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私ではなくキリストⅣ

「私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:19-20)

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我が主なる神に…

3月末とは思えない寒さの中、丸い月がぽっかり浮いている夜空を見上げながら、帰宅途中、買い物袋を手に提げて、駐輪場へと向かう。がらんどうになった駐車場のアスファルトの上を歩きながら、主よ、あなたをたたえます、と、天を見上げて口ずさむ。

予想できない出来事も起こり、疲労もますます募って来る中、どうして私はこのように主を信じ、主を愛し、心から安んじて、天を見上げることができるのだろ うか。この信仰そのものが、私自身の力によるのでなく、ただ内におられる主によって与えられ、維持されているとしか考えられない。

相変わらず、職場ではノルマ達成のために、ぶっ通しで、しゃべる機械と化さなければならない日々が続く。他にもまだノルマに達していない居残り組の研修生 と一緒になって、私は最後の追い上げに取り組んでいる。この職場にはもちろん、何の美もなければ、ロマンもない。超過勤務をしなければ、今月中にノルマ達 成は無理である。

果たして、どのような結果が出るのかは分からない。晴れて試験を通過するのか、試用期間が長引くのか、それとも、雇用が打ち切られるのか。しかし、とにか く私はこの理不尽な制度に身を委ねることに決めたのだ。私の勤務時間はもちろん、フルタイム同然、しかも今月最後の一日は休日返上を求められている。こん なにも利益の薄い仕組みに、自分を差し出す意味がどこにあるのか、もっと自分の人生をちゃんと考えて、自分を守るために現実的な計算をしなさい、と、ある 人々からは、お叱りを受けるかも知れない。

けれども、私はなぜかこれでよいと思っているのだ。利用されるも、口車に乗せられるも、結構である。何が真実であるかは全て、ただ主だけが知っておられ る。今、私の人生を支配しておられるのは、主であることを、私は心から信じている。だから、私は安んじていられる。主が許さなければ、どんな出来事も、私 の身の上には起きない。もしも私を騙したり、利用したりすることのできる人が地上にいるとすれば、その人は直接、主ご自身から報いを受けることになるの だ。それはどんなにか恐ろしいことだろう。

私は元来、理不尽を見逃すことのできない性格であり、それゆえに、自分で自分を守ろうとして、さまざまな戦いを経てきた。私ほど、理不尽に抗議して戦うこ とに抵抗の少ない人間は滅多にいないと自負するほどだ。しかし、今、そのような戦いを自ら起こそうとの気持ちはない。なぜなら、まことの勝利は、キリスト がすでに十字架の上で取られたからである。だから、私のすべきことは、たとえ人から利用されても、踏みつけられても、見下げられても、ただ十字架の勝利の 確信に立ち続け、可能な限り、良心にかなった努めを果たし、周りにいる人々と平和に過ごすことだけである。

ヨセフが獄中にいる時、主が彼と共にあったので、ヨセフは栄えた。この職場も、一つの獄屋と呼ぶべき場所かも知れない。だが、少なくとも、今、私はそこに 閉じ込められたままで、主を見上げることを選んでいる。そしてそれは間違った選択でないように今も感じている。もしそうならば、主は恵みを施して下さるだ ろう。私たちが弱さに甘んじ、すすんでへりくだる時、主は必ず人知を超えた方法で、憐れみをかけて下さるだろう。

今日、研修生の一人が、休憩中に私を呼び止めて、もしも転職するつもりならば、知人の会社をじきじきに紹介すると申し出てくれた。自分の身の上も危ないと いう時に、私の心配をしてくれている。このような親切が、どんなに嬉しく感じられるだろう。主はどんな些細なことの中にも、ちゃんと働いて下さるのだと、 その時にも、感じた。だから、何も恐れないでいよう。主ご自身が私を養って下さっている。神を愛し、神のいましめを守り、神の御言葉の内にとどまり、神の 国とその義とを第一に求めて生きていれば、必要なもの、願うもの全ては添えて与えられるだろう…。

日々のパンのための労苦は馬鹿にならないが、朽ちないパンであるお方をすでに得ているがゆえに、私の心は平安である。願わくば、私を含む残る研修生全員 が、堂々と試験を通過し、ノルマを達成して、来月の雇用を確保できますように。しかし、どのような結論が出ようとも、私は主の采配を信じます。主よ、私を どうか真にあなたの内にとどまらせて下さい。そして、あなたが私と共にいて、私の助け主となって下さい。主よ、どうかあなたが私の願いをかえりみて下さ り、私たち全員に、憐れみをかけて下さいますように。あなたが私の思うところをはるかに超えて、豊かに恵みを施すことのできる方であることを、心から、信 じています…。

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ひとこと

神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ30:15)

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