを迫るための「専門部隊」なるものが、存在する会社があるのだということを知った。

そのことは、上記の会社が徹底的に腐りきっていることをよく示す証拠である。

それは同じ会社であっても、すでに上記の職場とは全く別のセンターで判明した事実であった。全国展開を目指して新設されたばかりの美しく気持ちの良いセンターに筆者は派遣された。海が見下ろせて、花火大会が横目で見える、まるで特等席のような場所であった。しかし、そこでは、華々しいスタートからわずか数ヶ月、成績を上げていたすべてのオペレータがリストラの対象とされたのである。

そうなる少し前、筆者は昇進の見込みが全くないその職場に愛想を尽かして、長々とした交渉の果てに、すでにそこを去っていたのだが、そこに残った同期が、その後、何があったかを教えてくれた。

まず、リストラが本格的に始まる前に会社を早々に去った筆者は、そこで「裏切り者」のように非難されていたのだという。筆者がそこを辞める前に、最後に食事をした同僚が、上部と通じて、筆者を「戦犯」として言いふらしていたようである。(会社ばかりか、人間も腐敗しきっていたということである。)
 
しかし、筆者の辞職後、間もなく、本社から四人組のリストラ部隊が派遣されて来て、彼らが最も優秀なオペレータから順番に虐め抜いてクビにして行ったというのである。

優秀な英語対応のオペレータもクビになったし、技術担当者もクビになったし、スーパーバイザーもクビになった。そして、そのような劣悪な条件の会社にはありがちなこととして、ネットスキャンダルまで発生した。そのようにして、全国展開の夢を、会社が自ら潰したのである。

こうした事情を伝えてくれた筆者の同僚は、それでもリストラ対象とならず、職場に残ったが、職場には恐怖政治が敷かれ、密告者が溢れていたので、同僚同士のざっくばらんな交流は不可能となり、以前は自由に申請できた休日も、申請がままならなくなった。挙句の果ては、辞職も不可能となった。

同僚は、恐怖政治があまりにひどいので、パソコンに向かっても、手が震えて、キーボードが打てなくなったと言っていた。その後、同僚に何が起きたのか、話をよく覚えていないが、おそらく過酷な緊張から来る体調不良による怪我か何かで、退職を余儀なくされたものと思う。

全く、希望のない職場は、どこまで行っても希望がないのである。そのような場所に居続けても、腐敗以外に得るものはない。だから、人情にほだされてそこに残るべきではない。エクソダスは早ければ早いほど良い。

筆者は確固として言えるが、神の御心に反する嘘、不正、不法、虐げが満ち溢れている場所に、未来は絶対にないのである。
 
その職場は、当時の筆者にとっては、単に一つの良くない会社の代表でしかなかったが、今や日本全体を象徴しているように思われるところが、非常に深刻な問題である。

たかが一つの会社の腐敗程度のことであれば、笑い話として済んだであろうが、そうではないのである。
 
この世の経済からのエクソダスの時が迫っている。

ところで、この話には多少オチがあって、そのリストラ専門部隊による粛清対象となったセンターのおさまっていたビルの一階に、ハワイアン・レストランがあった。

筆者はセンターに勤めていた頃は、毎日、疲労困憊しながら、このレストランの横を通り過ぎていた。だが、このセンターを退職してからしばらく後、少しばかりましな条件の専門的な仕事に復帰した頃、亡くなった筆者の友人である信者の姉妹が、まるで偶然のように、筆者をこのハワイアン・レストランでのランチに誘ってくれたのである。

その時、姉妹と共に美味しいランチを楽しみながら、粛清と恐怖政治の横行することになったセンターでの嘘のように疲労困憊の日々を思い起こし、そこから脱出できたことを筆者は心から神に感謝したのであった。

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ひとこと

神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)

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